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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第四章 ガギーマ
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第53話

 木樽を担いだガギーマは既にフラム村への潜入に成功していた。

「ふん、ちょろいもんだ。戦いが終わったと思ってどいつも腑抜けていやがる……」

 谷底のガギーマことシシリー・ズデークスは砦の門を潜った後、密かにほくそ笑んだ。

 門を守る衛兵はギルドの認識票を見せると容易くシシリーを通してくれた。

 それどころか衛兵はシシリーを見た途端。

「やあ、リデル。今日は大漁だったかい?」

 と、気安く声まで掛けて来た。

 誰もシシリーがリデルと入れ替わった事に気付かない。

 このガギーマの眷属を森の漁師だと思い込んでいた。

 だが暫く、考えて合点がいった。

 人類は他種族間での相手の顔の認識が案外、不得手だった。

 違う他人のガギーマを見てもどれもが同じ顔に見えてしまう事が暫しある。

 人が同種の犬や猫を見ても見分けが付かないのと同じ現象が起きたのだ。

 それに自分はリデルから奪った服を着ているし、なによりこの大きな木樽だ。

 この木樽の方が彼等にとって認識票よりもよほど信用が置けたのだろう。

そんな中、シシリーは砦の門を通る前に、焼かれていく仲間の死体の山を見つけた。

 だが横を通っても何の感慨も沸かない。

 戦う眷属にとって仲間の死は当たり前の事だし、無惨に転がる死体を見るのも日常茶飯事だった。

 そんな事にいちいち感傷的になっていては気持ちが持たない。

 だから仲間の死を前にしても悲しくもなければ悔しくもない。路傍の石と何ら変わりない。特に地縛竜の眷属にはその思考が強かった。

 むしろ死体から装備品を剥ぎ取る冒険者を見て自分も混ざりたいと思ったくらいだ。

「さてと、取り合えず情報収集だな……」

 冒険者街に潜入したシシリーはギルド支店に赴くと表の掲示板に目を凝らす。

 掲示板には既にグラーデの生き残りの情報が載せられていた。

「へぇ~。成程……」

 シシリーは掲示板の情報を読みながら、このフラム村を襲撃した日の事を思い返す。

 彼は仲間達と共に教会を襲撃した。

 当初、教会の司祭により強力な光の障壁が張られ侵入は困難と思われたが、幸いとち狂ったブロタウロが障壁を破壊してくれた。

 最初にシシリーが襲ったのは逃げ惑う茶色い髪をした娘だった。

 シシリーは娘に飛びつくと一目散に着ている服を剥そうとする。

 それは勝者の特権、戦いの醍醐味と言わんばかりの蛮行だった。

 だがそんなシシリーの蛮行は呆気なく潰えた。

 突然、飛来して来た僧侶用の杖で額を強かに打たれたのだ。

「ギャ」

 杖が命中した途端、シシリーは娘の背中から転げ落ちた。

 額の瘤はその時、杖の先端の宝珠をぶつけられた時に出来たものだ。

 シシリーは倒れたまま杖の飛んできた方向を見た。

 そこで砂色の髪をした尼僧を見つけた。

 尼僧は最初の娘とは比べ物にならないほどの、とびきりの上玉だった。

 肌は雪のように白く、おまけに乳もデカい、尻もデカい。

 一晩中でもむしゃぶり付きたい位、いい女だった。

 徹底的に犯し尽くしたい。

 綺麗な顔を苦痛で歪ませたい。

 そうすれば、どんなに気分がいい事か……。

「あの女の中にオラのをぶち込んでやる!」

 その瞬間、獲物は尼僧に変わった。

 もう先ほどの貧相な茶色い髪の小娘の事など頭の中には無い。

 目の前の、目の前の尼僧だけに狙いを定める。

 だが尼僧を犯したいという気持ちは別にシシリーの特有の物ではなかった。

 彼の仲間のガギーマ達も尼僧を目の当たりにした途端、同じ淫欲に憑りつかれた。

 我先に尼僧目掛けて駆け出していく。

 目の前に倒れていたシシリーを踏み台にして。

「イデデデデデ……」

 余りの痛みにシシリーが声を上げた。

 だが仲間達はシシリーを踏みつけていく事を止めたりはしない。

 誰も倒れた彼の事など顧みない。

 お陰でシシリーは生傷がまた増えた。

 文字通りの踏んだり蹴ったりだ。

 しかしそこで出遅れた事がシシリーに幸運をもたらした。

 今度は訳の分からない男が突然、現れ、そのまま仲間達に襲い掛かったのだ。

 奴は瞬く間に眷属側のガギーマを殺戮していった。

 しかも信じられない事に素手でだ。

 結局、凌辱者の悲願は謎の男の前に呆気なく潰えた。

 一方、仲間の惨劇を傍観出来た事でシシリーはいち早く奴の恐ろしさを察知出来た。

 もう尼僧を犯す所の騒ぎではなくなった。

 とても戦って勝てる相手ではない。

 シシリーはその場から逃亡した。

 しかし自分の足で走っては到底逃げられない。

 とにかく奴の動きが早いのだ。まるで草原を掛ける豹の様に。

 そんな時、目に映ったのは教会の前の小川だった。

 シシリーはその小川に一目散に飛び込んだ。

 そして素潜りで身を隠し、下流に向かってその場から離れた。

 目論みは成功した。

 奴はシシリーを見失い、今度は標的をあの牛男に変えた。

 そしてその間に自分は小川から這い上がると、夜を待って決死の思いで村から脱出した。

 しかし森の中は既に村からの追撃隊で溢れていた。

 このままでは逃げられない。

 村の近辺の森の中に潜伏したままチャンスを待った。

 だが一日、二日と経っても追撃隊の影は消えない。

 今も隠れている自分の目の前で他の眷属の奴等が村からの追撃隊に追い回されていた。

 仲間に踏まれた傷はひりつき、頭の瘤はズキズキ痛む。

 疲れも出て来る。オマケに腹も空く。

 意識が度々、朦朧とし集中力が途切れる。

 しかしここで諦めてはならない。

 諦めた瞬間、待っているのは死だ。

 シシリーは自分を縛めようと右手に吹き矢を掴み、手放さない様に包帯でぐるぐる巻きにした。

 だがそんな頑張りもすぐに限界に達しようとしていた。

「もうダメだ……」

 そうつぶやいた時、あの木樽のガギーマが目の前に現れたのだ。

 目の前に訪れた最悪のピンチ。

 だがシシリーは最後の気力を振り絞りピンチをチャンスに変えた。

 そしてチャンスをもぎ取り、今に至る。

 当然、シシリーはリデルを倒し彼の荷物を奪った事に何の罪悪感もない。

 命も含め相手の物を奪うのは勝利者の権利だと信じているからだ。

 そうでなければ敵との戦いに勝つ事は出来ない。

 罪悪感や良心といった品性は弱者の装飾品だ。

 生き残るのに本当に必要なのは悪事を尊ぶ狡猾さと残忍さ、己のみを愛する自己保身だけだ。

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