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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第四章 ガギーマ
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第50話

「証拠は?」

「へ?」

「お前が逃げて来たって証拠だよ。お前が人側のガギーマだって証明になるものを見せるんだ」

「そんな事、言われても……。着の身着のままでこっちは必死こいて逃げて来たってのに……」

「じゃあ、俺はお前を信じない。お前のウソを信用した挙句、うしろからバッサリじゃ堪らないからな」

「それなら、ベストの内ポケットにギルドの認識票がある。それを見てくれれば判るはずだ。こんな日がいつか来ると思って奴等に見つからない様に隠していたんだ!」

「だったら、その認識票とやらを見せてみろ」

「お、おう! 判ったよ」

「だが、ゆっくりだ。ゆっくり取り出して、オラの方に投げ寄越せ」

 リデルが命令するとガギーマは言われるまま薄いベストの内ポケットから鎖に繋がれた掌に収まるはどの金属棒を取り出した。

 確かに金属棒は冒険者ギルドの発行している大陸共通の認識票だった。

 認識票には棒の表面にギルドの証明印と一緒に名前と現住所、そして職業と種族名が刻まれているはずだ。

「いいか、投げるぞ」

 谷底のガギーマが布の巻かれていない左の腕で認識票を投げた。

 しかし要領が悪かったのか、金属棒は崖上を抜けるとリデルの頭上を過ぎ、ゆっくりと背後へ飛び超えていった。

「チッ、ヘタクソが!」

 リデルが舌打ちする。これでは認識票が受け取れない。

 リデルの視線は鈍く輝く金属棒を追っていく。

 同時に視線も谷底のガギーマから自然と離れていった。

 リデルの視界からガギーマが消えた。

 その刹那、ガギーマの瞳の奥で邪悪な光が輝いた。

「今だ!」

 崖下のガギーマがつぶやく。

 その後の出来事は一瞬の事だった。

 直後にガギーマが包帯の巻かれた右腕の拳を口元に当てた。

 包帯の隙間には小さな管が飛び出していた。

 谷間のガギーマが管に素早く息を吹きかける。

 その瞬間、包帯の中からリデルに向かって小さな金属体が飛び出す。

 金属体の正体は針のように細い吹き矢だった。

「うっ!」

 リデルは呻いた。首筋から焼ける様な痛みが湧き上がる。

 首筋には一本の吹き矢が深々と刺さっていた。

 間を置かずして体が痺れ出し、手足の自由を失う。

「毒矢!……だと?」

 リデルが苦しそうにつぶやく。

 しかし気付いた時には手遅れだった。

 脱力した全身はその場に崩れると、地面に伏し、そのまま足元の崖上から落ちていった。

 落ちていく最中、自分の横で悪魔の様な微笑みを浮かべる悪鬼の姿があった。

「無念……」

 やはり付け焼刃で司祭様の真似は出来ない……。

 意識が遠のく最中、リデルが喉の奥でつぶやく。

 リデルの体が崖下のガギーマの傍にドスンと音を立てて落ちた。

 だがリデルの体はそこで留まる事はない。

 更に谷の下り勾配に沿って転がり、下へ下へと落ちていく。

「ぎゃはははははははははははは」

 それを見ながらガギーマが笑い声を上げていた。

 ガギーマは腕に巻いていた汚い布を解くとそのまま谷底に投げ捨てた。

 右掌の中には先ほど飛び出した吹き矢の管が残ったままになっていた。

「注意一秒、怪我一生。刃物とイチモツは握っているだけでは役に立たないぜ!」

 作戦が思っていた異常に上手くいった事でガギーマは何時までも高揚していた。

 彼が使ったのは吹き矢の暗具だった。

 小型の毒矢を仕込んだ管に息を吹きかけ矢を放つ。

 無論、巻いていた布は怪我を装って吹き矢の管を隠す為の偽装だ。

 しかもこのガギーマは過去に何度もこの方法で人類側の冒険者を仕留めるほどの名手だった。

「オラの吹き矢はコモラ最速! オマケに狙った獲物は外さねぇって寸法さ!」

 そしてリデルに投げた認識票も偽物だ。

 前に殺した冒険者の物をこんな日の為に保管していただけに過ぎない。

 やがて吹き矢をベストの内ポケットに収めるとガギーマは先ほどまでリデルが居た崖上によじ登り谷底から脱出した。

 そしてリデルが来た道を歩き出す。

「うん? 何だ、ありゃ?」

 程なくしてリデルが残した木樽を見つけた。

 ガギーマは樽の中を覗き込む。

「ハミラか……」

 ガギーマは手掴みで一匹のハミラを掬い上げると、生のまま貪り出した。

 身も骨もバリバリと音をさでながら丸ごと噛み砕き、強引に喉の奥に流し込む。

 それは勝者の権限だと言わんばかりの意地汚さだ。

 腹が膨れると残った魚は木樽の水と一緒にリデルが落ちた谷底へと流し捨てた。

せっかくのリデルの苦労は一瞬で台無しとなり、手元には大きな木樽と僅かな荷物だけが残った。

 ガギーマは荷物を荷解く。

 最初に目に入ったのは大きな投網だった。

 ガギーマは投網に特に興味を示さず無造作に投げ捨てると、代わりにリデルの予備の着替えを見つけ、それに着替えた。

「へへへ、ご丁寧にギルドの認識票までありやがる。こりゃ至れり尽くせりだな」

 そして自分の首にリデルの認識票をぶら下げ、最後に空になった木樽を背負った。

 自分が投げた認識票にはもう見向きもしない。

「ふふん、これで何処からどう見ても立派なリデル・リンジャ氏だな……」

 ガギーマはリデルに成り済ました変装の出来に満足する。

「さてと……、これからどうするか?」

 ガギーマは暫く考えに浸る。

 このままリデル・リンジャとして森の中を進み、最終的に主である火焔竜の本隊と合流するのが常套だ。

 だがこのまま帰っては面白くない。せっかく敵ギルド公認の身分を手に入れたのだ、あの人間の村に潜入して、それなりの見返りを手に入れるのはどうだろう?

「村の倉庫街を襲うってのも手だが、多分、衛兵が見張ってるだろうな……」

 自分に大それた真似は出来ない。

 何故なら自分は吹き矢以外しか取り柄のないか弱きガギーマなのだ。

 そんな時、あの村の中にある教会の事が不意に頭を過った。

 そんな目蓋の裏に浮かぶのは砂色の髪をしたあの美しい尼僧の姿だ……。

「そうだ! あいつだ! あの尼っ娘だ!」

 先日の戦いで自分はあの教会の尼僧をもう少しの所で犯し損ねた。

 それどころか手にしていた杖を投げつけられ額に瘤を作らされた。

 これは心残りだ!

 だが今なら戦いが終わった事で尼僧も油断して、こちらも付け入る隙があるはずだ。

「よ~し! オラ、決めたぞ!」

 ガギーマは決断した。

 目指すはフラム村、ワリカット教会。

「待ってろよ、あの尼っ子……。今度こそ、とっ捕まえて、たっぷり可愛がってやる。そんでこの額のたん瘤の恨みを晴らさせてもらうぜ!」

 自分以外、誰も居ない森の中で眷属のガギーマ、シシリー・ズデークスは大声で叫んだ。

 そんな彼の口元には悪魔の様な邪悪な笑みが浮かんでいた。


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