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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第四章 ガギーマ
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第47話

 リデルが歩く、ハルトーネの森は広大だ。

 生い茂る草木の下は平坦な地形が続くと想像しがちだが実際は違っていた。

 森林のほとんどが五百m以下の低山性の山地の中にあり、フラム村から離れると早速、丘陵や山岨の凹凸の地平が現れ、低い峰の上を踏み固められただけの道が這うように続いていた。

 その起伏に富んだ山林の中をリデルは軽快に進んでいく。

 彼の小さな背中には大きな木樽がひとつ背負われていた。

 木樽はリデルの背丈さえ超え、後ろから見ればまるで木樽が歩いている様に見える。

 そしてこの木樽こそがリデルの商売の肝だった。

 なお、この世界に冒険者という呼称の職種はない。

 飽くまで冒険をする者を総じて冒険者と呼ぶだけで、狩人や採取者、採掘者、戦士、回復師、精霊師も冒険をすれば冒険者だ。

 そして冒険の定義も曖昧だ。

 地縛竜とその眷属の討伐も冒険であり、未踏の荒野の深淵を探検するのも冒険であり、ちょっと裏山で野草を採取するのも冒険とされていた。

 更に地縛竜討伐の目的もギルド会員であるかの有無も問われない。

 故に誰もが冒険者と自由に名乗る事が出来、同時に冒険者という職種が存在しない理由でもあった。

 だがそんな中でもリデルの職種は他の冒険者と違って一風変わっていた。

 彼の職種は漁師。獣を捕る猟師ではなく魚を獲る漁師の事で、冒険者ギルドにもそう登録されている。

 だが森の何処を見渡してもリデルが歩く範囲に海はない。

 では何処で彼は漁をするのか?

 広大なハルトーネの森の中には峰へと続く高い山並みが幾つもあった。

 その山から湧き出る幾多の水源が溢れ、河川となり森の中を血管の様に広がっていた。

 村の中を流れる教会の前の小川もそんな森からの細流の一つだった。

 彼はそんな森の中の河川で漁をする漁師で、森の中で適当な渓流を見つけるとそこに網を仕掛け魚を獲り、冒険者街の料理屋や酒場に卸す事を生業にしていた。

 リデルは元剣士だった。

 冒険者歴は約七年目。村に来たのは約二年前、前の眷属の侵略の後、戦時景気に沸く、この村に訪れた一人だった。

 当初は普通の剣士として活動していた。

 だが些細な事が転職のきっかけとなる。

 冒険中、森の中で仲間達と渓流で休憩している時、河の岩陰に隠れていた一匹の魚を見つけた。

 リデルは気まぐれに手を伸ばすと魚は弱っていたのか案外、簡単に捕まえる事が出来た。

 その後、魚に小枝で作った串を差し、携帯していた塩を擦り込み、仲間が起こしてくれた焚火であぶって食べてみた。

「うまい!」

 脳天が突き抜けるほどの衝撃。突然、舞い降りた渓流の美味にリデルは感銘を受けた。

 同時に頭の中である閃きが沸く。

 この川で泳ぐ魚を捕まえて冒険者街の食堂に売れば良い金になるのではないか。

「これはひょっとして、ひょっとすると……」

 まだ当てのない皮算用にリデルは胸を弾ませる。

 そんな単純な思い付きがこの商売のきっかけだった。

 それに自身の冒険者としての力量に限界を感じていた頃でもあった。

 ここには彼よりの優れた剣士は大勢いた。

 それが自分よりもキャリアの浅い連中ならば尚更だ。

「この先、剣士としては先細りだ。だったら、ひとつこいつに賭けてみようか……」

 善は急げ。リデルはその日のうちに剣士の職業を捨てると、翌日、溜め込んでいた貯金を銀行から全て下ろし、今の商売に鞍替えした。

 自分は今日から森の漁師に、商売道具を剣から投網に持ち替えたのだ。

 その際、彼は商売に当たってひとつ工夫を思いついた。

 魚の獲れる大きな渓流はどこも村からそれなりの距離がある。

 このまま魚籠に入れて運んでも魚はその間に死ぬか弱って鮮度が落ちる。

 それでは折角、捕まえた魚の商品価値が台無しだ。

 どうにかして生きたまま魚を村まで届けたい。

 そんな時、思いついたのが捕まえた魚を大きな木樽に入れ、生きたまま買手の元に届ける今の方法だった。

 だが投網の技術は一朝一夕では身に付かない。

 投げた投網が思う様に広がらない。広がっても魚が網に掛からない。

 お陰で釣果ゼロの日が何日も続いた。

 だが一番辛いのは水の入った樽を森の中で運ぶ作業だった。

 最初のうちは担ぐのにも慣れなくて歩くのにも難儀した。

 森の中を進むだけでも樽の重さに右往左往する。

 折角、獲物を入れた樽を誤って谷底に落としてしまった事もあった。

 もはや苦労を超えた苦行、それでもリデルは自分の勘を信じて今の仕事を続けた。

 この森の中の村でなら鮮魚は迷宮の宝物の様に価値が出る。苦労する分だけの見返りがあるはずだ。

 すると、どうだろう。日々の研鑽と不屈の精神は彼に一流の投網の技術と水の入った木樽を背負っても物ともしない強靭な肉体を授けた。

 そんなリデルの努力の甲斐あって釣果は日に日に上がっていった。

 網を放てば樽の中は魚で溢れ温めていたアイデアは時流に乗った。

 この海から遠い村の中で新鮮な魚が食べられる。

 森の中の鮮魚は魚好きの冒険者の間でたちまち評判となり、街の多くの料理屋から注文が殺到した。

 目論見は成功した。今では「森の漁師リデル」の名を知らない者は冒険者街の中にはいない。

 そして今日も漁の為、目当ての渓流へと向かう。


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