第46話
それはマグナ達が小川の堤防でメガグラーデと戦っていた頃の事だった。
西の砦では一昨日の戦闘の後片付けが今も行われていた。
地縛竜に破壊された砦の修理と並行して周囲に転がる遺体が村の外へと運ばれていくと切り開かれた森の前で整然と並べられていた。
並べられた遺体は順次、白木の棺に納められ、そのほとんどが冒険者のものだった。
無論、戦死者は冒険者だけではない。
死者の中には砦の兵士も含まれている。
だが兵士のほとんどが近隣の住人で構成され、身元ははっきりしている。
その為、兵士の遺体は既に遺族の下に送られた後で、言うなれば残された遺体はこの村に身寄りの居ない余所者と言った所だった。
だが村の為に戦ってくれた勇者である事には変わりない。
そんな彼等に敬意を表し、並べられた棺の前ではこの村の司祭であるカーマス・サフランによる合同葬儀が厳かに執り行われる。
司祭による葬送の経が捧げられている背後では冒険者ギルドの支部長であるペル・スパイドと、このフラム村の長であるボルド村長、そして死んだ冒険者の仲間達が直立の姿勢で黙祷していた。
やがて司祭による経が済むと、仲間の冒険者による最期の別れが行われる。
白木の棺の中が仲間達によって手向けられた花で満たされていく。
その一方で生き残った仲間の冒険者達は形見分けと称して、遺体から装備品を回収していった。
だが形見分けと言っても、実際は遺留品である装備の山分けと言った所だった。
そして山分けのやり方もパーティによってそれぞれだ。
故人の遺言に沿って、必要以外は取り出さず、そのほとんどを遺族の下に送り届ける所。ただ単に公平に分配する所。一番力の強い者が多くを取る所。
中には遺留品の分配で喧嘩が起こる所や昨日の内に剥ぎ取って合同葬儀には顔を出さない所もあったが、そんなパーティはまだマシな方だ。
酷い所になれば死者とは何の面識の無いのに平然と遺留品を持ち去る盗人まがいの者や、夜のうちに死者の金歯を抜いて回るハイエナの様な輩も確実にいた。
だがそんな形見分けも終わり、最期の別れが済むと、遺体の入った棺桶は司祭の最期の言葉が捧げられながら火葬場で焼かれる。
だがそれでも棺桶に入れられている者は幸せだった。
地縛竜の超高温の火焔で焼かれたソロの冒険者などは死者であるにもかかわらず、棺桶に入れる遺体も残らず、死んだ事にも気付かれず、葬儀すら上げて貰えない。
ただ冒険者が取り巻く無情な現実が残るだけだった。
一方、その葬儀会場のすぐ横では砦の前で戦死した眷属達の死体置き場となっていた。
死体は既に冒険者や砦の兵士達によって身ぐるみ剥され、挙句、裸同然でガラクタの様にうず高く積まれていた。
当然、敵地で死んだ眷属の死体は念仏も上げて貰えない。それどころかブルザイ教の教則で司祭から手も合わせて貰えず、主の下へ導かれる事もない。
ただゴミの様に誰かの火の魔法で焼かれるのを待っていた。
そんな眷属の屍の山の横を黙々と歩く者がいた。
それは一人のガギーマだった。
ガギーマは人間の子供と同じほどの身の丈で、頭に二本の角を生やし、背中に自分よりも大きな木樽を背負っていた。
その面差しはまさに小鬼の形相で先日、教会を襲った連中と同種だ。
しかし周りの冒険者も砦の兵士達もそのガギーマがここを通る事を不思議と思わない。
それどころか気軽に挨拶を掛ける者も居た。
何故なら彼は眷属ではないガギーマで、列記とした人類側の人間だったからだ。
彼の名はリデル・リンジャ。冒険者街の住人で単身で活動するソロの冒険者だった。
リデルは眷属の死体の山の間を平然と歩いていく。
中にはマグナが殺したガギーマの死体も大量に含まれていたのだがリデルは特に感慨も無くその横を素通りしていった。
何故なら積み上げられているのは所詮、こちらの社会を脅かした「敵」の屍でしかない。
同じ同種でも奴等は地縛竜の眷属であり、自分は人類側の「ヒト」である。
死体が気味悪く思えても、同情や憐みが湧く事など一向に無い。
そんなリデルが暫く死体の横を歩いていると人影と当たった。
前に立っていたのは冒険者の葬儀を終えたサフラン司祭だった。
司祭は何故か眷属の死体の山にも手を合わせていた。
「司祭様?」
「おや、リデルさん」
ガギーマ特有の擦れた声で呼び掛けてみると、司祭も気安く返した。
リデルはこの村では二年目の冒険者だった。ここに来て日も浅く、それほど信心深い人物という訳でも無い。
だが教会の大きな祭事には必ず出席し、それなりの貢物も捧げてくれる為、司祭とも知らない間柄ではなかった。
「これから森の方へ?」
司祭が聞く。
「はい、昨日の戦闘で入れませんでしたから。その分、がんばらなくちゃ」
「それは御苦労様。しかしこんなに早くお独りで出て行かれて大丈夫ですか? 森の中にはまだ眷属が潜んでいるかもしれません。今はパーティ連れで森に入られるのをお勧めしますが……」
そう心配気に司祭は奨めた。
だがガギーマは軽く笑いながらこう答えた。
「な~に。そこら辺は弁えて御座いますからご安心下さい。それにオラは元からソロの冒険者でさぁ。一人の方が慣れてますし、もし眷属と出くわしても先手必勝。後ろからズブリとやってやりますよ」
そう言ってリデルは腰に下げていた短剣をポンと叩いた。
「そうですか。貴方の冒険に主の加護を……くれぐれもお気をつけて」
「ありがとうございます」
司祭がガギーマに祈りを捧げると、彼も仰々しく頭を垂れた。
だがリデルは司祭について一つ気になる事があった。
「ところで死体の山に向かって何をしてたんです?」
リデルが率直に訊ねた。
確かに司祭は眷属の死体の山に向かって祈りを捧げていた。
しかし眷属へ祈りを捧げる事は教団で禁じられている事はリデルでも知っていた。
だがそんなリデルの疑問に司祭は正直に答えた。
「勿論、祈りを捧げていました。主の御霊の下に行けるようにと」
だがリデルは司祭の答えに頭を捻る。
「それって、良いんですかい?」
「いいえ。恐らく、本山に知れれば大目玉でしょうね」
司祭は苦笑いを浮かべた。
「なら何でそんな事するんです? バレたら大変ですぜ。まあ、この村で司祭様を訴える様な奴は居ないでしょうけど。居たらオラがとっちめてやりますぜ」
「あはは。それは剣呑。でも良いんですよ、怒られても私は悪い事をしているとは思いませんから」
「はあ? どういう事です?」
「まあ、ここからは私ひとりの意見と思って聞いて下さい……」
と最初に司祭は断りを入れた。
「無論、眷属にも主を祈って貰いたいからです。祈って主の導きを受けて貰いたい」
「はぁ……けどあいつら司祭様に言われて祈る様なタマじゃありませんぜ」
「ですがそれは彼等の罪ではありまぜん。彼等が悪いわけでは無いのです。もしろ気の毒といった所でしょう」
「気の毒? じゃあ、何が悪いんです?」
「もっとも重大なのは環境でしょうね」
「環境?」
「残念な事に生前、彼等が生きていた周りには教会も無ければ僧侶も居なかった。そもそも教えに触れる機会、知る切っ掛けが無かったのです。これでは心の無意識下でどれほど主の加護を欲して居ても、手に届く事はありません。リデルさんはそんな彼等をどう思われます?」
「う~ん……。言われてみれば確かに気の毒かも……」
「ならば死してこの場で私と対面出来た今こそ、主への信仰の意味を彼等に知って頂こうとしたのです」
「ですが奴等、死んでますぜ」
「仰る通りです。ですが魂は不滅です。私はその魂に主の言葉が届けばと願うのです。そして来世で悔い改め、主の膝元で我等の同朋となって貰いたいのです」
「は~、成程」
リデルは感嘆する。そして司祭の一言一句を反芻する様に噛み締めた。
嗚呼、流石は司祭様。こんな奴等でも人の子として見てらっしゃる。
やはり性根が出来上がって居らっしゃるのだな。
「では司祭様。オラは仕事に行きます。司祭様の祈りが死んだこいつらに届けば良いで御座いますね」
「有難うございます、リデル。それと重ね重ね、申しますが森の中では充分に気を付けて下さいね」
二人は別れるとリデルは森の中へと入っていった。
そして今一度、死体の山の方を振り返る。
まだ司祭が立ったまま祈りの言葉を捧げていた。
それを見てリデルはつぶやく。
「悪党をあの世で悔い改めさせるか……。ああ、徳のある方はやっぱり言う事が違うわい。有り難や、有り難や……」




