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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第三章 緑乃原事件
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第44話

 一方で小川での戦いはマグナの優勢が続いた。若竹の様な右後脚を寸断され、身動きが取れなくなったメガグラーデに勝利の見込みは無い。

 マグナが槍投げの姿勢を取る。

 間違いなく次の一撃で相手の息の根を止める気でいた。

 それだけに光の槍の破壊力は絶大だ。

 おばけカマドウマと言えども先日、同じ小川で死んだブロタウロと同じ様に命中すれば四散し肉片に帰するはずだ。

 だが勝負は完全に終わってみるまで判らない。

 何故なら目の前のメガグラーデには身体の大きさや全身の棘の他にも、もう一つ、やっかいな武器があった。

 メガグラーデの体がマグナの正面に向いた。

 次の瞬間、その肉食昆虫の口元から黄色い霧が吐かれた。

 見るからに毒々しい黄色い霧は長い帯となって空気中に広がると瞬く間にマグナの体を包み込んでいく。

 その黄色い霧を前に土手の上のエリッサとスフィーリアはギョっとする。

「レイジー、スイミー! 二人ともこちらへ!」

 スフィーリアが慌てて姉妹を呼び寄せると、間髪入れず、再び障壁を展開した。

「風の精霊フィーメラよ、我を守り給え!」

 その横ではエリッサが風魔法の防御を発動させていた。

 彼女達は各々二つの魔法によって完全に周囲の空気から遮断された。

 一方、黄色い霧はマグナの体を見えなくした後も、拡散し、小川の周辺を超え、土手の天端にまで達した。

 その瞬間、霧を浴びた白詰草の絨毯が一瞬で茶色く変色し立ち枯れしていった。

 霧の正体はメガグラーデの体内で精製されだ毒液だった。

 それを口内の特殊な内臓器官を使って空気と混合し毒ガス状に噴霧したのだ。

 毒ガスの威力は強力だ。人間が浴びればたちまち肌は爛れ、呼吸困難に陥り、最悪の場合、苦しみながら窒息死する。

 既にエリッサ達の周囲は毒ガスによって侵されていた。

 だが系統こそ違えど二つの魔法障壁によって事なきを得る。

 問題は土手下に居るマグナだ。

 二人の力を持ってしても障壁の加護はマグナの所までは届かない。

「マグナ、逃げなさい!」

 エリッサが毒霧の中のマグナを逃がそうと大声で叫ぶ。

 迂闊だった。

 毒持ちのメガグラーデの割合は百匹か二百匹に一匹程度。それでなくてもメガグラーデが人里で出現する事自体が稀だった。

 その為、目の前に現れたのがまさかの有毒種だったとは予想外だった。

 それでも毒霧は一目見ただけで危険な存在だと予想出来るものだった。

 吐き出される様子を見れば普通の冒険者でもその場を離れる事で回避可能だ。

 だがそれは飽くまで霧の毒性を知識や経験で知り得ている者の判断だ。

 それが両方ない者はどうなるか。

 恐らく毒霧の危険性には無頓着で土手下のマグナと同じ判断をするはずだった。

 結局、エリッサの警告も届かず、マグナは今も毒霧の中に居た。

「ああ、マグナーー!」

 スフィーリアも悲鳴に近い叫び声を上げる。

 余りにも無惨な光景、あの毒ガスを真面に浴びれば例え屈強なマグナでさえ死は免れないはずだ。


 一方、毒霧の中に閉じ込められたマグナは今までにない事態に愕然としていた。

 霧の毒性の知識が無いマグナは無警戒のまま黄色い霧の中でいつも通りに呼吸をした。

 その直後、胸の奥から焼ける様な痛みが込み上げ、瞬く間に呼吸困難に陥る。

 喉の奥が焼けるように痛い。肌も瞳も刺さる様な苦痛が湧き上がる。

 真面に目が開けられない。そうでなくても視界は既に黄色い霧で遮られている。

 だが何より息が出来ない。無理に呼吸すると凄まじい痛みが込み上げて来る。

「うっがぁ、はぁ……」

 背筋が弓反りになりながらマグナが悶え苦しむ。

 手にしていた光の槍は消え、炎の様に燃える髪も元の黒髪に戻っていた。

 そして苦し紛れに何度も胸元を掻き毟る。

 しかし何度、掻いたところで息苦しさは収まらず、逆に苦痛を増していく。

 そこへメガグラーデの突進が襲い掛かった。

 残った四本の脚をばたつかさせながら、メガグラーデは水面を猛然と這う。

 黄色い毒霧の中で真正面から衝突したマグナの体がメガグラーデの巨体によって弾き飛ばされる。

「ががあぁぁ!」

 毒霧の中でマグナは悶えながら川面の中を横転した。

 川面から激しく水柱が立つ。

 それでもマグナは川底で立ち上がろうと試みる。

 だがそこへ追突したメガグラーデの二本の前肢が襲い掛かる。

 抱き着かれる形で前肢がマグナの背中を打つ。 

 同時に前肢から伸びた無数の鋭い棘がマグナの皮膚に食い込む。

「がはっ!……」

 背中から焼ける様な痛み。

 しかもグラーデの巨体に拘束されたマグナは動く事すら出来ない。

 絶体絶命の危機がマグナに訪れる。

「マグナ、返事をして! マグナー!」

 毒霧の外ではエリッサ達が懸命にに呼び掛ける。

 しかし視界の遮られた黄色い毒霧のなかでマグナから返事は一向に返ってこない。

「マグナ……」

 絶望的な状況の中でエリッサが愕然とする。

 確かにマグナは強い。

 しかし戦いの状況は常に一様ではない。

 どんな猛者でも敵への対処を誤れば意図も容易くその強さを失う。

 今のマグナがいい例だ。地縛竜と単身渡り合えるマグナでさえも毒ガスへの対処が出来なければ一方的に敵の餌食にされる。

 そして川の中でのマグナの窮地が続く。

 苦しい……。

 常人なら今の危機状況を顔を歪ませながらそうつぶやくはずだ。

 だが言葉を持たないマグナにはそれすら敵わない。

 ただ今まで味わった事のない状況に混乱しながら悶えるだけた。

 だがここで形勢を激変させる助太刀が入った。

「フレイムキャノン!」

 毒霧の背後に回ったエリッサが新しい火炎魔法を放ったのだ。

 魔法の力は火球の擲弾となって霧の中で着弾すると水柱を上げながら大きく爆ぜた。

「ギュピイイイイイイイイイ!」

 炎を浴びた途端、メガグラーデが体に開いた気門から異様な鳴き声を響かせる。

 毒霧の中で魔弾の火球がメガグラーデに命中した証だ。

 攻撃は完全な当てずっぽうだった。

 毒の濃霧のせいで蟲の巨体は肉眼では視認出来ない。

 しかしエリッサにはラダールの索敵効果がまだ残っていた。

 目視に比べれば精度は低いが敵の位置が判らない訳ではない。

 それを頼りにエリッサはフレイムブレスより高位な火炎魔法を発動したのだ。

 同時に火炎の爆圧で毒霧の一部が薄らぎ、川面の中で悶えるメガグラーデの影が露わになる。

「マグナ、しっかり!」

 メガグラーデの半身が炎で焼かれる中、エリッサが懸命に呼び掛ける。

 しかし前脚が固着したマグナはどうしても動く事が出来ない。

「マグナから離れなさい!」

 業を煮やしたエリッサが二撃目を放った。

 今度も直撃だ。水面から出ていたメガグラーデの体が更に焼かれる。

 そんな中、右脚を失った巨体が大きく揺らいだ。

 その直後、大きな水柱と共にメガグラーデの巨体が水面から後方に向かって弾き飛ばされた。

「何ですの?! 何が起こりましたの?」

 目の前の状況にスフィーリアが騒然とする。

 やがて水煙の中からふらつく人影が見えて来た。

 人影の正体はマグナだった。

「マグナ!」

「お兄ちゃん!」

 エリッサとスフィーリアが同時に叫び、遅れて姉妹も叫んだ。

 マグナはまだ生きていた。

 恐らくあの水柱は光の槍ガッツ・ランサーの攻撃で起きた物だ。

 絶体絶命の危機的状況の中、エリッサの火炎攻撃によって生まれた僅かな隙を突いて、メガグラーデに光の槍を浴びせ巨体を引き離したのだ。

 だがエリッサとスフィーリアは彼が生きていた事よりも、あの状態で反撃に転じた事実に驚愕する。

 凄まじい戦闘力、そして胆力。

 常人なら諦める様な状況を彼は最後の力を振り絞って危機的状況を回避した。

 その証拠に巨大カマドウマの下腹には抉られた様な大穴が空き、残っていた長大な左後脚も元から断絶されていた。

 今は無様な姿を晒しながら残った四本の短い脚をばたつかせるので精一杯だ。

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