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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第三章 緑乃原事件
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第41話

 早速、エリッサが群れに対して火炎の魔法で先制攻撃を仕掛けた。

「今度は正攻法よ。フレイムブレス!」

 呪文と共に幾つもの火球がエリッサの指先から連射された。

 正攻法とは片手に持った触媒の火打石を使っての事だ。

 この方法なら気力も体力も最小限の消耗で済む。

 火球はスフィーリアの障壁を突き抜け、グラーテの群れに向かって命中した。

 先制攻撃を受けた群れは瞬く間に炎に包まれクローバーの草の上でのたうち回る。

「まずは六匹!」

 エリッサが焼けた骸の数を叫んだ。

 その間にエリッサは次弾の準備を、スフィーリアは穴の開いた障壁の再生を瞬時に行う。

 直ぐに後衛の群れが障壁に向かって飛び掛かってきた。

 しかし半球体の光の壁はグラーデの牙を跳ね返し、五人を守る。

 スリーリアの障壁は完璧な防御力を発揮した。

 最も、先日の戦いで司祭が構築した障壁とは比べ物にならないが相手がグラーデならこれで充分だ。

 そこへエリッサの指先から再び火球が発射された。

 連射された火球は命中した途端、爆ぜ、カマドウマの体を焼いていく。

「ふふん~どんなもんよ~♪」

 あまりにも呆気なく駆除されていく敵に対してエリッサは鼻歌まじりに余裕を見せる。

「エリッサ、早く片付けて! 子供達が居ますのよ!」

 だがそんなエリッサに向かってスフィーリアが水を差す。

「もう、そんな騒がなくたって判っているわよ。フレイムブレス!」

 エリッサがまた火炎を放つ。

 戦況は特段の変化も無く、最初から最後までこちら側の優位に進んだ。

 やはり大きくても相手は虫けら、何匹掛かって来ようが若き上級冒険者の敵ではない。

 新人時代に畑で追い回していた土ウサギの方がよっぽど難敵だ。

 後はこのまま淡々と駆除作業を終わらせるだけだが……。

「だっだら、このチャンスを使わない手はないわね」

 そこでエリッサはある事を思いつく。

 そしてすぐさま実行した。

「きゃー! 倒れる~」

 エリッサが突然、悲鳴を上げた。

 同時に身体はよろけ、スフィーリアの障壁にもたれかかる。

 しかし光の障壁は主の加護ある者には障害にならない。

 エリッサの身体は障壁をスルリと抜けると、そのまま障壁の外へと出て白詰草の絨毯の上に倒れ込んでしまった。

「お姉ちゃん!」

「エリッサ、何をしてますの!」

 障壁の加護から外れたエリッサに向かって姉妹とスフィーリアが叫ぶ。

 間近にまで迫っていたカマドウマの大群がそのままエリッサに群がって来たからだ。

 だがエリッサはすぐに立ち直ると左右に飛び跳ねながら相手の攻撃を避けていく。

 その動きは俊敏でグラーデの牙は届かない。

 そして回避と同時に火炎魔法で敵を焼いていった。

 彼女は並の精霊師ではない。魔法の技量と共に高い身体能力も兼ね備えた戦闘精霊師だ。

 跳躍力だけが取柄の虫程度では彼女の動きを止める所か追い付く事すら出来ない。

 戦況は逆転される事もなくエリッサに優位は変わらない。

 なのにエリッサは一向に障壁の内側に戻る気配は無い。

「何してますの? 遊んでないで、こちらに戻ってらっしゃい!」

 スフィーリアが相棒に向かって注意する。

 例え相手が弱くても、一瞬の油断が死に直結する事もある。

 だがエリッサは障壁内に戻るどころか戦いながら、今度は何故かマグナに向かって大声で叫んだ。

「きゃ~! このままじゃ、グラーテにころされる~! おねがい、マグナ。たすけて~」

「ちょっと、何を言ってますの!」

 親友の助けを求める声にスフィーリアが思わず言い返した。

 何故ならエリッサの悲鳴が余りにもワザとらしい。

 彼女の戦いぶりを目にしていても、救援を必要としているほど追い詰められている様には到底思えない。

 だがエリッサは困った顔をしながらマグナに目配せする。

「さあ、どうるす? 戦ってみなさい、マグナ。あなたが本当に強いのならば……」

 そう言いたげなエリッサと視線が交差した途端、傍観していたマグナの体が動き出す。

 だがそれを察知したスフィーリアがマグナを慌てて呼び止めた。

「マグナ、何をしてますの! エリッサなんか放っておきなさい!」

 スフィーリアがきつく命ずるとマグナの動きが再び止まる。

 だがそれを見たエリッサがムッとする。

「ちょっと、何してるの? マグナ! 私が死んでも良いの? 早く助けてよ!」

 そう再び呼び掛けるとまたマグナが障壁の中で動き出す。

「マグナ! エリッサの事なんて放って置きなさい! あなたが助けるほどの事ではありありませんわ!」

 だが直ぐにスフィーリアが止めるとマグナはまた動かなくなった。

 マグナは命令される度に動いたり止まったりを繰り返す。

 そして遂にはマグナは目を白黒させながら立ち尽くした。

 明らかにマグナの態度には一貫性が無く、決断力に欠けていた。

 だがそれは仕方のない事だ。

 そもそも今のマグナには取捨選択の判断が出来ない。

 それどころか自分で決めるという思考すらまだ持っていないのだ。

 二人の対立に巻き込まれて動けなくなるのは当然だ。

 結局、この舌戦はスフィーリアの勝利となった。

 動けなくなったマグナの横でスフィーリアは勝ち誇った顔をする。

 理由はどうあれ、これでマグナが戦わないで済んだ。

 その事実だけで充分だ。

 しかしスフィーリアにとって問題はエリッサの思惑だ。

 こんな小芝居までしてマグナを戦わせようとした。

 大方、この騒ぎを利用してマグナの資質をより細かく確かめようとしたのだ。

「でも、そうは問屋が卸しませんわ!」

 エリッサの浅墓な考えにマグナを乗せてなるものか。

「エリッサ! さっさと倒しておしまいなさい! 悪ふざけが過ぎるとあなたでも大怪我しますわよ」

 スフィーリアはエリッサに叱咤する。

「チッ! 覚えてなさいよ、スフィーリア!」

 生憎、親友に目論見を見透かされていた。

 仕方なくエリッサは立ち上がると周りを囲んでいたグラーデへの攻撃を再開した。

「フレイムブレス!」

 飛び跳ねながら次々とグラーデを焼いていく。……。

 火だるまになる仲間達を前に無傷のグラーデ達が標的の優先順位を障壁の外のエリッサへと完全に切り替えた。

 今度は全てのグラーデが一斉にエリッサに襲い掛かる。

 グラーデの上顎の力は野犬に匹敵する。

 噛み付かれれば指くらいは簡単に食い千切られる力だ。

 だがエリッサは白詰草の絨毯の上をまるでダンスでも踊るかの様にグラーデ達の攻撃をかわしていく。

 時には跳ね、時には流れ、その姿は軽やかで流麗、さながら有名な踊り子の舞の様にさえ見えた。

 結局、グラーデ達はエリッサに一発の命中打を与える事が出来ず、逆に炎の魔弾によって駆られとうとう最後の一匹にまで減らされてしまった。

 エリッサの魔法戦闘は完全に戦いの場を掌握していた。

 もはやマグナが助太刀する必要もない。

 だがその残り一匹がエリッサの圧倒的な力の前に恐れを為して遁走する。

「逃がさないわよ!」

 エリッサは最後の火炎を放った。

 しかし炎は寸でのところでかわされる。

「ありゃ?!」

「ちょっと、エリッサ!」

「判ってるわよ!」

 言われるまでもなくエリッサは再び構え直す。

「次は外さない!」

 しかし最後の一匹は既に遠く離れると、一息吐く間もなく、背中から甲高い鳴き声を鳴らした。

 土手の下から凄まじい金切り音が周囲一帯に轟き続ける。音は退化しかけた4枚の小翅を震わせて鳴らした威嚇の音だった。

 耳をつんざくような下品な音は障壁すらすり抜け、中に居た三人の鼓膜をも震わせる。

「いや~!」

 凄まじい不快音を前に耳を押さえながら姉妹が悲鳴を上げる。

「エリッサ、早くして!」

「判ってるわ! そんなに急かさないでよ!」

 土手に向かってエリッサが火炎を放った。

 最後のグラーデはやっと焼き殺され、金切り音も急速に消えていく。

 周囲に静寂が戻った。

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