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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第三章 緑乃原事件
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第40話

 土手下の水辺の小さな岩場の影から空中に向かって何かが飛び出した。

 影はそのまま高く跳躍し、目の前に居た妹のスイミーに向かって着地する。

 得体の知れぬ存在に気付いたスイミーが反射的に悲鳴を上げた。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 恐怖に彩られたスイミーの金切り声。

 しかしスイミーの体は重い。恐怖の余り彼女の体は筋肉が収縮していた。

 強張った体では逃げる事が出来ない。

 一方、獲物を見つけた影はそのままスイミーに襲い掛かる。

「炎よ!」

 最初に反応したのはエリッサだった。

 準備詠唱無しに唱えた魔法から火球が跳び出し、飛び跳ねる影を焼き払う。

 影は丸焦げになりながら白詰草の絨毯の上で動かなくなった。

「スイミー! レイジーも!」

 スフィーリアが遅ればせながらも姉妹の体を守る様に抱き寄せた。

「二人とも大丈夫?」

 胸の中の姉妹にスフィーリアが呼び掛ける。

「お姉ちゃーん!」

 姉妹が泣きながらスフィーリアの胸の中でしがみつく。

「大丈夫。怖かったですわよね。でも、もう大丈夫ですわ」

 幸い二人には何の怪我も無かった。

 その様子にスフィーリアは安堵するとエリッサの方を見る。

「そんな事より何でしたの?」

「見て、グラーデだわ」

 影の死体をエリッサが指差す。

 確かにそれは先日、フラム村を襲ったグラーデと呼ばれる巨大なカマドウマだ。

 凶暴な肉食昆虫で眷属の猟犬の様な存在でもあり、強力な瞬発力で人間の生存圏に侵入し、相手を混乱状態に堕とし入れる。

「多分、この前の生き残りね……」

 恐らく戦闘後の撤退に逃げ遅れた個体が人目を避ける様に村の中に潜伏していたのだ。

 だがその眷属の番犬も先ほどのエリッサの速攻の魔撃によって駆除された。

 一方、冒険者二人はひとり取り残されたマグナの方を見る。

 マグナは目の前で何が起きたのかも理解出来ずただ茫然としていた。

 その姿を見て二人は互いに違う感情を抱いた。

 スフィーリアはホッとしていた。

 マグナがグラーデを目の当たりにして迎撃態勢を取らなかった事に喜びさえ覚えていた。 彼女の教育方針がマグナが戦わない人として育てる事なのだから当然だ。スイミーを守る為であっても、もしここで彼が戦って居ればこれからの教育は前途多難なものになっていたはずだ。

 反面、マグナの態度にエリッサは落胆気味だった。

 ここは咄嗟の判断で襲って来たグラーデを攻撃してほしい所だった。

 だがマグナは動くどころか戦いに備えて身構える事もしなかった。

 そこにはコモラ迷宮で自分を助けた時に見せたような切れ味は微塵もない。

「少し買いかぶり過ぎたかしら……」

 エリッサはマグナの顔を眺めながら顎を撫でる。

 臨機応変な思考と瞬発力は冒険者の必須条件だ。

 それも無く、騒ぎが終わってもぼんやりしている様な輩は戦場では何の役にも立たない。

「それでも……」

 とエリッサは思う。

 そして考えを巡らせる。

 彼は教会で目覚めてから今までの記憶をなくしている。

 となれば今の彼はただ本調子では無いだけだ。

 だから突然、グラーテが現れても反応できなかった。

 ならば戦いの引き金になるものがもう少し強い危機的状況なら彼の本性を呼び覚ますのではないか。

「なら何か他に別の手を考えるべきよね……」

 マグナを本気にさせたい。

 エリッサの中では彼への感情が燻ぶり続ける。

 取り合えず姉妹を取り巻く当面の危機は去った。

 だからといって油断出来ない。

 まだ他に生き残りのグラーデが周囲にいるかもしれないのだ。

「エリッサ、今すぐにでもここを離れた方が良いですわ」

 緊張が高まる中、スフィーリアが意見する。

「ちょっと待って。少しだけ、周りを調べてみる」

 エリッサは皆の前に立つと魔法の呪文を唱えた。

「風の精霊フィーメラよ。我に千里眼の力を与え給え、ラダール!」

 ラダールの魔法はそれは風魔法による感覚向上の魔法だ。

 レーダーに近い役割を発揮し、見えない敵の気配を察知する。

 だが次の瞬間、エリッサは魔法で感じ取った気配を前に顔色を真っ青に変えた。

「スフィーリア、今すぐ前に出て! レイジー、スイミー、あなた達はスフィーリアの後ろに急いで隠れて! 早く!」

 エリッサが三人に向かって叫ぶ。

「マグナはこっち!」

 そして横に居るマグナの手を引くと彼女もスフィーリアの背後に回った。

「何が見えましたの?!」

「グラーデの群れよ!」

「グラーデの……群れですって?!」

 エリッサの答えにスフィーリアが繰り返す。

「数は……4、5、26匹。もう逃げている暇は無いわね」

 恐らく先ほど殺したグラーデの接近が呼び水となった。

 無論、奴等に仲間の仇討ちといった上等な知性や感情など無く、こちらを獲物と感知しての襲来だ。

 しかしそこは上級冒険者、虫の襲来に対しても無闇に取り乱したりはしない。

 スフィーリアは落ち着いて障壁魔法を展開した。

「主よ。我等を守り給え!」

 術者を含む五人を半球体の光の壁が包み込む。 

「お姉ちゃん……」

 横では姉妹が不安気な表情を浮かべていた。

 だがそんな姉妹に向かって二人は余裕の笑みを浮かべながら励ます。

「大丈夫ですわ。心配しないで。だから私達から離れないでいて」

「そうよ。あんな虫なんか〝ちょちょいのちょい〟なんだから!」

 暫くしてグラーデの群れが目視出来る距離にまで接近してきた。

「行くわよ、スフィーリア!」

「ええ! 我等に主の加護が在らん事を!」

 スフィーリアを前衛にエリッサを後衛に布陣した防御戦闘形態だ。

 今更、戦闘前の打ち合わせなど必要ない。

 スフィーリアが光魔法の障壁を保持し続け、エリッサが精霊魔法で攻撃する。

 魔法使いによる戦闘の常套手段だ。

「さあ、来なさい! 便所虫!」

 エリッサが勇ましく吠えると、遂に両陣は会敵した。

 そんな中、グラーデを前にしたマグナの体がひとりでに動き出す。

「いけませんわ! マグナはこの場でじっとしてなさい!」

 スフィーリアが直ぐにマグナの体を止めた。

 彼を戦わせまいとする配慮だ。

 指示を聞いてマグナの全身が障壁の中で石の様に動かなくなる。

 それを見たスフィーリアは安堵の溜息を吐いた。

 マグナは眷属を見ても必ずしも攻撃するとは限らない事は先ほど確認できた。

 それは教育係のスフィーリアにとって喜ばしい事だが、今の数のグラーデを見てマグナは少なからず反応した。

 やはり、あれだけの数を前にすると本能的に危険と判断するのだろう。

 そして彼の強さなら間違いなく目の前のグラーデを一掃する事が出来るはずだ。

 だがそこを堪えさせねばならない。今の彼は学びの最中だ。

 そんな大事な時に下手に戦闘を行わせればどうなるか?

 答えは明白。恐らくマグナの心の中で平時で起きた戦闘を常態的に優先事項とする認識が生まれてしまうはずだ。

 そんな殺気立った姿勢ではマグナが正しき人として育たない。彼を安易に戦いに身をゆだねる様な人間にしてはならないのだ。

 故にスフィーリアにとってマグナの戦闘参加は断固、避けるべき事態だった。

 それにグラーデの数は二十六匹。数としては多いが自分達は現役の上級冒険者だ。二人だけで充分過ぎる位に対処出来る。

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