第4話
落盤により徐々に埋まっていく大空洞の中でエリッサは茫然としていた。
「火焔竜を撃退したですって?!……」
信じられない。しかし事実だ。戦いは間違いなくあの謎の少年の勝利に終わったのだ。
「そうだわ。彼を……、彼を探さなきゃ!」
我に返ったエリッサは少年の姿を探した。
光の槍が爆発したせいで少年の姿を一旦、見失っていた。
少年は地縛竜の居なくなった大空洞の片隅で動かなくなっていた。
手には光る槍も無く、あの炎の様にたなびいていた金色と赤色の髪もいつの間にか元の黒髪に戻っていた。
「大変だわ!」
エリッサは倒れた少年の元に駆け寄った。
そして少年の前で片膝を突く。
「あなた、大丈夫?! 聞こえてる?」
エリッサは少年の体を擦りながら懸命に呼び掛けた。
しかし少年からの返事は帰って来ず、逆に死んだように動かない。
エリッサは急いで少年の体を調べた。
全身の肌は酷い火傷で覆われ、炭化してしまった箇所もある。
更に牙や爪で切り裂かれた裂傷や岩壁に叩きつけられた打撲痕が無数に刻まれていた。
「酷い……このままじゃ死んじゃうわ……」
傷の酷さにエリッサは寒気を覚える。
だがまだ呼吸もあるし、心臓も微かに動いている。
そして端整な面差しは運良く炎を浴びなかったのか美しいままだった。
「とにかく治療を……」
エリッサは背中のザックの中から薬草の詰まった革袋を取り出した。
「樹の精霊セルロス、森の力で彼の者の体の傷を癒せ……」
呪文を唱えると薬草は革袋の中で粘液状の万能薬に変わる。
エリッサが少年の全身に万能薬を塗りたくった。
「一番、良い薬草に治癒魔法の効果を倍掛けしたから効きも早いはずよ。後は……」
塗布が済むと今度は包帯を取り出し、風の精霊魔法を唱えた。
風の精霊フィーメラは契約者の意志に従い包帯で少年の体をぐるぐる巻きにすると、巻かれた包帯の表面に浄化の紋章が浮き上がる。
「これでよし、応急処置完了。洞窟の有毒ガスにも耐えられるはず……」
やれること事は全てやった。
心もとないが後は少年の生命力と神の加護に任せるだけだ。
だがこの少年はあの地縛竜と互角に渡り合えた存在だ。
根底にある生命力も並外れているはずだ。
「そうよ、大丈夫。きっと生き返る……。それにあれだけの攻撃を地縛竜から受けたのに、逆にこれだけの怪我で済んでるって事はむしろ凄い事だわ」
エリッサは少年を眺めながらそう自分に言い聞かせた。
そして改めて周囲を見渡した。
猛威を振るった火焔竜の姿は既に無い。
「あの地縛竜ってギルドの依頼で言ってた奴よね……」
冒険の優先順位は迷宮に巣食う地縛竜の発見だった。
そして見つけ出した地縛竜はまだ若い個体だった。
あの種なら成長すればあれの数倍を超える怪物になるはずだ。
それでも地縛竜には変わりない。
その地縛竜もこの最下層の大空洞から文字通り尻尾を撒いて逃げ出した。
無論、撃退したのは今、自分の目の前で寝ているこの少年だ。
「残念だったわね。もしかしたら「屠龍」の称号が取れたかもしれなかったのに……」
ひと段落してエリッサは安堵の溜息を吐く。
正直、ホッとしていた。
もしかしたらあの炎で自分も焼かれたかと思うと肝が冷える。
やがて気持ちがすっかり落ち着くとこれからの事を考えた。
先輩冒険者が残してくれた古い地図では最下層は先代の地縛竜との激しい戦いのせいでほとんど埋まってしまったはずだった。
しかしここは完全に掘り返され大きな大空洞になっている。
間違いなく地縛竜とその眷属達が掘り返し再構築した階層だ。
「それよりも……」
エリッサは包帯に巻かれた少年を再び見詰める。
「彼って一体、何者なの?……」
だが皆目、見当がつかない。
何故ならエリッサにとって少年は初めて見る顔だった。
本拠地にしているフラムの村でも会った事の無い。
それにこの装備と出で立ち。
「どうしても冒険者には見えないわ……」
なら冒険者で無ければ何者なのか?
手掛かりになりそうなのはあの黒い樽状の物体だ。
少年はあの樽の中から現れた。
その樽は凄まじい爆発と共に突然、目の前に現れた。
もしかして乗り物の類かもしれないが……。
だがその樽はもうない。
少年の出現と同時に粉々に砕け、その破片も縦穴による落盤の崩壊により既に埋まってしまっていた。
その縦穴の落盤はまだ続いている。
「もう確かめようも無いか……」
もうこれ以上の真実に触れる事は出来ない。
結局、謎は深まるばかりだ。
同時にそれはエリッサによるコモラ迷宮探索の終わりも意味していた。