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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第三章 緑乃原事件
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第39話

 マグナの興味は花輪造りの方に移っていた。

 今は四人の手の動きに興味津々だ。

「マグナもやってみて下さいまし」

 スフィーリアは作業する手を一旦、止めるとマグナに白詰草の束を渡し、彼の指先の下に自分の指先を沿えた。

 そしてマグナの指を動かしながら一緒になって白詰草を編んでいく。

「うんうん、ようやく私の言ってた「習うより慣れろ」の意味が判った様ね」

 二人が共同で花冠を作る様を見ながらエリッサが得意げに頷く。

「それに関しては一理ある事だけは認めて上げますわ」

「そうそう、子供はね、頭で考えさせるより体で覚えさせるのが一番よ」

「ご鞭撻、恐れ入りますわ。さあ、マグナ、今度はあなた一人で編んで見せて下さいまし。ゆっくりでよろしいですわよ」

 スフィーリアはマグナから指をゆっくりと放した。

 マグナは言われた通り、草を握った自分の指先を丁寧に動かし始める。

 それをエリッサとスフィーリアは自身の指を動かしながらも横目で見ていた。

 マグナの動きは姉妹よりもたどたどしく、遅かった。

 それも本人も薄々感じているのかマグナは珍しく困った顔をする。

 そして暫くしてマグナの指先が完全に止まった。

 花を思い通りに編み込めない事がストレスとなり、作業自体を投げ出してしまったのだ。

「マグナ、そんなに慌てなくてもいいですわよ」

 スフィーリアがやさしくマグナを諭す。

 別に不思議な事ではない。

 マグナは指先を動かして何かしらの作業を行う事自体が初めてなのだ。

 慣れてなくて当たり前だ。

 スフィーリアが再びやり方を手を取って教えた。

「そう、ゆっくりで構いません。その代わり丁寧に……」

「ゆっくり、ていねいに……」

 指先が再び動き出すと、先ほどよりマグナの編み込む技術は幾分か向上していた。

 マグナの指先が再び動き続ける。

「そうそう、何事も根気よくですわよ……」

 マグナの手の動きを見ながらスフィーリアが励ます。

 だが暫くしてマグナの指先に変化が訪れる。 

 今までたどたどしかった花を編む動きが徐々に早くなっていくのだ。

 しかもその動きは正確で花輪の編み込みも美しい。

 やがてマグナの編む速度は姉妹を超えていった。

 そしてエリッサ達の速さすら追い抜き、四人の中で一番にまで上達していった。

 それは五分と満たない時間の中で起きた奇跡だった。

 それに気付いた瞬間、エリッサとスフィーリアは揃って息を呑んだ。

 素晴らしい手先の器用さ、そして学習能力。

「凄いわ、マグナ! あなた教えれば何でも出来るのね!」

 エリッサがマグナの能力を賞賛する。

 マグナの秘めた力はそのどちらも常人を遥かに超えていた。

「これだけ手先もしっかりしているのでしたら、社会復帰も早いでしょうね」

 マグナの未来の見通しの明るさにスフィーリアの胸も弾む。

 そして今一度、マグナの指先を見る。

 端整な容姿と比べて、彼の指は太くごつごつとしていた。

 いかにも男の子らしい骨太な指先だ。

 だがあの指は光の槍を出現させ、眷属の頭蓋すら握り潰す力を秘める恐るべき凶器にもなりうる。

「けど違いますわ。私の役目は、あの指先に人として力を与える事。決して暴力の為の道具であってはなりませんわ」

 マグナを「普通の人間」として育てる。手間暇を掛けてじっくりと。平和の中で暮らしていける人間に生まれ変わらせる。

 それは彼の教育係となった時から心に決めた目標、主に誓った秘めたる思いだった。

 だがそんな自分の思いに対してひとつだけ確かめなければならない事がある。

「エリッサ、ひとつ聞かせて下さいます?」

 手を動かしながらスフィーリアは横に居る親友に訊ねた。

「何よ、改まって」

「あなたが先ほど言っていた知的好奇心の事ですけれども……」

「ふむふむ……」

「はっきり言って何が目的ですの?」

「目的って?」

「あなたが司祭様からの要請や親切だけでマグナの教育係を引き受けるとは思えません」

「何よ、失礼ね。私がそんな打算だけで動く様な安い女に見える?」

「けれど何かしらの利益を得たいと考えているのは嘘ではないでしょ?」

「ふむ……。流石はスフィーリア、鋭いわねぇ」

「おべっかは結構。それで?」

「なら私もはっきり言うわ。彼が冒険者足り得るかどうかを確かめたいの」

「それは私達のパーティメンバーに入れるかどうか、って事かしら?」

「まあ、そう思って貰っても構わないかな」

 スフィーリアの疑問にエリッサは答えると最後にウインクを付け足した。

 やっぱり……。

 スフィーリアは心の中で声を上げた。

 やはりエリッサの考えは自分とは違っていた。

 全くの真逆。エリッサは純粋にマグナを戦いの世界に引き込もうとしていた。

 マグナに平穏無事な人生を送らせる事など微塵にも考えていない。

 正直、眩暈を覚えそうだ。

 これではマグナを普通の人間として教育するという当初の目標の最大の障害は親友の存在と言う事になるではないか。

「その事をミャールやロウディには?」

 スフィーリアは気を取り直してエリッサに訊ねる。

「まだぼかしてる。流石に今の段階で面と向かって言えば二人とも反対するでしょうし」

「でしょうね……。それで、あなた自身、今まで彼を見て来た感想は?」

「まあ、今のところ六割って所かしら」

「六割?」

 スフィーリアは平静を装いながら息を呑む。

 エリッサにもどこかマグナに対して不満があるのだ。

 スフィーリアは慎重に訊ねる。

「残り四割は何がいけませんの?」

「本人のやる気かしら。彼の戦闘スキル以外はさっきの花の編み込みで判ったわ。手先は器用だし、何より教えたら教えた以上に上達する。けど本人のやる気だけはね……」

 エリッサが肩を竦めながら苦笑いを浮かべた。

「今の状況で冒険に出ましょうって言っても言葉の意味も判らないでしょうし……」

 そう答えるエリッサの言葉にスフィーリアは安堵した。

 まだ六割……。エリッサはマグナをパーティに引き込む事に本気になっていない。

 それはマグナにはまだ時間がある事を意味する。

「それで? あなたはどう思う」

 今度はエリッサが訊ねる。

「それは彼が私達のパーティメンバーとして相応しいかという事ですわよね?」

「そうよ」

 スフィーリアが入念に聞き返すとエリッサは頷く。

 確かにマグナの戦闘力は素晴らしい。

 実際、スフィーリアもそれを見ている。

 だが答えは最初から決まっている。

 答えはNOだ。

 マグナを戦いに巻き込ませてはいけない。

 これは最初に主の前で立てた誓いでもある。

 ただこの事をこんなに早くエリッサに伝えなければならない日が来るとは正直思わなかった。

「多分、今から本気でエリッサとぶつかる事になるでしょうね……」

 それを思うとスフィーリアの気持ちは重くなる。

 出来る事なら親友と喧嘩なんてしたくない。

 だが反面、負けてなるものかと奮い立たせる。

 何故なら、自分の考えの方がマグナにとって最も正しいと言い切れるからだ。

「私は……」

 覚悟を決め、スフィーリアが口に出した。

 だがそんな時だった。

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