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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第三章 緑乃原事件
33/120

第33話

「せっかく五人も居るんだから、教会の外に出てみない?」

 そう提案したのはエリッサだった。しかしスフィーリアはエリッサの提案を時期尚早と感じた。

「そんな、学習は今日、始まったばかりなのに早すぎません事?」

「大丈夫よ。教会の周囲をくるっと回るだけよ。それにやっぱり狭すぎない? 屋外学習に中庭のスペースだけってのは」

「言われてみれば……」

 スフィーリアもそれは同感だった。

 成年男子の教育に使うには教会の中だけでは広さも教材の数も限られる。

 それに長身のマグナの体は参拝に来た部外者の目を引く。

 ならば教会の外に出る方が返って目立たないかもしれない。

「それに上級冒険者二人が付いているのよ。それで何が起きるっていうの?」

「……では、そう致しましょうか。マグナ、よろしいですわね?」

 スフィーリアは一応マグナに確認を取ってみる。

 しかしマグナはぼんやりしているだけで大した反応を示さない。

 何にせよ話は決まった。

 エリッサの提案を受けて、スフィーリアは皆を連れて教会の外に出る事にした。

 マグナを中心にスフィーリアが先頭を歩き、エリッサが最後尾に着く。

 姉妹はマグナの両手を取って楽し気に左右に付いてくれた

 外に出ると教会の正面の道は美しく掃き清められていた。

 周囲に散乱していたはずのガギーマやブロタウロの死体は既に片付けられ、流血も洗い流されている。

 もう道から戦闘の痕跡を見つける事は出来ない。

 とても二日前に血生臭い戦いが繰り広げられていたとは思えなかった。

 ただ礼拝堂に空いた大きな穴がそのままになっている。

 とても一朝一夕で修理できる損傷ではなかった。

「……」

 傷付いた白亜の聖堂を前にスフィーリアの心が痛む。

 五人は道から外れると教会の傍を流れる小川の両脇の堤防沿いを歩き始めた。

 堤防と言っても低い土手だ。元は小川も土手も村がまだ今より半分ほどの規模の時代の防御施設の名残りだった。

 今の土手が低いのは盛り土の大半を西側の城壁の構築に再利用した為だ。

 その元城塞の土手の上には途中まで桜並木が続いている。

 この桜並木の植樹と維持管理も村人によるボランティアだった。

 今の季節なら、ここの桜並木も満開となり、花見がてら大勢の村人や冒険者達の目を楽しませるはずだ。

 だがここにも戦禍の傷痕があった。

 先日、村に侵入したガギーマが投げつけた松明の炎で五本の桜の木が焼けた。

 どれも満開の花びらを全焼させる大火事だった。

 炎を浴びた幹が無事なのかはまだ判らない。

 今日の午後にでも有志の村人達が燃えた桜の木の状況の診断の為ここを訪れるはずなのだが……。

 やがて五人は桜並木を抜けると何もない土手の原っぱの上に辿り着いた。

 予定ではここも城壁の先まで続く桜の回廊になるはずだ。

 代わりに今は土手の一面に白詰草、クローバーが密生し、先端から丸く白い花を咲かせていた。

 五人は土手を暫く歩いた後、密生したクローバーの上に座った。

 のどかな晴れの日、遠くに生き残った桜並木と教会の屋根が見える。

 そんな青空の下で広がるクローバーの密生は、さながら草の絨毯と言った趣きだ。

 姉妹が早速、クローバーの上を手で撫でながら何かを探し始めた。

 その人孤族の特徴である狐の耳と尻尾がふわふわと草の上で揺れる様子が可愛い。

「何をしているのだろう?」

 言語化こそされていないがマグナの頭の中にはそんな疑問が浮かぶ。

「ふたりは四つ葉のクローバーを探しているのですわ」

 スフィーリアがマグナの心情を察して答えた。

「よつばの……クローバー……」

「これの事よ」

 そう言いながら今度はエリッサが群生から抜き取った一本をマグナの前に差し出した。

 しかしエリッサの見せたのは普通の三つ葉のクローバーだ。

 だがエリッサは慌てない。

「これって葉が三枚だけど、ここにもう一枚こんな風に……」

 エリッサは他のクローバーから千切り取った葉の一枚を三葉の傍に添え、四つ葉にしてみせた。

「こんな風に葉が四枚のクローバーがあるのよ。判る?」

「う、うん……」

「四つ葉のクローバーは見つけると幸運が訪れるって言い伝えがあるの」

「幸運?」

「主より賜る祝福の事ですわ。それはとても良い事ですのよ」

「祝福……」

 しかし幸運と言ってもマグナは言葉の意味を理解できていない様だ。

「本当は少し意味が違いますけど……」

「まあ、堅っ苦しい理屈は良いから、マグナもあの子達みたいに集めてみなさいな。きっと良い事あるわよ」

「うん……」

 そうエリッサに促されたマグナは草の絨毯から立ち上がると、四つ葉のクローバーを探す為、辺りを何度も見回し始めた。

 だがエリッサとスフィーリアの二人はマグナの姿勢を見て互いに苦笑いを受かべる。

 クローバーの葉は密生している。そして小さい。遠目から三つ葉と四つ葉の区別をつけるのは難しい。

 しかも四つ葉の数は極めて少ないのだ。

 ただでさえ見つかるのは稀で、本気で探すにはもっと腰を屈め、じっくりと草の絨毯の上を観察しなければならない。

 恐らくマグナのやり方では一枚も見つからないだろう。

 だが二人ともマグナに見つけ方を教えるつもりはない。

 無論、意地悪をしているのではなく、彼に正しい探し方を自分で見つけてほしいと願っての親心からだ。

 暫くするとマグナが片膝を落とし手を延ばした。

「あっ……あった」

 手を伸ばしたマグナが声を上げた。

「じゃあ、持って来なさい。見て上げるわ」

 エリッサからお呼びが掛かる。

 だが内心、エリッサはマグナが持って来るクローバーは四つ葉ではないと思っていた。

 四つ葉があんな遠くから直ぐに見つかる訳がない。

 恐らくマグナが見つけたのは勘違いで、手にしているのは何の変哲もない普通のクローバーのはずだ。

「これのこと?」

 マグナが戻って来ると採取したクローバーをエリッサに渡した。

「どれどれ……」

 エリッサが渡されたクローバーを勿体ぶって調べてみる。

 だが渡されたクローバの葉の数を数えた途端、ギョッとした。

 それは紛れもなく四つ葉の白詰草の葉だったからだ。

「凄い! これよ、これこれ! 本当に四つ葉のクローバーだわ!」

 エリッサが思わず声を上げる。

「まあ、本当ですの?!」

「ええ?! マグナ、もう見つけちゃったの?」

 マグナが四つ葉のクローバーを早速、見つけたと聞いてスフィーリアと姉妹がエリッサの元に駆け寄った。

 確かにエリッサの掌の上にあるのは四つ葉のクローバーだ。

「凄いわマグナ! どうやってあんな短時間に見つけたの?」

「短時間?」

 聞かれてもマグナには時間の意味が判らない。

「ええっと、どうやって見つけたのかな?」

 エリッサは問い直す。

「そこに……あった」

 マグナが知っている数少ない語彙で答える。

 恐らくマグナの口振りから察すると単に偶然、見つかったのかもしれない。

「なら、両手いっぱいになるまで見つけて来て下さいな。それで花冠を作りましょう」

「うん!」

 スフィーリアが提案するとマグナが真に受けて再び駆け出した。

 そして緑の絨毯の中へと戻っていく。

「うふふふ、四つ葉のクローバーの花冠……」

「被った途端、凄い御利益が授かりそうね……」

「じゃあ私達も花の方を集めて花輪の準備を始めましょうか」

「ですわね。言い出した者として、マグナの頑張りに答えませんと」

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