第32話
そんな中庭での喧騒を喬木の影から見守る二つの視線があった。
「あ~あぁ……。お姉ちゃんたちまたケンカしてるねぇ」
「ケンカしてるねぇ」
視線の正体は幼い二人の女の子による物だった。
二人は突然、始まったお姉さん同士の口論に興味津々だ。
「でもあの男の人誰かなぁ?」
「誰かなぁ? 知らない人だねぇ」
「知らない人だねぇ」
二人の興味は自然とエリッサ達から見慣れない長身の少年へと映る。
少女達の正体はレイジー・エレとスイミー・エレ。二人は人孤族の双子の姉妹で6歳になったばかり。共に教会付属の学校に通う生徒であり、あのハリカ先生の娘だった。
ちなみにセミロングの薄い茶褐色の髪を右に分けてるのが姉のレイジー、左に分けているのが妹のスイミーでそれ以外の容姿はそっくりだった。。
二人はマグナ・グライプの様子を暫く観察していた。
しかしただ眺めているだけではつまらない。
「ねえ、行ってみようか?」
「行ってみようよ。そうすれば誰だか判るよね」
結局、好奇心には逆らい切れず、二人は隠れていた喬木の影から飛び出すとマグナの元に駆け寄った。
一方、エリッサとスフィーリアは口喧嘩に夢中で二人が近付いた事には気付かない。
「こんにちわ! ねえ、あなたはだぁれ?」
「だぁれ? 新しい村の人?」
近付くいた早々、姉妹はマグナに挨拶をした。
一見、何気ない光景だが、突然、現れた姉妹の存在にマグナは思わず注視する。
そして大きな耳の生えた二人を見て、容姿がほとんど同じ事実に目を丸くした。
マグナは戸惑う。
只でさえ、エリッサ達の言い争いを目の当たりにして困惑してた所に新たな情報が外から何の脈略も無しに入って来たのだ。
同じ存在が二つ並んでいる。
今まで出会って来た人達は全て容姿がばらばらに違っていた。
だがこの子達はどうだ。容姿も声も髪の色のまるで一緒。この事実は一体、何を意味するのか。
「うっ……」
頭の中で情報を処理しきれずマグナは呻く。
「あら、レイジーとスイミーじゃない」
だがマグナの困惑とは裏腹にエリッサが姉妹の存在にやっと気付いた。
いい加減にスフィーリアとの口喧嘩に飽きた頃だ。
「レイジー? スイミー?」
マグナが聞き返す。
「ハリカ先生は知ってるわよね。二人とも先生の子供達よ。ここの学校の生徒よね」
不思議そうな顔をするマグナに向かってエリッサが簡単な説明をした。
だがマグナにはエリッサの説明がほとんど理解出来ない。
「子供? こどもって?」
マグナが少ない語彙で質問する。
「この子達はハリカ先生が産んだの。先生とこの子達は親子なのよ。それと教会にある学校に通ってるわ。そうよね? レイジー、スイミー」
「うん!」
エリッサが声を掛けると姉妹は快活な声で返事した。
二人とも明るく人見知りしない、とても良い子だ。
だがエリッサの話を聞いてマグナには新たな疑問が生まれる。
「ハリカ先生が?……産む」
「ああ、やっぱり。そこから説明しなきゃいけないか……」
エリッサは苦笑する。
マグナはハリカ先生の存在は理解していた。しかし姉妹が先生が生んだ子供だという事が判らない。
そもそも産むとはどういう事なのか?
「う~ん……。生まれたっていうのはね……」
エリッサが出産と親子の関係を何とかマグナに説明出来ないかと頭を捻る。
だが答えを探している途中にスフィーリアが慌てて止めた。
「エリッサ! その話はマグナにはまだ早すぎますわ!」
「え~、でも~」
「それにこの子達の前ですわ! 自重なさい!」
「まあ、そうよね。言われてみれば、まだ早計かな? ごめんね、マグナ。今は教えられないわ」
そう言ってエリッサは肩を竦めながら答えるのを止めた。
「マグナ、親子とはハリカ先生と相談した後、ゆっくりと説明しますわ。今はこの子達はハリカ先生とは誰よりも深い絆で繋がっているとだけ覚えて下さいまし」
「深い絆……。でも二人、顔、ひとつ……」
「顔も同じなのも絆の力のせいと思っていてくださいまし。それ以上はあなたには難しすぎますぎて説明しても判らないはずです」
「うん……」
スフィーリアは自分の説明でマグナが納得してくれる事を祈った。
しかしどう見てもマグナの疑問が拭える様には思えなかった。
スフィーリアは気を取り直して話題を替えた。
「それよりマグナ、初めて会う人にはどうすれば良かったのですの?」
マグナは暫く頭を捻るとスフィーリアに教わった事と先ほどの姉妹の行動を思い出す。
「こんにちわ……。ぼくの名前はマグナ。マグナ・グライプ」
「こんにちわ。私はレイジー」
「こんにちわ。私はスイミー」
それは他愛もない挨拶だった。
「上手だわ! 綺麗に挨拶できましたわね」
「偉い! 三人とも、上出来よ!」
二人の先生は喜んで三人を褒め称える。
「えへへ……」
賞賛の声に姉妹が少し照れ笑いを浮かべた。
そしてマグナも一緒になってはにかんでみせた。




