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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第1章 迷宮から来た少年
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第3話

 エリッサがこの迷宮にパーティの仲間達共に潜入したのはほんの数日前の事だった。

 かつて、ここを根城にしていた先代の地縛竜が討伐されて早や二十五年、久しく怪物の影の無かったこの迷宮で、再び地縛竜の影を見たという情報を受け、その調査の為に仲間達を連れてこのコモラ迷宮へと潜入した。

 ここで言う迷宮とは地縛竜が潜む居城であると同時に、その臣民たる眷属達が住まう都市の事でもあった。

 言うなれば迷宮とは地縛竜が支配する都市国家と言ってよく、事、このコモラ迷宮に関しては地下に向かって広がる典型的な地底型迷宮で、ここ大空洞のある七階層を最下層とし、上部に向かって眷属1万人が生活する地下都市があった。

 特にこの大空洞は地縛竜の住まう場所であり言わば迷宮を支配する王の玉座の間と言った所だった。

 調査は「冒険者ギルド」と呼ばれる冒険者を束ねる公的機関からの正式な依頼だった。

 危険ではあるがパーティメンバーは誰もが優秀で、直接的な戦闘が目的では無いので用心さえすれば比較的楽な仕事のはずだった。

 だが不覚にも中層での大多数の眷属との交戦以降、右往左往した挙句、この常軌を逸した状況に遭遇したのだ。


 謎の少年の無謀な戦いは続いていた。だがその戦いぶりはエリッサの目から見ても驚嘆の一言だった。

 バネの様な体躯から発せられる跳躍力とスピードをもって最下層の大空間を縦横無尽に飛び回り、正拳や蹴りを繰り出しては地縛竜の頭蓋や胴体をハンマーの様に打ち叩く。

 そのたびに迷宮の王の巨体が揺り動かされた。

 素晴らしい。全くもって惚れ惚れする。威力は最上級の攻撃魔法に匹敵するはずだ。もはや人間……否、人類の尺度で測れる次元ではない。

 だがそう長くは戦闘を継続する様な状況ではないはずだ。

 ここは鉱の霊気と共に炎熱と有毒ガスが充満する灼熱地獄の大空間だ。

 幸いあの樽が階層に開けた穴のお陰で幾分か風通しが良くなった様だが、長居をすればガスや熱で肺や皮膚が爛れ、最終的には全身の骨の髄まで蝕む。

 専用の装備や魔法の加護が無ければとても生身の人間が居られる様な場所では無く、現にエリッサも魔法を使って何とかここに居られるのだ。

 なのに少年は平然と溶岩流と有毒ガスの中にその身を置いていた。

「そんな……、あんな状態で苦しく無いの?」

 エリッサの困惑と不安は尽きない。

 それどころか少年は洞窟の底を再び蹴ると、その余波を持って地縛竜への攻撃を続けていた。

 今度は低く、地面を這うように。

 正拳の連続攻撃が地面スレスレまで降りて来た地縛竜の横っ面を何度も打つ。

 地縛竜は拳の衝撃に顔を歪ませなながら全身のバランスを崩し、反対側の大空洞の岩壁に長い首を打ち付けた。

 その衝撃で最下層全体が揺れた。

 しかし地縛竜がダメージを受けた形跡はない。

 すぐに立ち直ると少年相手に戦いを挑む。

 そこはやはり迷宮の王たる所以だ。

 どれほど少年の攻撃が並外れていても、その鋼を超える頑強さの前には歯が立たない。

 態勢を立て直した地縛竜の反撃が始まった。

 背中のまだら模様のヒレを震わせながら、得意の火焔を今度は広範囲に広がる様に浴びせ掛けた。

 少年の体が炎の中に消えた。

 地縛竜の炎の力は鉄をも溶かす。人が直接、浴びれば消し炭になる事は必至だ。

 更に炎の余波は突風となって空洞内の空気をかき回し、岩場の陰に隠れていたエリッサの元にまで及んだのだ。

「きゃっ!」

 岩場の影からエリッサの悲鳴が上がった。

 エリッサの薄紅色の長い髪が凄まじい熱風に曝されながら後ろにたなびく。

 もし魔法の加護が無ければ大火傷は必至だった。

 その中でエリッサは少年の死を確信した。

 それでも大きな青い目は炎の中から少年の姿を探す。

 例え死んだと判っていても自分には冒険者として見届ける義務がある。

 そう思った矢先、奇跡の様な光景が目の前で起きた。

 少年が火焔の中に身を晒しながらも、その凄まじい熱線に耐え忍んでいたのだ。

「うそ……」

 その光景にエリッサは茫然とする。

 無論、人が耐えられる様な炎ではない。

 だが少年は果敢にも火焔を右腕を目の前に翳すと、逆に火焔竜を睨みつける。

 そしてその直後の事だ。

「ガッツ・ランサー!」

 少年が叫び声を上げた。

 すると少年の翳した右手から銀色の凄まじい光が放たれた。

 同時に少年の容姿までもが変わった。

 短かった黒髪が燃える様な赤と金色の長髪に変化する。

 恐らく何かしらの魔法の力を発動させたに違いはない。

 更に右手の銀色の光に変化が起きる。

 光は瞬く間に輝く一本の棒状の存在に形を為していった。

 長さはおよそ2m、先端は刃物の様に鋭い刃物が備わっている。

 それは正しく魔法による光の槍だった。

 少年が光の槍を手に再び跳んだ。

 跳躍で洞窟の天井まで達すると、続けて足裏で岩肌を強く蹴り急降下する。

 その下には火焔竜の背中があった。

「エヤァアアアアアアアアアアアアアアア!」

 少年は雄叫びを上げながら巨大な背中のヒレとヒレの間に飛び乗ると、手にしていた光の槍を強く振るった。

 そして槍の穂先をずぶずぶと目の前の肉塊の中へと沈みこませていく。

 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 火焔竜の喉から炎の代わりに悲鳴の様な鳴き声が上がった。

 光の槍が火焔竜の背中を貫いたのだ。

 だが少年の攻撃はこれで終わった訳ではない。

 更に火焔竜の背中に張り着いたまま、ぐいぐいと穂先でかき回していく。

 穂先は皮膚を貫き、背中の筋肉を抜け、背骨の隙間を貫通した。

 見事な一突き、普通の動物なら致命傷だ。

 しかし地縛竜の傷口を見ながらエリッサが叫んだ。

「ダメ! あれくらいの傷では地縛竜は倒せないわ!」

 それはエリッサの言葉通りとなった。

 火焔竜は受けた傷に怯むどころか背中に張り付いた少年ごと体を岩壁にぶつけた。

 岩壁に激しく打ち付けられながら少年の体がめり込む。

「うぐっ!」

 岩壁の中から少年の呻く声が聞こえた。

 彼の体は火焔竜と岩壁に挟まれたまま無惨にも埋め込まれてしまっていた。

 もう少年は身動きする事も出来ない。それどころか体中の骨という骨は既にバラバラにされ、その身はすり潰されているはずだ。

「ああ……」

 エリッサが落胆に声を震わせた。

 そして今度こそ少年の敗北を確信した。

 飴細工の様な脆さよ。だがこれが現実だ。

 地縛竜の前では人の体は儚く、どんな猛者でもその力に一瞬でも呑まれれば容易に圧し潰される。

 しかし少年の死を悼んでいる暇は無い。

 何故なら今度の餌食はエリッサ自身となるのだ。

 火焔竜が長い首を傾げながらエリッサの隠れる岩陰の方に向ける。

「ひいっ!」

 エリッサは表情を引き攣らせながら恐怖に慄く。

 もう逃げられない。相手は完全にこちらの位置を捕らえれいる。

 それにこの場で有効な魔法も思いつかない。

 万事休す。これで終わりだ。今度こそあの火焔竜による火焔放射で自分は消し炭になるはずだ。

 そしてその時は直ぐに訪れた。

 火焔竜が火焔を吐く。

 同時にエリッサは瞳を閉じた。

 次の瞬間に訪れる、死の苦しみから少しでも逃れたかった為だ。


 だが死の瞬間が訪れる事は不思議となかった。

「えっ?! なに? どうして?」

 まだ自分は生きている。体は元のままだ。あの恐ろしい地獄の炎が何時まで経っても訪れない。

 その事実にエリッサは唖然とする。

 仕方なく閉じていた瞳をゆっくりと開いた。

 そして驚愕した。

 岩壁に打ち付けられ死んだはずの、あの少年が、火焔竜から放たれた火焔の前に立ち塞がり、エリッサを守る盾となっていたからだ。

 あの光の槍から凄まじい霊力が放たれ、それが壁となり火焔放射の炎を跳ね返していた。

「……」

 目の前の状況が言葉にならなかった。

 だがあの少年がエリッサを助けてくれた事には違いなかった。

 エリッサは少年が何者か知らない。

 当然、少年も自分が何者か知らないはずだ。

 危険を冒してまで助ける意味はないはずだ。

 しかし現実は違う。少年は岩壁に埋め込まれた後も生き延び、地縛竜の注意がエリッサに向いた瞬間、脱出し、更に彼女を守ってくれたのだ。

 エリッサが茫然とする中、少年が炎に向かって一歩一歩進みだす。

 痩身のはずなのに、エリッサにはその痩せた背中が最初に見た時よりも大きく感じた。

 逞しく頼もしい男の背中だった。

 少年の歩みが疾走に変わった。

 疾走はすぐ突進へと変貌し、そのまま炎の中を突っ切っていった。

「エヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 炎の中で少年が叫んだ。

 今度の狙いは火焔竜の真正面、土手っ腹だ。

光の槍の穂先が今度は地縛竜の腹部に貫入する。

 それは勇気だけが頼りの単純極まりない突撃戦法だった。

 だが単純なだけに実を結べば効果も大きい。

 光の槍は土手っ腹の肉を深く抉り取り、傷口からどす黒い血が活火山のマグマの様に噴き出す。

「ガアアアアアアアアアアアアア……」

 最下層の中で地縛竜の呻き声が響く。

 効果絶大! 傷口は予想以上に大きい。

 流石にこれ以上傷付けば、迷宮を支配する巨魁も唯では済まない。

 地縛竜が反撃に出る。右前肢を振るって少年の体を張り飛ばした。

 その瞬間、少年の体はその場から離れ、再び傍にあった岩壁に頭から叩きつけられる。

 だが槍は地縛竜の体に突き刺さったままだ。

 直後、槍が凄まじい閃光と轟音を放ちながら突然、爆発した。

 その爆発の威力たるや凄まじく、衝撃によって竜の土手っ腹に大きな穴を穿った。

 火焔竜の巨体が大きく揺れながら横倒しになる。

 これは堪らない。

 火焔竜はヨロヨロと立ち上がると、少年から距離を取った。

 そして大空洞の天井に出来た穴に飛び乗ると、最後の力を振り絞り、そのまま地上に向かって脱出した。

 火焔竜が駆け登った後の階層は崩落を起こし、岩盤が最下層へと降り注ぐ。

 これで二人の前から最大の脅威は完全に消え去った。

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