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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第二章 怒りの爆槍
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第25話

 礼拝堂から去ったエリッサ達はその足で病院の方へと向かった。

 病室の廊下では治療を終えた怪我人たちが敷物の敷かれた床の上に寝かされていた。

 恐らく病室のベッドが既に満杯なのだろう。

 誰もが包帯で体をぐるぐる巻きにされ、傷口から血が滲んでいる。

 皆、一様に項垂れ、元気がない。

 苦しそうに呻き声を上げている者も大勢いた。

「こりゃ酷いな。今日は病院でも、明日は葬儀会場だ……」

「ロウディ、ここでそんな事を言っちゃダメ!」

「けどよ……」

「冗談でも言って良い事と悪い事があるわ」

 エリッサがロウディの言葉を窘める。

 それに人狼の少年は溜息を吐きながら「へい、へい……」と受け答えた。

 途中、一行は廊下で事務僧のミキシイナと出会う。

「あら、エリッサじゃん! 来てたんだ」

 彼女も無事、役目を果しあの災難を乗り越えていた。

 病院の中で何とか平静が保たれているのも彼女の功績だ。

「ごめんミキシイナ、こんな忙しい時に」

「気にしないで、前の襲撃の時もだいたいこんな感じだったわ。って言いたい所だけど、手が空いてるなら手伝ってくれない? 治癒魔法の技術はあるんでしょ?」

「けどさっき礼拝堂を見てた時にはそんなに込んでる様には見えなかったけど」

「忙しいのは多分これからよ。多分、砦や街の方からも負傷者が押し寄せて来るわ。三年前もそうだったもの」

 確かに西の砦の戦いは激戦だった。

 先ほどの地縛竜との戦闘だけで砦の兵士と冒険者の死者数は判っているだけでも26名にもなる。恐らく重症者の数はその数倍だ。

 そんな戦闘を終えた負傷者達がここに押し寄せて来れば、今の回復師の数で足りるとは到底思えない。

「成程、そう言う事か……。でもごめん、魔法の触媒はさっきの戦闘で全部使っちゃた。薬を塗ったり包帯を巻く位なら出来るけど……」

「それでも構わないわ。お願い、助けて」

「判ったわ、任せて」

「そう、助かるわ」

 そうミキシイナは言いながら、チラリとロウディとミャールに視線を投げかける。

「二人にも負傷者の治療を手伝ってほしい」そう思っての目配せだったが、その意図を正確に読み取った二人は「ただ働きなんて御免だ」と言わんばかりに大慌てで首を左右に振った。

 そしてエリッサもそれ以上、二人に無理強いはしない。

「それで例の彼って今も病室?」

 今度はエリッサがミキシイナに聞く。

「ええ、寝てると思うわ」

「会える?」

「会えるけど、寝ていたら起こしちゃ駄目だぞ」

「ありがとう。用事が済んだら手伝いに行くわ。また後でね」

「頼むわ。あ~あ、忙しい、忙しい。けど、ここも明日になれば病院から葬儀屋ね。儲かって、儲かって仕方ないわ……」

 別れ際のミキシイナのぼやき声にエリッサが唖然とした。

 ここの事務僧の言葉が先ほどのロウディの冗談にそっくりで、更に質が悪かったからだ。

 同時に後ろに立っていたロウディとミャールが思わず噴き出す。

 そしてエリッサの耳元で囁いた。

「なあ、俺の言った通りだろ?」

「うるさい!」

 エリッサは短く叫んでロウディのしたり顔を突っぱねる。

 そしてツンと澄まして先ほどのミキシイナの冗談を聞かなかった振りをした。


 やがて三人は少年の居る病室へと辿り着いた。

 少年は寝息を立てながらベッドの中で横たわっていた。

 先ほどの竜巻の水流で負傷した為、体には包帯が巻かれていた。

 それでも攻撃の激しさに比べれば思いの外、軽傷だった事に司祭も驚いていた。

「ミャ! コイツ本当に寝てるニャ」

「けっ、吞気なモンだぜ」

 ロウディとミャールが少年の寝顔を呆れながら見詰めた。

 二人は全身を隈なく包帯を巻かれた彼しか知らなかったため、素顔を見るのはこれが初めてだった。

「シッ、二人とも静かに! 起こしちゃ悪いわ……」

「ふん、構わし無ぇよ。もう怪我人じゃないんだろ? 聞きたい事があればはっきり聞けばいいんだ、よっ!」

 そう言いながらロウディは少年が寝ているベッドの足を乱暴に蹴った。

 同時にベッドは音を立てて跳ね上がり、少年は深い眠りから覚醒した。

「おい起きろ! わざわざ見舞いに来てやったぞ!」

「ロウディ!」

 エリッサがロウディの横暴を叱った。

 当然だ。ロウディのやった事は病院のベッドで休んでいる者に対する行為ではない。

「ケッ、奴さん目を覚めたぜ。これで待ってる手間が省けたってもんだ!」

 だがロウディは反省するどころか逆に悪ぶってみせる。

「もう……」

 仕方なくエリッサは少年の方へと視線を移した。

 少年はベッドに座ったまま驚いた顔でエリッサを見詰めていた。

「御免なさい、起こしちゃって。怪我は大丈夫?」

 エリッサがロウディの代わりに謝る。

 会うのは二度目だが会話をするのはこれが初めてだった。

 だが一方、寝覚めが悪いのか、少年はエリッサの質問に答えようとしない。

「ねえ、あなた。私の事、覚えてる?」

 エリッサは質問した。

 すると彼女の青い瞳を見詰めながら少年の口から音が漏れた。

「ああ……わ、私。あなた……。スフィーリア……」

 少年は思いついた言葉をぼそぼそとつぶやく。

「いいえ、私はエリッサよ。スフィーリアの友達。あなたにはコモラ迷宮の最下層で助けてもらったわ」

「エ……エリッサ」

 エリッサは少年が自分の名前を呼んでくれた事に微笑む。

 そして嬉しそうに語り続けた。

 スフィーリアは少年が記憶を失っていると説明してくれた。

 だがこの瞬間にも何かを思い出すかもしれないという期待がある。

「コモラ迷宮、最下層……覚えてる……」

「そうよ! 何か覚えてない? あなた、ひとりで地縛竜と戦っていたのよ!」

「地縛……竜?」

 少年はエリッサの言った言葉を繰り返した。

 だがその口調は判らないから聞き返している疑問形に思える。

 これではスフィーリアの時の鸚鵡返しと変わらない。

「じゃあ、ガッツ・ランサーって言葉は?」

 エリッサは目の前に光の槍が発動される事を期待した。

「ガッツ……? ラ、ラン……」

 しかし少年の答えは要領を得ない。

 恐らく発動条件が揃っていないのだろう。

 結局、少年は何も思い出せないままで終わった。

 そして彼の目には意志の様な物も感じない。

 外界からの刺激にただ反復という形で反応しているだけだった。

「帰ろうぜ。こんな事してたって無駄だ……」

 ロウディが溜息を吐きながらつぶやく。

「そうニャ。退屈ニャ……」

「それにコイツ、寝かしておいた方が良いんじゃないか? 疲れてるんだろ?」

 自分で起こしておきながらロウディがワザとらしく言った。

 しかしロウディの思う所がどうあれ、言っている事は間違っていない。

 彼はブロタウロとガギーマ相手にひとりで戦ったのだ。

 その戦い振りがどうであれ、疲れていて当然だ。

 それに何より彼が目覚めた事が判っただけでも大収穫だ。

「そうよね、今日はそっとして置いた方が良いかもね……」

 結局、エリッサは病室から引き揚げる事にした。

「じゃあ、私達はこれで……。また来るわ。本当にここと友達を守ってくれてありがとう。それを言いたかっただけなの。それとごめんね、休んでる所、起こしちゃったりして」

 そう言い残してエリッサは二人を連れて病室を出ていった。

 だがそんな彼女への少年からの返す言葉はない。

 ただその後姿をぼんやりと眺めているだけだった。

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