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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第二章 怒りの爆槍
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第24話

 西の砦から勝鬨が上がった頃、ワイルドキャット団とハッシャムーの蹄団による冒険者街での消火活動も終わろうとしていた。

「ミャ! エリッサ、砦の方の戦闘が終わったみたいだニャ!」

「そう、それは良かったわね……」

 ミャールの声にエリッサは力なく答えた。

 既に精も魂も尽きかけ、心身共にへとへとだった。

 エリッサは街を襲った炎を消す為にありったけの水魔法を発動した。

 霊力も魔法の発動に使った触媒の蒸留水も全て使い切っていた。

 そのせいで凄まじい疲労感に襲われ、攻防戦の勝利にも感心が薄かった。

 だがその甲斐あって、ガギーマの起こした火事の全ての火消しに成功した。

「おーい! エリッサ、ミャール」

 暫くして西の砦の方から戦いを終えたロウディが走ってきた。

「ミャ、噂をしたら……」

「何だ、二人ともこんな所に居たのか……」

「何だじゃ無いわよ!」

 勝ち戦で機嫌が良いロウディに向かってエリッサが八つ当たりした。

 そんなリーダーの機嫌を前にロウディが訳も判らず肩を竦める。

「何だよ、そんな怖い顔して……」

「怖い顔にだってなるわよ! アンタが馬鹿みたいに一人で砦で戦っている間、私達は必死になってガギーマの付け火を消して回っていたのよ!」

「そうニャ! 蹄団のオッサン達もほとんど怪我していたから、ウチらだけで大変だったんだからニャ!」

「そりゃ、まあ、御苦労様だったな、二人とも……」

 ロウディは年上の彼女達の機嫌を取り繕うと二人の奮闘を労った。

 しかしエリッサの腹の虫は収まらない。

「なによ、気楽に言ってくれるわね! だいたいアンタが飛び出したせいで、こっちは少ない人手で回さなきゃならなかったのよ! 全く、こっちの身にもなってほしいもんだわ!」

「だったら街なんか放って置いて、二人も砦の方に来れば良かったんじゃあ……」

 そう言いかけた途端、ロウディが慌てて口を塞いだ。

 エリッサのピリピリとした機嫌の悪さがありありと伝わったからだ。

 やはりリーダーには叶わない。とにかくロウディはエリッサの機嫌を取り繕う。

「何にしても、二人とも無事で良かったよ。それに、ここでの二人の踏ん張りのお陰で、俺達みたいな冒険者の寝床も焼かれずに済んだんだって訳だからな」

「ふん! 調子良い事、言って!」

「ところでスフィーリアは? 一緒じゃないのか?」

 ロウディの一言を聞いてエリッサはハッとする。

「そうだわ! 教会が大変な事になっているはずなんだわ!」

そうだ、戦いはまだ終わっていない。負傷させたブロタウロが教会の方へと走っていったのだ。

 もしかしたら今も教会の方はあの猛牛が暴れて酷い事になっているかもしれない。

「ロウディ、ミャール、今すぐ出発よ! ぐずぐずしてたら村の方が危ないわ!」

 三人は急いで教会へと急行した。

「スフィーリア、お願いだから無事で居てよ……」

 エリッサは何よりも先に親友の身の安全を願った。

 暫く走ると村を横切る小川を渡る前に桜並木と教会の壁が見えた。

 焼け焦げた桜の立ち木と大穴の開いた壁を目にした瞬間、三人はギョっとする。

 そして心の中で嫌な胸騒ぎを覚える。

「もしかしてスフィーリアの身に何か悪い事が起こってるんじゃ……」

 そして新たに現れたもうひとつの光景に唖然とする。

 小川を挟んだ土手の上で肉塊と化したブロタウロの死体を見つけたのだ。

「何よ、これ……」

「一体、どういう事だ?!」

「ニャア! 二人ともあれを見るニャ!」

 更に教会の傍ではガギーマの肉片と血だまりを片付ける村人達の姿があった。

 一行は慌てて仲間の尼僧を探した。

「おーい、スフィーリア~。どこに居るニャ~」

 しかしどこを探しても尼僧の姿はない。

 エリッサは村人にスフィーリアの居場所を訊ねた。

 すると尼僧は礼拝堂の中で怪我人の手当をしていると教えてくれた。

「という事はスフィーリアは無事だって事ね」

「とにかく言ってみようぜ」

 三人は教会の中に入った。

 礼拝堂の壁には大穴が開き光が差し込んでいた。

 正面玄関の大扉も壊され外れたままになっている。

 その全てがブロタウロの突撃で出来た破壊の傷痕だ。

 更に礼拝堂の中を見渡しても酷い有様だった。

 突撃の余波で床に置かれていた長椅子の列も無茶苦茶に破壊され散乱し、壁を飾る壁画の一部もはがれ落ちていた。

「酷え……。罰当たりな事しやがる」

 壁に手を当てながらロウディはつぶやく。

 そして今は雑然とした礼拝堂の中が臨時の救護所となっており、冒険者街から駆け付けた数人の回復師が怪我人の治療に当たっていた。

 そしてその回復師の中に三人はスフィーリアの姿を見つけた。

 スフィーリアも怪我人達の治療の最中だった。

「スフィーリア!」

 仲間の姿を見て、エリッサが思わず叫んだ。

 とにかく自分の中の嫌な胸騒ぎがただの杞憂であった事だけは証明された。

 だがスフィーリアがエリッサ達の方に反応を示したのは礼拝堂に居た怪我人達の治療が一段落した後だった。

 そんなスフィーリアの身なりも変わっていた。既に破れた法衣は脱ぎ捨てられ、新しい物に着替えを済ませている。

 それに顔色も普段と変わらない。既に先ほどの戦いの疲労からも脱していた証拠だ。

「あら、みんな無事でしたのね」

「こっちは大丈夫だった?」

「ええ、法衣が一着、駄目にされましたが大した怪我もしていませんわ」

「そう、良かった……」

 スフィーリアの落ち着いた口調を耳にし、エリッサは安堵した。

 教会での戦いは既に終わっていた。

 スフィーリアもガギーマから受けた狼藉から既に立ち直っており、僧医としての職務に励んでいた。

 少年の凄まじい活躍が彼女に再び勇気と活力を与えたのだ。

 だがその事実をスフィーリアがエリッサ達に伝える事は無かった。

 余計な心配をさせたくなかったからだ。

「それでスフィーリア、何かできる事はない? 私達も手伝うわ」

「ありがとう、エリッサ。でも今はここの回復師の皆さんで足りてますわ。それに礼拝堂に集められている方々は軽傷者がほとんどですから」

「そ、そうなの? ……司祭様は?」

「重症者の治療の為に処置室に居られます」

 結局、ここに来ても三人にやる事はなさそうだった。

 お陰でエリッサはまるで体よくあしらわれた様な気分だ。

「でも良かったニャ。スフィーリアが無事で」

「そうね。あの教会の壊れ方を見た時はゾッとしたけど……」

「とにかく何よりって奴だな」

 それでも皆、スフィーリアの無事な姿を見て嬉しさを隠しきれない。

 しかし三人の中でひとつの疑問が胸中に渦巻く。

 教会の前に転がっている眷属の死体は一体、誰によって作られたのか?

 そんな時、スフィーリアがエリッサに頼み事をした。

「やる事が無いのでしたら彼の所に言って下さいまし」

「彼って?」

「あなたがここに連れて来たあの少年の事ですわ」

「彼がどうしたの?」

「今、元の病室で寝ているはずです」

 スフィーリアが穏やかに答えた。

 だがその言葉を耳にした途端、ロウディが不快感を示す。

「あの野郎! 皆がこんな目に会っているってのに、自分は吞気に高いびきかよ!」

「いいえ、それは誤解ですわ、ロウディ」

「誤解って、何が?」

「彼は私達の命の恩人ですもの」

「恩人?」

「だって、ここに押し寄せて来た眷属は彼が退治してくれたのですよ」

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええぇ!」

 スフィーリアの言葉に三人は場所も憚らず大声を上げた。

「そんニャ!」

「まさか!」

「いいえ、事実ですわ」

「なら、彼が外のブロタウロを倒したっていうの?」

「ブロタウロだけではありません。押し寄せて来た大勢のガギーマの群れも……」

「おい、スフィーリア。そんな冗談、休み休み……」

「信じられないでしょうけど、冗談ではありませんわ。私も司祭様もこの目ではっきりと見ましたもの」

「……」

 断言するスフィーリアの言葉を前にロウディとミャールは言葉を失う。

「ふふん~。やっぱしね」

 しかしエリッサだけはスフィーリアの言葉を聞いて納得の笑みを浮かべていた。

「これで彼の強さが本物である事が証明されたって訳ね、ロウディ」

 エリッサがロウディに向かって得意げに言い放つ。

 実際にエリッサは迷宮の中での少年の戦いを目にしている。

 彼は地縛竜と対等に渡り合える戦闘力を有している。

 ブロタウロとガギーマ相手なら彼一人でも充分に対抗できるはずだ。

「どうだかな。悪いけど、俺だって冒険者の端くれだ。自分の目で見た物しか信じない」

 しかしエリッサとは対照的にロウディは頑なに首を横に振る。

「じゃあ、彼の所に行ってみましょうか」

「ですが寝ている様なら起こさないで上げて下さいまし。戦いを終えた後、彼、とても疲れているようでしたから……。それともう一つ、彼には記憶がありませんでしたわ」

「記憶が無い?」

「あなたが帰った後、彼は目を覚ましましたの。しかし話しかけても自分の名前どころか言葉さえ覚えていませんでした。ただ戦いの最中、一言、二言叫びました」

「何て叫んだんだ?」

「ガッツ・ランサー。あと、もう一つ……何と言ったかしら?」

「ガ? ガッツゥ……。何だい、そりゃ?」

「初めて聞く言葉ニャ」

 その言葉の意味にロウディとミャールは頭を捻る。

 何とも聞き覚えの無い初めて聞く言葉だ。

 だがそれとは対照的にエリッサはにんまりと微笑む。

 何故なら彼女も洞窟の中で同じ叫び声をどちらも聞いたからだ。

「それってあの光る槍の呼称でしょうね」

「司祭様も同じ事を仰って居られましたわ。若しくは呪文の詠唱でしょうと。実際、叫び声の後にその槍の様な鋭利な光が発動しましたから……」

「ところで、その魔法の正体は?」

「これは司祭様も判らないと仰ってましたわ……」

「フミャ、謎がまた一つ増えたニャ」

 結局、ほとんど判らないままではないか、とミャールが肩をすくめる。

「取り合えず彼の所に行ってみるわ。起きてるなら少し話をしてみたいし……」

「ええ、お願いしますわ。話相手でもしていて上げて下さいまし」

 そう言い終わると、スフィーリアは後から来た怪我人の治療に再び手を動かし出した。

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