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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第二章 怒りの爆槍
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第22話

一方、スフィーリアも急に我が身が軽くなった事に気付いた。

 いつの間にか自分に圧し掛かっていた邪悪な気配が消えていた。

 理由は判らないがあの辱めから解放されたのは間違いない。

 幸い、怪我は僅かな擦り傷程度で済み、貞操も守られていた。

 だが法衣は酷く破られもう使い物にならない。

「うう……」

 それよりも露出した肌を見ると浅葱色の瞳から思わず涙が零れる。

 眷属に汚されそうになったという精神的毀傷は女として流石に辛い。

 こんな酷い恥辱と屈辱は初めての経験だ。

 思い出すだけでも体が震える。

 本当なら大声で泣きたい気分だ。

 それでもスフィーリアは泣きたいのを堪え、何とか自分を奮い立たせる。

「がんばりなさい、私。まだ……、まだ大丈夫ですわ……」

 駄目だ。今、挫けていてはならない。

 本当に助けなければならない人達が目の前に大勢いるのだ。

「泣いてなんて居られません! 泣くのは何時だって出来ますもの……」

 勤めを果さなければ……。

 スフィーリアは気丈にも自分の沈んだ気持ちを立ち直させた。

 そして破かれた胸元を隠しながら体を起こすと辺りを見渡した。

「何で? どうして?……」

 目に映った光景を前に茫然とする。

 周囲に転がっていたのは先ほどまで自分を辱めていたガギーマ達の無惨な死体だった。

 そしてその中に立つあの少年の姿を見た。

 だがそこには彼女がベッドの上で見たぼんやりと空を見詰める少年の姿は無い。

 それどころか、目にも止まらぬ俊敏さで教会の前を駆け回りガギーマの群れを駆逐する。

 まさに電光石火。

 そして彼が通った後には素手で惨殺されたガギーマ達が転がっていた。

 その黒かった髪を赤と金色の炎の様にたなびかせながら。

「あれが本当の彼の姿……」

 もう信じざる得ない。エリッサの言っていた事は全て真実だったのだ。

 それだけに少年の強さは尋常では無かった。

 ほとんどのガギーマ達は為す術もなく殺されていった。

 それでも数人の小鬼は新たな敵に対して応戦を試みた。

 体の小さなガギーマでも群れで掛かれば危険な存在だった。

 だがどれだけ小鬼達が集団で挑んでも少年には敵わない。

 彼の強靭な身体は長い鉤爪も大振りの棍棒も鋭い短剣もまるで役に立たない。

 逆に少年の方は指先にほんの僅か力を込めるだけでガギーマの体のどんな個所も粉々にへし折っていった。

 その光景にスフィーリアは驚嘆と共に戦慄を覚える。

 それはもはや戦闘でも駆逐ではない。駆除や掃除と言った方が正しい。

 同時にそこには手加減は無い。人としての命に対する憐みも無ければ慈悲もない。

 かといって残酷な殺戮に対する異常者特有の快楽も無ければ冷酷さもない。

 あるのは敵に対する怒りだけの様に思えた。

 だがあの怒りはどこから湧いて来たのか?

 彼はつい先ほどまで感情らしいものをほとんど持たなかったではないか?

「ううん……」

 そんな中、畑の中で気を失っていた司祭の呻き声が聞こえた。

「司祭様! 司祭様! お気を確かに……」

 スフィーリアは倒れた司祭に何とか駆け寄ると、懸命に呼び掛けた。

 甲斐あって司祭はすぐに目を覚ました。

 だが司祭は尼僧の変わり果てた姿を前に愕然とする。

「スフィーリア! ああ、何て事に……」

「私は大丈夫です。それよりもあれをご覧ください!」

 スフィーリアは目の前の光景に向かって指差した。

 そこでは少年が最後のガギーマを殺し終えた後だった。

 少年の体は血で真っ赤に染まり周囲には無数のガギーマ達の骸が転がっていた。

「おお……主よ……」

 この世ならざる光景に司祭が思わず神に祈った。

 その一方、獲物を狩り終えた少年は標的を変えた。

 今度の狙いは教会を破壊しているブルタウロだった。

 少年は突進した。

 5mに及ぶ牛頭人身の横っ腹に少年の痩身が勢いよくぶつかった。

 互いの体が弾き合い、横転したブルタウロの体が礼拝堂の壁や柱と衝突し、そのまま中へと倒れ込んでいく

そこへ先に立ち直った少年がブルタウロに飛び掛かった。

 荘厳な礼拝堂の中で少年が仰向けになった暴れ牛に馬乗りになると、その顔面に向かって、渾身の殴打が鈍い何発も炸裂した。

 猛牛の巨体の前では少年の拳は小石の様に小さかった。

 だが音を立てながら繰り出される鉄拳は重く、猛牛の頭蓋に揺さぶるほどの凄まじい衝撃を与えた。

 これでは堪らない。ブロタウロが攻撃から逃れようと、馬乗りの少年の体を片手で強く突き飛ばした。

 少年の体は猛牛の怪力の前に軽々と飛ばされる。

 引き剥がしに成功したブロタウロは慌てて身を起こすと教会の前から離脱した。

 しかし逃げようとする猛牛の背中に少年が瞬く間に追い付くと、そのまま跳び蹴りを浴びせた。

 今度はブロタウロの体が前方に弾き飛ばされ、教会の傍を流れる川に叩き落された。

 村の中を流れる浅い川から大きな水しぶきが上がる。

 川に落とされたブロタウロは四肢を川底に突いたまま顔を上げた。

 そして全身ずぶ濡れのまま振り返る。

 背後では少年が憤怒を露わにしながら教会を背に立ち尽くしている。

 “こいつ、舐めているのか!”

 人間風情にコケにされた。その事実に猛牛が再び奮い立つ。

 ブロタウロが川面から身を乗り出した。

 その瞬間、地縛竜から付与されていた水精霊の加護が勝手に発動する。

 川の水が猛牛の周囲で渦を巻き、やがて立ち昇って竜巻に変わった。

 竜巻はブロタウロの身体を包み込み薄っすらと姿を見えなくする。

 少年が竜巻に向かって反撃の突進を開始した。

「いけません! 迂闊に飛び込んでは!」

 だが飛び上がった少年に向かって司祭が叫ぶ。

 すると激しく立ち昇る水流が強固な壁となって、触れた途端、少年の体を弾き飛ばす。

 飛ばされた少年の体は堤防の法面に叩きつけられた。

「トルネードガードは水の防壁です……。生身で突っ込んだ位ではビクともしません」

 司祭が苦しそうにつぶやく。

 確かに竜巻の壁は少年の突進を浴びても全く形を崩してはいなかった。

 それは水流の中のブロタウロにも何のダメージを受けていない事を意味する。

 しかし少年は再び立ち上がると、また竜巻に向かって飛び掛かった。

 だが今度は水の壁に体が触れる瞬間、爪先で竜巻の表面を上に蹴った。

 今度は少年の体が水流の力を受けて上に向かってみるみる上昇する。

 少年の体が竜巻の上端の更に上へと到達した。

 見下ろせば竜巻の渦の中心に居るブロタウロの姿が丸見えだ。

 少年はそのまま渦の中心に降下していく。

 しかしそれこそがこの魔法防御の罠だった。 

 猛牛の頭部にあの光の壁すら突き破った鋭く太い二本の角がある。

 それが手ぐすね引いて降下する少年を待っていたのだ。

 ブロタウロが体を大きく捻って角を突き立てた。

「あ、危ない!」

 事態を見守るしかないスフィーリアが叫ぶ。

 だが無情にも空中で自由の利かない少年の眼前に凶悪な二本の角が迫る。

 恐らく少年の体はあの角の切っ先に無惨に引き裂かれるか、真正面から貫かれるかのどちらかの運命が待っているはずだ。

 遂に少年とブロタウロの角が空中で接触する。

 しかし少年は衝突の瞬間、真上からブルタウロの角の一撃を両手で受け止めた。

「ええっ!」

 その光景を目の当たりにした司祭とスフィーリアが思わず声を上げた。

 何たる剛腕! あの痩身の何処にそんな怪力を秘めていたのか。

 だがブロタウロの攻撃はまだ終わってい居ない。

 むしろここからが本番だ。

 ブロタウロの巨体が角を握らせたままの少年の体を宙に向かって掬い上げた。

 少年の痩身の体がブロタウロの頭上で小枝の様に振り回される。

 更にブロタウロは自らの角を周囲で渦巻く竜巻の壁にぶつけた。

 結果、ブロタウロの怪力と竜巻の水流との融合によって生まれた凄まじい力が角の先にしがみ付く少年の体に浴びせられる。

「両手を角からお放しなさい! 放すのよ!」

 スフィーリアが竜巻の中の少年に向かって叫んだ。

 正直、見ては居られない。

 あの水流と猛牛の角には凄まじい力が掛かっているはずだ。

 それに挟まれれば普通の人間の体ならそれだけで粉々になる。

 恐らく竜巻の中では想像を絶する生き地獄が繰り広げられているずだ。

 しかし少年は水流を浴びながらも二本の角から両手を離そうとしない。

 それどころか今度は大胆にも角を握ったまま体を捻った。

 更にそこに少年の体を取り巻く水の流れの抵抗が加わり、凄まじい力を産んだ。

 そのたった一度の挙動が少年による反撃の狼煙となった。

 掴んでいた二本の角が同時に根元から音を立ててへし折られたのだ。

「ヴモオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 両方の角を砕かれたブルタウロが痛みに耐えかねて吠えた。

 そして逃げる様に竜巻の中から飛び出すと教会とは反対側の土手の斜面へと逃げようとした。

 だがそこへ急速に力を失った竜巻の中から少年も姿を現す。

 少年は消えていく水流の中から川辺に着水すると、手にしていた二本の角を無造作に捨てた。

 病院で貰い受けた病衣は水流で切り刻まれており、少年の体も水の刃で傷だらけになっていた。

 だが少年の瞳は闘志を失ってはいない。

 そんな少年の姿を前にしてブロタウロは恐怖に慄く。

 奴には敵わない。自分の攻撃がまるで通じない。

 それどころか自分の自慢の角が意図も容易くへし折られた。

 あれは人間の強さを遥かに超えている。

 敗北を悟ったブルタウロは這う這うの体で小川の土手を上っていった。

 そしてそのまま冒険者街の方へと退散しようとする。

 しかし少年は猛牛の背を見定めると右手を天に掲げて叫んだ。

「ガッツ・ランサー!!」

 その声はスフィーリアと司祭の耳にも届いた。

 鸚鵡返しではない。それは初めて聞く、少年の自らの意志で叫んだ言葉だった。

 少年の右手の中に神々しいまでの一本の光の筋が出現した。

 光は長さが2mを少しばかり超えると、そこで止まり、今度は鋭い槍状へと形成された。

 武器の種類で言えば手槍と呼ばれる短めの槍に当たる。

 スフィーリアはそれがエリッサが見たという光の槍だと直感した。

 だが古今、魔法の力で出現した光る槍など聞いた事がない。

 少年は川底を走るブルタウロの背中に狙いを定めた。

「エヤァアア!」

 そして短い掛け声を上げながら槍を投げ放った。

 槍は目にも止まらぬ速さで直進すると、寸分の狂いもなく暴れ牛の背中に命中した。

 貫いた瞬間、槍の空けた穴から大量の真っ赤な血が吹き出し猛牛の全身を染めた。

 間髪入れず、槍から凄まじい光輝が起こった。

 光輝は爆発に変わり、ブロタウロを瞬く間に粉砕した。

 牛頭人身の巨体は槍の一突きで死に至り、その身は只の汚らしい肉片に変えられた。

 教会を破壊した猛威とは対照的に、実に呆気ない猛牛の最期だった。

 ガギーマ達もそのほとんどが殺され、僅かに残った者も隙を見て遁走した。

「天の恵みよ!」

 司教が神聖魔法によって局地的な降雨を起こす。

 暫くして教会と桜並木の火事も消えた。

 更に残っていた村人達の懸命な消火作業もあって延焼は免れた。

 周辺から眷属の脅威は完全に消失した。

 ワリカット教会を襲った悪鬼達の暴虐はたった一人の少年の力によって排除されたのだ。

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