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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第二章 怒りの爆槍
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第17話

 一方、そのワイアット教会では半鐘が鳴る少し前、スフィーリアが病室の少年に朝食を食べさせていた最中だった。

「はい、あ~んして」

 スフィーリアは雑穀粥を匙で掬うと少年の口元に運んでいた。

 粥は今日のスフィーリアによる手作りで他の患者にも振舞われる。

 当初、少年は匙の中の粥に興味を示さなかった。

「お腹が空いていませんの?」

 スフィーリアが疑問に思う。

 だがそんな事は無いはずだ。

 昨晩、夕食を運び込んだ時、少年は再び眠りについていた。

 何度、起こしても起きなかった為、スフィーリアは仕方なくそのまま寝かす事にした。

 それは少年が昨晩は食事を取っていない事を意味する。

 そして今朝になって様子を見に行くと少年は目を覚まし窓の外をぼんやりと眺めていた。

 恐らくお腹が空いて目を覚ましたのだ。

 そう思い朝食を運んだのだが少年は差し出された粥に手を付けようとしない。

「困りましたわ。どうしましょう……」

 食事を摂ろうとしない少年を前にスフィーリアは困惑する。

 このままでは空腹で体力が落ちていくばかりだ。

 だが暫くしてある事に気付いた。

 記憶を失っているならば恐らく目の前の粥を食べ物と認識していないのではないか。

「大丈夫。これは食べ物ですわ」

 そう言うとスフィーリアは差し出した粥を自分で食べてみせた。

 口の中で調和の取れた甘味と塩気が口の中で広がる。

「うん、完璧ですわ」

 自我自賛、我ながら上出来。

「私って料理上手。こんな女を奥さんに貰える人は本当に幸せ者ですわね」

 事実、スフィーリアが食事当番の時の献立は患者達にも評判が良かった。

「さあ今度は真似してくださいまし。おいしいですわよ」

 スフィーリアは気を取り直して同じ匙で再び粥を掬った。

 そして二度ほど息を吹きかけて冷ますと少年の口元に運んだ。

 その動作はまるで母親が赤ん坊に離乳食を摂らせるのと同じ仕草だ。

「食べて下さいまし……」

 スフィーリアは祈る様につぶやく。

 その瞬間、少年に変化が起きる。

 少年の口元が半開きになるとそのまま匙の先を口に含んだのだ。

 スフィーリアの作った粥が本能的に咀嚼され、ゴクンと音を立てながら、喉の奥へと吸い込まれていく。

「良かった。口に合いまして」

 スフィーリアが感嘆の声を上げる。

 これは大成果だ。少年が飢えて死ぬことはない事が判ったのだ。

 しかし匙の先の粥が消えた瞬間、スフィーリアはハッとする。

 うっかり自分が口に含んだ匙を使わせてしまった。

 その事で彼が機嫌を損ねるのではないか。

「申し訳ございません。気を悪くしまして?」

 尼僧は慌てて謝罪した。

 しかし少年は言葉には反応せず今度は先ほどより口を大きく開ける。

 それを見てスフィーリアは笑った。

「ほら御覧なさい。やっぱりお腹が空いてましたのね」

 嬉しくなったスフィーリアが再び粥を掬い少年の口元に運んだ。

 少年はスフィーリアの作ってくれた粥を無心で食べる。

 その光景にスフィーリアは安堵の溜息を吐く。

 しかしその作業を繰り返している内にある事に気付く。

「これって間接キスなのでは……」

 そんな言葉が頭を過った瞬間、スフィーリアの白磁の様な白い顔が真っ赤になった。

「キャー! わ、私ったらふしだらな……」

 恥じらいに悶えるザイーナの乙女は両手で顔を覆いながら慌てふためく。

 ブルザイ教の僧侶や尼僧は結婚や恋愛が禁止されている訳ではない。

 しかし貞節や禁欲は厳守される。

 なのに自分は市井の娘と同じ様に少年の中に安易な異性を感じてしまった。

 しかもこれで二度目だ。

「私もまだだま修行不足ですわ。後で主の前で悔い改めねば……」

 スフィーリアは密かに懺悔した。

 そんな時、村の西方からドンと大きな音と共に振動が伝わった。

「な、何ですの?!」

 スフィーリアはその振動の大きさに愕然とする。

 やがて西の砦から半鐘を叩く音が聞こえて来た。

「警報?」

 スフィーリアは直ぐに半鐘を打ち鳴らすリズムが何時もと違う事に気付く。

 間違いなく襲撃を知らせる警報の音だ。

「スフィーリア、緊急事態です!」

 伝声管から司祭の声が聞こえて来た。

「司祭様、何事でしょうか?」

「どうやら西の砦に眷属が現れた様です」

「では先ほどの大きな音は……」

「恐らく、眷属の攻撃に依るものでしょう。緊急会議を執り行います。あなたも今すぐ寺務所に戻って来てください」

「承知しました」

 スフィーリアは粥の入った鍋をわき机に置くと、腰を屈め、少年の背中に手を掛けながら、言った。

「御免なさい。急な用事で食事を中断せねばなりません。食事は後で作り直しますから暫くここでお待ちになって下さい」

 そう少年に伝え終えると、スフィーリアは病室から出ていった。

 しかし少年は口の中に入れた粥を頬張り続けているだけで、それ以上の反応は示す事はなく、最初の爆発音も鳴り響く半鐘の音にも無関心だった。

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