第16話
それでもやるしかない。エリッサの魔法により残った戦士達の鎧と剣に炎に代わって今度は土の加護が付与された。
「皆に土魔法を掛けたわ。これでブロタウロの攻撃は幾らか和らぐはず。それと私達で取って置きを使うわ。だから皆、一旦下がって!」
「了解!」
エリッサの魔法で何とか立ち直った戦士達がブロタウロを包囲しながら一旦、後退する。
「風の精よ! 水の精よ!」
一方、エリッサは二つの精霊魔法を同時に発動させた。
「ガストウェーブ! グラベルショット!」
そして魔法を融合させ、そのまま解き放つ。
「フュージョン!」
水属性のブルタウロに向かって凄まじい突風が先の尖った小石を巻き込みながら襲い掛かった。
突風も小石もエリッサが複合魔法で発生された物だった。
だが小石と侮るなかれ。
突風の捲かれた飛礫は鋭利な刃物となってブルタウロの周囲を取り囲み、その牛革を切り刻む。
「グフォ!」
全身を傷だらけにされた人牛が吠えた。
無数に切り裂かれた皮膚から赤い鮮血がほとばしる。
しかしブルタウロの筋肉と骨は強靭だ。土の精霊を受けた二段攻撃の前でも皮膚を切り裂くばかりで致命傷を与えるまでには至らない。
それでもエリッサの攻撃でブロタウロの警戒心が散漫になる。
そこへ素早く駆け寄ったミャールがブルタウロの足元に滑り込んだ。
人描族の接近に気付いたブルタウロが慌てて長斧を振るう。
「遅いニャ!」
しかしミャールは全身を柔軟にくねらせ長斧の切っ先を回避すると、そこから高く跳躍。そのままブルタウロの上半身に飛び付いた。
彼女の手にはトリモチの付いたレンガ状の粘土の塊が握られていた。
粘土の塊がブロタウロの左脇腹にトリモチの力で張り付く。
「フ……取って置きのプレゼントニャ!」
一瞬、ミャールの口元に不敵が笑みが零れた。
粘土を張り終えると、ミャールの体がブルタウロから速やかに離れていく。
「全員、防御態勢!」
エリッサの合図と同時に周囲を取り囲んでいた戦士達が盾の裏に身を潜めた。
張り付いた粘土からは短い導火線が火花を上げていた。
僅かに遅れて粘土の塊がブルタウロの脇腹で爆発した。
粘土の正体はミャール特製の吸着爆弾だった。
水属性のブルタウロに爆発の炎の効果は無い。
代わりに音速を超えて膨張した空気の爆圧が猛牛の横っ腹に襲い掛かった。
ドンッ、という低い音と共にブロタウロの体が異様な形で、くの字に曲がる。
「むごおおおおおおおおおおお!!」
ブルタウロが血を嘔吐しながら絶叫を上げた。
ミャールの使った爆弾の効果は絶大だった。爆圧で脇腹に穴を開けただけでなく、肋骨を数本砕き、内臓の一部をも引き裂いていた。
「やったぞ!」
「どうニャ! ウチの取って置きは!」
ブルタウロへの攻撃が成功して周囲に居た戦士達も思わず歓声を上げる。
だがブルタウロはそれで倒れる事は無かった。
手にしていた長斧を捨てると、穴の開いた脇腹を押さえながら全速力で東に向かって逃げ出したのだ。
「あいつ、化け物か?! あれだけの爆薬を喰らって生きてやがる!」
ブルタウロのしぶとさに蹄団の誰もが唖然とする。
「そんな事よりもすぐに追いかけましょう。このままじゃあ、奴は東の村に向かって一直線よ!」
「そうだ、あっちは手負いだ。ここからならまだ追い付けるはず」
蹄団の全員が口を揃えて踵を変えそうとする。
だがその間にミャールがある事に気付いて皆を呼び止めた。
「ミャ! 皆、追撃は中止ニャ! 今すぐ後ろを見るニャ!」
ミャールの声に全員が振り返る。
すると冒険者街の方々で突然、火の手が上がっていた。
「火事ですって?!」
エリッサも思わず声を上げた。
だがその間にも炎は瞬く間に燃え上がっていく。
「なに? こんな時に誰が火を付けたの?」
エリッサが火事の原因を探ろうと目を凝らす。
すると建物の周ではを数人の背の低い人影が松明を持って徘徊していた。
「ガギーマだ! ガギーマが付け火をして回ってやがるんだ!」
負傷したロブに代わって蹄団の戦士のひとりが叫んだ。
ガギーマとは頭に一、二本の短い角を持つ小柄で足せ細った小鬼だった。
目は細く、口は耳元まで裂け、犬歯が発達して凶暴な猿の様な人相をしていた。
それでも人間と共存する列記とした人類の一種だが、中には地縛竜の配下に堕ち悪行を働く者も居た。
その眷属のガギーマが街に火を放ったのだ。。
「全員、体勢を整えろ! これよりガギーマを駆逐する! 放火魔を許すな!」
蹄団が早速、ガギーマに斬り掛かった。
「ギャアアアアアアアアアア!」
ガギーマに強力な装備は無い。
一撃で切り伏せられた小鬼達が口から血の混じった泡を吹く。
「ちょっと待ちなさい! ブルタウロはどうするのよ!」
ガギーマの駆逐も重要だがあの猛牛が逃げた先にはスフィーリアの居るワリカット教会もあるのだ。
このままでは教会がブルタウロに襲われる。
「かと言ってこのまま奴等を放置する訳にはいかん! エリッサ達は消火を頼む!」
「けど!……」
「それに教会にはあの司祭様が居て下さる。あの方ならブロタウロ相手でも多分、持ち応えて下さるはずだ」
それがエリッサの訴えに対する蹄団の答えだった。
街を襲っているガギーマ達は力も弱く装備も貧弱だった。
恐らく火付け専門の部隊なのだろう。
しかし奴等はあれで成人だ。人間の大人と同等に知恵が回る。
侮り難し、弱いからと言って放置すれば街の被害は幾らでも拡大していく。
結局、蹄団の結論が覆ることは無かった。
「ああ~、もうっ! 仕方ないわね!」
かといって目の前の火事も放置出来ないのも道理だ。
後ろ髪引かれながらもエリッサは水の魔法を使って燃え盛る火事の炎を消していく。
だが取り逃がしたブルタウロの事も頭から離れない。
「ごめん、スフィーリア。お願いだから無事でいて……」
結局、教会の方に行くことが出来ない。
そして今は心の中で親友の無事を祈るので精一杯だった。




