第15話
一方、蹄団によるグラーデの駆除は順調に進んでいた。
彼等は充分に働いてくれてるし、侵入した敵も思っていたより弱かった。
最初は百匹近く居たグラーデの群れも今では数えるほどにまで減少していた。
この分なら眷属による街への被害も食い止められるはずだ。
「ロウディは大丈夫かニャ~」
戦いに余裕が出てくると西の砦で地縛竜と戦っている仲間の事が気になりだす。
「ロウディの事だから心配ないと思うわ。彼、ああ見えて慎重だし」
「ニャら良いけどニャ」
だがそんな事を考えていた矢先、思いがけない異変が生じた。
大通りに立つ街並みから、突然、土煙が次々と立ち昇った。
土煙は木材を押しつぶす音と共に、徐々にエリッサ達の前に近付いて来る。
そして目の前に立っていた道具屋の土壁が崩れた直後、土煙の中から何かが姿を現した。
「ブシュウウ!」
土煙が晴れるとそれは獣の様な呻き声を上げる。
出現したのは頭に二本の角が生えた一匹の暴れ牛だった。
しかしそれは正確には牛ではない。
牛であって牛でなく、人でなくて人である、ブロタウロと呼ばれる牛頭人身の獣人。頭部が牡牛で体が人という異様な出で立ちをした身の丈5mを超える半裸の獣人闘士だった。
筋骨漲る巨人はこちらを見つけるなり、再び駆け出した。
その動きは明らかにこちらを狙っている。
「危ない! みんな逃げるニャ!」
暴れ牛を前にミャールが叫んだ。
だがその間にもブロタウロの最初の一撃が放たれた。
ブロタウロの両腕には身の丈ほどの長さの長斧が握られていた。
牛頭人身の闘士はそれを力任せに振るう。
ブンッ! と風巻く空気を切り裂く音!
「うわあああああ!」
前衛にいた戦士達が繰り出される長斧の圧を浴びると、呆気なく薙ぎ払われた。
構えていた盾ごと吹き飛ばされ、大の大人たちが成す術もなく、猛牛の前から弾かれる。
「ブモモモモモモモー!」
倒れた戦士達の前でブロタウロが雄叫びを上げた。
「そんな……、ブルタウロですって!」
巨人を前にエリッサが顔面を引きつらせる。
ブロタウロは頭部が牛という出で立ちでも列記とした人類た。
凄まじい怪力と鋼の様に硬い筋肉が最大の武器で、人類の中でも屈指の戦闘力を誇る。
しかも身の丈が5メートルのボーロックス亜族と呼ばれるブロタウロの中でも最大最強種だ。
間違いなく先ほどまで戦っていたグラーデなどまるで比較にならない怪物だ。
「ちょっと! どうしてあんな奴がここに居るのよ! ブロタウロは迷宮の番人のはずよ!」
確かに眷属のブロタウロの森の中での遭遇率は少ない。ましてや町の中まで侵入して来た例はこのフラムの村では聞いた事はない。
しかし言い終わった傍からエリッサの疑問は氷塊した。
ブロタウロの棲家のコモラ迷宮は崩壊したのだ。
家が潰れてしまったのなら出て来ずには居られない。
だがそれ以上に疑問なのがどうやって西側の城塞から抜けて来たのか?
いくら地縛竜が攻め込んできていると言っても砦はまだ健在なはずだ。
にもかかわらずこれほどの大物の眷属が侵入したのは城塞のどこかで大きな穴が開いた証拠だ。
「そんな……。こちら側が押されているっていうの?」
その事実にエリッサが唖然とする。
グラーデが小さな穴を掘って街に潜入したのとは訳が違うのだ。
そんな中、蹄団の戦士達が再び立ち上がるとブロタウロを囲み、一斉に斬りかかった。
「タリ・ホー!」
掛鬨と共に戦士達が牛頭人身の眷属に剣を振り下ろす。
だがその直後、エリッサがブロタウロの気配からある事を感じ取った。
「駄目! 無闇に突っ込んじゃあ」
エリッサが蹄団を止めようと叫んだ。
だが戦士達の攻撃が留まる事は無く、そのままブロタウロの体に剣が触れた。
その瞬間、不思議な現象が起こる。剣の刃が猛牛の体の上で滑ったのだ。
まるで氷の上を滑走するように皮膚の上で切っ先が流れて切れない。
「うっ!」
その光景を前に戦士達は呻く。ブロタウロの体には傷ひとつ付かない。
自分達の攻撃がまるで効いていないのだ。
だが茫然とする間もなく、今度はブロタウロの反撃が襲って来る。
ブロタウロの長斧が再び力任せに振るわれた。
間合いが近い。切っ先の先にはロブが居た。
「ぐはぁ!」
長斧の遠心力から生み出された打撃をもろに浴びたロブの体が急激に沈んでいく。
「ロブさん!」
倒された蹄団の隊長を前にしてエリッサの声が引き吊る。
だがロブは何とか持ち応えた。
身を固めて盾を翳し、長年の経験と勘で何とか攻撃を防いだのだ。
だがたった一撃を浴びただけで盾は割れ、鎧は陥没した。
そしてロブ自身も鎧の下から血を流す。負傷を免れなかったのだ。
恐るべきブロタウロの長斧の威力。
だがそれはブロタウロの剛腕だけが原因ではない。
「やっぱり……あのブロタウロには水魔法の属性も付与されているわ。あれは土属性のはずなのに……」
エリッサが悔しそうにつぶやく。
本来、精霊には常に属性同士の相克関係が存在する。
相克関係とは相手に克つ事、精霊同士の相性の善し悪しから来る強弱の事だ。
基本的に相克関係で言えば、火は木に強く、木は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強い。
逆に火は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱く、風は木に弱く、木は火に弱い。
蹄団の戦士達にはエリッサによって火の精霊の加護を受けていた。
相克関係で炎の武器で斬りつけても水の属性を与えられた眷属には効果が無い。
それどころか炎の属性を纏いながら水属性の敵の攻撃を受ければ倍加されたダメージを受ける事にある。
これも司祭が言っていた魔法のブースト効果のひとつだった。
同時にあの長斧には単純極まりない強力な打撃力が込められている。
強固で重質量の長斧の一撃に相克関係の重ね技をされては流石の歴戦の戦士達も防ぎ切れない。
負傷に耐え切れずロブが倒れた。
長斧の標的はまだ立っている兵士に向けられる。
「うわああああ!」
長斧が振るわれた直後、また一人、悲鳴を上げながら戦士が倒された。
「ウミャ! オッサンたちがどんどんヤラレテいくニャ!」
ミャールがエリッサの横で顔を真っ青にする。
しかし皆、まだ死んでいない。
これで致命傷が防げているのは彼等がベテラン戦士で、上手く攻撃を受け流している証拠だ。
だがそれも何時までも持つとは限らない。
ここで蹄団の戦士達が全滅すればあのブロタウロを止める術はない。
「そうなれば最悪だわ……」
エリッサの脳裏に冒険者街が壊滅する情景が映る。
「エリッサ、しっかりするニャ! 早く土の魔法を使うニャ!」
だがその横でミャールがエリッサを叱咤した。
エリッサの中の悪い予感がミャールの一声で打ち消される。
「判ってるわ。土の精霊ドクラよ!」
エリッサは再び呪文を唱えた。
今度は革袋に入った赤土が触媒となり土の精霊魔法が発動された。
土の力は水の霊力を吸収する。水の属性を持つ相手を倒すのは相克関係により土魔法を使うのが効果的だった。
最も相克関係も絶対ではない。相手の水属性の霊力が圧倒的に強ければ例え土魔法を駆使しても効果は跳ね返され、文字通り土は水に押し流される。
それにあの長斧から放たれる物理的打撃力は今のエリッサの力ではどうする事も出来ない。




