第14話
二人はスパイドと別れてすぐにハッシャムーの蹄団のパーティと合流した。
「ワイルドキャット団のエリッサです。精霊師です」
「ハッシャムーの蹄団のロブ・エヴァだ。戦士をやっていた。君達の事は知っているよ。少人数でも優秀だってね」
二人のリーダーは短い挨拶を交わした。
蹄団は総勢13名。リーダーのロブ・エヴァ以下、全員がかつては迷宮攻略でも名を上げた歴戦の戦士達だ。と、言えば聞こえが良いが、現在はミャールの見立て通り冒険者稼業から一歩引いた引退間近の中年パーティの集まりだった。
近年は無理をせず、主に村の近くを徘徊する魔獣の駆除や炭焼き職人の真似事等をしながら生計を立てていた。
そしてゆくゆくは冒険稼業で溜め込んだ資金を元手に土地を買って農場を経営する。
齢を取った冒険者の典型の様な人々だった。
だが彼等が元は優秀な戦士団であった事は確かで二年前の防衛戦でも眷属相手に名を上げていた。
ワイルドキャットは彼等とクランを組むことになる。
それに13人という人数は心強い。
エリッサがロブに聞く。
「ロブさん、三年前はどんな眷属がここに潜り込んで来たんです?」
「ベールだよ。鬼人族の一団だった」
「鬼人族……」
ロブの言葉にエリッサが息を飲む。
鬼人族は頭に角を持つ戦闘種族だ。身長は男子なら⒉mを超え、屈強な骨格筋を持つ。接近戦になれば危険な相手だ。
だがそれを聞いてミャールが頭を捻る。
「でも変だニャ? コモラ迷宮でベールなんて全然、見なかったニャ」
「そりゃ迷宮違いだよ。前に襲って来たのはコモラよりもっと西の奥の迷宮の眷属だったからね」
ロブの言葉に二人は安堵する。
とにかく今回は鬼人族と戦わなくて済むのだ。
しかし油断はならない。相手はどんな種族が手段を使って街を攻撃してくるかまだ見当も付かないのだ。
やがて即席の名無しのクランは敵と会敵した。
敵が城壁の間隙から侵入し、冒険者街に攻め込んできたのだ。
最初に現れた敵は「グラーデ」と呼ばれるカマドウマによく似た昆虫の群れだった。
しかしその胴体は熟れ時のすいかほどの大きさで、本物のカマドウマではあり得ない大きさだ。
更に全身が気味の悪い紫色の斑点で覆われ、背中に数本の棘が生えている。
だがその攻撃力は山野に徘徊する野犬と同程度で、それなりの経験のある冒険者なら敵ではない。
それでもノコギリ鎌の様な大顎には大人の指を簡単に噛み切れるほどの力があり、何より数を頼みに襲って来る。油断できない相手だ。
そんな化け物虫の集団が長大な後ろ足で跳躍しながら一斉に襲い掛かって来た。
百匹近いの肉食昆虫の群れが小さな混成部隊の間近に迫る。
「この便所虫めぇ!」
「ワイルドキャットは後衛に、我々が前に出て壁になる!」
リーダーのロブの合図と同時に全ての戦士が腰に下げた剣を抜き盾を構えた。
「火の精霊バームよ。契約に基づき皆に火の加護を授け給え!」
エリッサは呪文を詠唱しながら懐から平たい火打ち石と火打ち金を取り出すと片手で器用に打ち鳴らした。
カチン! と、いう音と共に魔法の触媒たる火打石から火花が飛び散るとエリッサは呪文の御名を叫ぶ。
「フレイムガード!」
直後に炎の加護の精霊魔法が発動した。
言うまでも無くエリッサの職業は精霊師だった。
精霊師は旧大陸の魔法文明を支える人々だった。彼等はこの世にあまねき、相克関係にある火、水、風、木、土の五つの元素からなる精霊たちと契約すると、その霊力を魔法へと転換する。
一般的な精霊師が契約によって使役できる精霊の種類は一種類から二種類で、どれほど多くても三種類が限度だった。
しかしエリッサは並の精霊師とは違う特別な存在だった。
彼女は五大精霊の全てと契約し、更に上級魔法や複合魔法を発動させる事が出来る。
系統は違えどスフィーリアにして「勿体なくも貴女は天才」とまで言わしめた実力者なのだ。
魔法発動後、戦士達の使い慣れた切っ先に炎の加護が宿る。
「ロブさん、皆に火炎属性を付与したわ。これで攻撃力と防御力が増すはずよ!」
「サンキュー、エリッサちゃん!」
戦士達が軽く謝辞を述べる。
火の精霊魔法は最も使われる攻撃魔法だった。
単純に攻撃力が高く、無属性の相手でも他の属性に比べ効果が高いのが特徴だ。
「ウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
蹄団の中から一斉に雄叫びが上がると戦士達とグラーテの群れとが衝突した。
完全防備の戦士達が一斉にカマドウマの群れに斬りかかる。
「そりゃあ!」
火炎の加護が早速、威力を発揮した。
気合と共に、前衛のグラーテ5匹が真っ先に倒された。
巨大なカマドウマは容易く両断され、更に後続に控えていた残りの群れも次々と切り崩していく。
「やったニャア!」
蹄団の奮戦を前にミャールが歓声を上げた。
だが蹄団の攻撃はそれだけに留まらない。
「全員、突撃用意! このまま畳みかけるぞ!」
ロブの合図で戦士達が横一列に並ぶ。
そして前衛が崩された事で隙が生まれたグラーテの群れに向かって突進を掛けた。
「うりゃああああああ」
戦士達の雄叫びが轟く中、集団の突撃を浴びたグラーデの群れは瞬く間に蹴散らされていった。
一線から引いたとは言え、やはりそこはベテラン戦士達だ。
寡兵でも戦い慣れており、パーティ内の息もピッタリ合っていた。
そんなハッシャムーの蹄団の存在は頼もしい限りだ。
「でもニャ、エリッサ。こいつらって……」
「間違いないわね。あの体色はコモラ迷宮の眷属だわ」
「根城が無くなって村に押し寄せて来たって訳ニャ」
「でも私達を追って来た線も捨てきれないわ」
戦士達に斬り殺された屍を見て二人はつぶやく。
グラーデは迷宮の上層の暗闇に巣食う大型昆虫でめったに洞窟の中からは出てこない。
更に知能は無いに等しく、主に下級の眷属が使役する。故に眷属と言うよりは番犬に近い存在だった。
そして住みつく洞窟によって外観や体の模様が微妙に違う。
「けどこいつら何処から入って来たのかしら?」
不意にエリッサが疑問に思う。
村は四周が高さ7mの版築土塁に囲まれている。土塁の厚みは2mを超え、その前に先端を尖らせた丸太の杭を埋め、防御態勢を整えているのだ。
本来ならこんな大型昆虫が群れで入り込める様な隙は無い。
「どこからか穴を掘って侵入したんじゃないかニャ?」
「でもコモラの連中が襲って来たのは今日の朝よ。なのに、こんな短時間にこちらに気付かれる事もなく穴を掘るなんて事、出来るかしら?」
「ふ~む、そう言われたらそうニャ」
二人はグラーデの亡骸を見ながら頭を捻る。




