第13話
方針が纏まると二人はアパートを出て走ろうとした。
だがその矢先、行き先であるはずの西の方から一人の男が駆けて来た。
「お~い、ワイルドキャット団~」
二人の前に現れたのは冒険者ギルドのスパイド氏だった。
「スパイドさん、地縛竜が襲って来たんですって?」
「そうだ。恐らく君が言ってたコモラ迷宮の火焔竜だ!」
息を切らしながら答えるスパイドの言葉にエリッサが息を呑む。
やはり迷宮が潰れた腹いせに少年を追って来たのだ。
「君達はこれからどうするつもりだ?」
スパイドが訊ねる。
「勿論、迎撃に当たります。もう仲間の一人も先行していますし」
「その事で君達に話があるんだが……」
だがスパイドは改まって二人に言った。
「申し訳ないが君達はこの市街に残ってくれ」
「えっ? 残れってどういう意味ですか?」
「言葉通りだ。君達はこの冒険者街で眷属を迎撃して貰いたい」
スパイドからの突然の申し出にエリッサが戸惑う。
そんな彼女の前でスパイドは続ける。
「今、この村の冒険者のほとんどが西の砦に集まっている。だが西の砦の見た手では地縛竜は別として、眷属の数はそれほど多くないらしい」
「でしょうね。多分、コモラの眷属のほとんどが迷宮崩壊の煽りを受けて生き埋めになったんでしょうから」
「そう。だから上手く行けば地縛竜と眷属の大半が倒すまではいかなくても、そこで撃退されるはずだ」
「ニャ! それは大変結構な事だニャ」
「それでも、討ち漏らした少数が街に入り込む可能性も捨てきれない。前回はそれでやられて冒険者街が無茶苦茶にされたんだ。君等にはそいつらの駆除をお願いしたい。勿論、ギルドからの正式な依頼だよ」
「ちょっと待ってください、スパイドさん!」
エリッサがスパイドの前で首と横に振った
「私達だって冒険者の端くれです! それに上級冒険者の自負だってあります! なのに、こんな時に限って雑魚相手に戦えって言うんですか? そういう依頼は初級冒険者に振って下さい!」
「そうニャ! せっかくの稼ぎ時に私らだけ大損は困るニャ! 不公平ニャ!」
スパイドからの申し出にとエリッサとミャールが異を唱えた。
それだけに襲撃の際の稼ぎは旨味が大きい。
眷属の数も多いが味方の数も多く、しかも砦の存在で守備側の勝算が高い。時には技術と経験の無い冒険者が思いも拠らぬ強敵を倒す事も出来るのだ。事実、地縛竜殺しの「屠龍」の称号を得られるのは大規模遠征以外はこんな襲撃の際に限られる。
「別に君達だけではない。ハッシャムーの蹄団にも頼んでいる。彼等とクランを組んで戦ってくれ」
「クランですって?」
クランとは二つ以上のパーティが連合を組んだ冒険者集団の事だ。
大人数の集団になると大概は複数のパーティが合わさったクランになるのが常だ。
地縛竜の討伐や迷宮攻略に眷属との合戦ともなるとギルド主体なら更にクランの集合体たるユニオンと呼ばれる大戦闘団となって行われる事が多い。
だがクランの結成にミャールは渋い顔をそた。
「ハッシャムーなんて隠居したオッサンのパーティニャ。オッサンたちと一緒にされるのは不愉快ニャ! もっと活きの良いのを連れて来るニャ!」
「そう言わずに頼むよ。討ち漏らされた眷属の被害は馬鹿にならない。荒くれ者の多い冒険者の中でこんな事を頼める現役部隊は真面目な君達くらいしか居ないんだ。それに今の君達には僧侶のスフィーリア君がいないじゃないか。専用の回復師無しで砦の戦いに行くのは幾ら何でも……」
「そんな心配はご無用ニャ! 回復ならウチの薬草だって、エリッサの精霊術にだってあるから大丈夫ニャ……」
「ちょっと待って、ミャール。少し考えさせて」
二人の声をエリッサが遮った。
そして暫くして考え込むと皆の前で言った。
「街の防衛に当たるわ」
「エリッサ!」
精霊師の言葉に二人が同時に叫んだ。
「その代わりスパイドさん、一つだけ条件を付けさせて」
「条件?」
「迷宮で見つけた彼の件、上手く取り計らって貰えます?」
「取り計らうってどういう事だい?」
「彼がここで住めるようにして下さい」
スパイドからの質問にエリッサがはっきり答えた。
「フミャ! エリッサ、ちょっと待つニャ! そんな事、皆の相談も無しに勝手に決めるのは良くないニャ!」
「ミャール……」
「特にロウディが間違いなく怒るニャ。ロウディは掘り出して来た坊やがここに居る事を気に食わない事はエリッサも知ってるはずニャ!」
「そんな事は百も承知よ。でもミャール、ここは人助けだと思って協力して」
エリッサがミャールに懇願する。
「ふみゅ~~……」
しかしエリッサの説得にミャールは喉の鳴らして不満を漏らす。
やはり突然の事でどこか納得出来ない様だ。
「お願い! 今回だけは折れて、ミャール! 何なら今回のギルドからの報酬は全部、あなたに渡すから」
「ニャら、二つだけだけ教えてほしいにゃニャ。まず街の防衛を引き受ける理由ニャ。それとニャんでそこまであの坊やの為に一生懸命になるニャ?」
「ここの防衛を請け負うのは、もしかしたら私達がフラム村に地縛竜を引き寄せたかもしれないから。多分、奴等は彼を連れ出した私達を追ってここまでやってきた。その事に少しは罪悪感を感じているからよ」
「考えすぎだと思うけどニャ……」
「それと彼の事なら。勿論、最下層で見せたあの力を見込んでの事よ」
「それってズバリあの坊やを後々、ウチ等のパーティに入れるって事かニャ?」
「まさか」
エリッサは否定した。
「別に私でもそこまではまだ考えていないわよ。けど彼は間違いなく強いわ。だから何時かは私達の役に立ってくれるはず。だから今のうちに恩を売っておく。それだけよ」
「ミャ~~。それは流石に買いかぶり過ぎだと思うニャ~」
エリッサの懇願にミャールは溜息を吐く。
そして反対する事を止めた。
ここでスフィーリアとなら喧嘩になって自分達の意見を念入りに擦り合わせるのだが、ミャールにはそこまでの根気が無い。
議論し合うのが面倒臭くなったら、適当に同調して後は流れに任せるのが常だ。
「判ったニャ。そこまで考えてるのニャら、もう何も言わないニャ。リーダーの判断に任せるニャ」
「ありがとう、ミャール。それでスパイドさん、お願いできます?」
「まあ、そうなるとこの村の村長か司祭様の協力があれば申し分ないのだけれど……」
「なら司祭様が必ず協力して下さるはずです」
「そうだね、あの人はそういう人だから……。判った、力を尽くして何とかしよう。それで良いんだね」
エリッサがギルドと新しい契約を結んだ。
そしてワイルドキャット団の二人は砦には行かず、ここで街の防衛に当たる事となった。
それが判るとスパイドもホッとしたのか安堵の溜息を吐いた。




