第12話
オーディア古大陸東方内陸部に位置するベルガード共和国。国力は古大陸オーディア連合の中でもの四番目に当たる大国で首都はトゥーザリと呼ばれる大都市だった。
その首都から西南へ幾つかの町を経由し、辿り着くのが辺境ハルトーネ州のフラム村だった。
村は州の名前の由来でもあるハルトーネの森の東端に隣接し、更に村の東には村人が所有する田畑や他の町と繋がった大きな街道があった。
ハルトーネの森は州の面積の大半を占め、更に隣接する州や国にも浸食するほど広大で、その多くが前人未踏の秘境だった。
地縛竜の支配地域と人類の生存圏とが重複し、地縛竜とその眷属だけでなく、それ以外の野生動物や魔物怪物の類も頻繁に出没した。
その魑魅魍魎達の闊歩する森を前に冒険者達は村に集い、地縛竜退治の為、人類防衛の為、あるいは名声や一攫千金の為、日夜、冒険に繰り出し戦い続けていた。
故に村は地縛竜と人間社会の境界線の傍にあり、冒険者稼業の最前線でもあった。
村の主な防衛施設は周囲を囲む土と丸太の城塞と東西に配置された石造り二つの砦で成っていた。
特にハルトーネの森と隣接している西の砦は冒険の出発点でもあるのと同時に、森から襲来する脅威への防衛の要でもあった。
だがその規模は辺境の防御施設としてそれなりの物でしかなく、敵に突破される事も度々あり、その都度、村は大きな損害を受けていた。
その西の砦がエリッサ達が帰還した次の日の早朝に襲撃を受けた。
西門の方で地震の様な凄まじい揺れが起きる。
揺れは冒険者街にあるエリッサ住むアパートにも伝播し、二階で寝ていたエリッサもベッドから転げ落ちる始末だった。
「痛たたた……。なんなのよぉ! 地震?」
無理やり起こされたエリッサがぶつぶつと文句を言いながら床から立ち上がる。
今日は昼までゆっくり寝て、午後にお見舞いがてら、あの少年と再び会うつもりだったのに……。
朝の目覚めとしては最悪の部類だ。
だが揺れは最初の一回では終わらない。この後にも何度も下から叩きつける様な振動が部屋の中を揺らした。
「でもこの揺れ、地震じゃない?」
頭が覚醒するにつれエリッサはこれが普通の状態でない事に気付く。
「急げぇ、西門の方だぁ!」
すると外から人の声が聞こえた。
「敵襲! 敵襲! 西の門で敵襲!」
西の砦からの伝令が大声で街の中で触れ回る。
エリッサが慌てて窓を開けた。
周りを見渡すと西門の方から黒い煙が上がっていた。
「眷属の襲撃?!」
煙を見てエリッサは息を飲む。
既に早朝の冒険者街は騒然となっていた。
西の砦から敵襲を知らせる半鐘の音が鳴り響く。
半鐘の音は直ちに東の砦を含む他の物見やぐらに伝播し村全体を覆った。
「退け退けぇ! 道を開けろぉ!」
「一番槍は俺達が貰ったぁ!」
鎧で身を固めた人だかりが東から西へと駆け抜けていった。
手には皆、それぞれ武器が握られている。
皆、獲物を求め、いきり立っていた。
そして西の砦へと向かう誰もが心の中で思う。
眷属どもの襲撃だ。森の中を探索する手間が省ける。当然、狩れば狩った分だけ手柄とお宝が自分の懐に転がり込む。
当に入れ食い状態。この状況を逃すものかと誰もが目の色を変えていた。
そして自分の危険を顧みない。
故に冒険者なのだ。
だがその入れ違いに冒険者街で働いていた民間人が西から東へと逃げていく。
戦う術を持たない村人や街人達にとって眷属の襲来は災厄でしかない。
「エリッサー!」
暫くしてエリッサの部屋に仲間の一人である銀髪の猫娘が駆け込んで来た。
「ニャんでまだ寝間着姿ニャ? 早く着替えるニャ!」
「着替えろって、一体、何があったの?」
エリッサが着替えながら仲間のミャール・チップスに訊ねる。
「眷属の襲撃ニャ! 地縛竜も来てるニャ!」
「何ですって?! 本当に?」
「この目で見たから間違いないニャ!」
ミャールの言葉にエリッサが唖然とする。
「けど地縛竜が直接、攻撃してくるなんて……」
過去にもこのフラム村が眷属の襲撃を受けた事はあった。
前回は三年前、エリッサ達がこの村に来る二年前、砦を突破され冒険者街から多数の死傷者が出たと言われている。
だがその時、敵の軍勢の中に地縛竜の姿はなかった。
何故なら地縛竜は普段、迷宮の最下層で身を潜めている。
人類側に攻め込むにしても眷属に任せるのが常で、地縛竜、自らが攻め込んでくるのは稀だった。
しかし今回は違う。総大将たる地縛竜も城壁の向こう側から押し寄せて来た。
それは戦いが前回よりも激しい物となる事を意味する。
恐らく被害も比較にならない位、凄まじい事になるはずだ。
だがエリッサの中ではもう一つの思いが渦巻く。
「もしかして地縛竜って四つ足で背中に大きなヒレがある奴?」
「そうニャ、まだ若い火焔竜ニャ!」
「やっぱり……」
これで合点がいった。
恐らく、あの少年によって根城を失った火焔竜が報復の為、このフラム村まで眷属を引き連れて押し寄せてきたのだ。
それが真実ならエリッサの心が痛む。
何故なら少年を連れ帰って来たのは紛れもなく自分自身だからだ。
「嗚呼……。ロウディの言った通り、森の中に捨てて来るべきだったかしら……」
今更になってレミイリアは村を戦いに巻き込んでしまった事を後悔する。
しかし人として傷付いた少年を捨て置く訳にもいかなかったのも道理だ。
「それで、どうするニャ? 戦うかニャ? 逃げるかニャ?」
頭を抱えるエリッサにミャールが訊ねる。
「戦いましょう! 攻めてこられたんなら迎え撃たなきゃ」
そうだ。今は悔いている場合ではない。
巨悪に対して全力で戦わねば、ここで全てを失う事になる。
「ミャール、ロウディに声は掛けた?」
「ロウディならここに来る前に道ですれ違ったニャ。臨時ボーナスが向こうからやって来た、って言って走っていったニャ。もう今頃は西の砦で戦ってるはずニャ」
「全く、ロウディったら……。いつもの慎重さはどこに行ったのよ……」
先走ったロウディの行動にエリッサが溜息を吐く。
「スフィーリアには?」
「教会へは今から知らせに行くニャ!」
「でも、これから教会の方は避難民でいっぱいになるはずよね。出来る事ならあの娘も呼びたいけど……」
「多分、避難民の誘導で手いっぱいニャ」
「なら今回もスフィーリアは外すわ。私達だけで砦の方に行きましょう。どのみち、ロウディをひとりに出来ないし」
「ニャ! さっそく出撃ニャ!」




