第101話
そんな時だった。
ウェッツの足元が何かに取られた。
「うわぁ!」
ウェッツは悲鳴を上げながら前のめりに畑の中で転倒した。
「大丈夫か、ウェッツ?」
「ああ、何とも無ぇ……」
だが縁起でもない。ハッタの所に行こうと思った矢先につまづいて転ぶとは。
「何に引っ掛ったんだ?」
ウェッツが足元を確かめる。すると畑の畝に銅線が埋め込まれた麻のロープがピンと張られていた。
ロープは畑の上に打ち込まれた短い鉄杭を支柱にしながら八方に張り巡らされ、さながら蜘蛛の巣の様相を呈していた。
「なんだこりゃ? 何かのまじないか?」
もしくは動物を仕掛ける罠の様にさえ見た。
「誰かそこに居るのか?」
闇の中から突然、中年の男の呼び掛ける声が聞こえた。
「あわわわわぁ~!」
その声に驚いた二人は思わず腰の抜かす。
そこには牛筋亭で見せた威勢の良さは見当たらない。
「だ、誰だぁ?!」
ウェッツが虚勢を張った。
すると相手も聞き返す。
「誰だとは何だ。そちらこそ、こんな夜更けに人様の畑で何をしている?」
それは落ち着き払った中年の男の声だった。
男はランタンに掛けてあった布を上げると腰を抜かした二人に光を当てる。
青ざめた二人の顔が灯火の前に晒された。
「何だ、誰かと思ったら貴様らか……」
男はウィッツとコルダの顔を見た途端、溜息を吐いた。
同時に二人もその中年の声には聞き覚えがあった。
「あ、あの時のクソ坊主!」
闇の中から浮かんできたのは牛筋亭で三人を窘めたイーサンの顔だった。
「て、手前ぇくそ坊主! 俺達をここで張ってやがったな!」
「張ってる? 何の事だ?」
「とぼけるな! 俺達が倉庫街を襲った事をだよ!」
ウェッツは言わなくても良い事まで言って返した。
自分達の手配は既に広がっている。大方、この中年の坊主は自分達にやられた仕返しにこの辺りを見張っていたのだ。
畑にあんな訳の判らないロープの罠まで張って!
「ああ、成程。あの騒動にはお前達も関わって居ったのか……」
イーサンが納得した表情を浮かべた。
だが中年の僧医はウィッツの前で首を横に振る。
「そんな捕り物に付き合うほど私は暇ではないよ。私がここに居るのは別の要件だ。そんな事より貴様ら、ここから離れるつもりか? それなら止めておいた方がいい。恐らく貴様らの手配書もヒヨルドの物と一緒に、既に外の村や町にも早馬で送られているはずだ。だったら一層の事、自首して悔い改め、一からやり直せ。お前達の仲間のハッタ・ソリンの様にな……」
「ハッタが?」
「そうだ。あの男は私の前で悔い改め、一からやり直すと決意した。私はその支援の為に人肌脱ぐつもりだ」
「ハッタの野郎……俺達を裏切り……」
「勘違いするなよ。これはあの男が一人で決めた事だ。それに倉庫街の件に貴様達が関わっていた事をハッタは一言も言ってない」
「……」
「だから貴様達もハッタに倣え。今ならまだ間に合う。生きたまま、やり直すのだ」
「うるせい!」
しかし親切に答えてくれるイーサンの声をウェッツは遮った。
「坊主の説法なんざこりごりだ! 俺達はやりたいように生きていく! 今までそうだったしこれからだって……」
「静かに!」
イーサンは突然、ウェッツの声を征した。
驚いたウェッツが慌てて口を塞ぐ。
イーサンは今度は首に掛けていた聴診器の先を地面に当てて耳を澄ませた。
「むむっ、近い!……」
イーサンがひとり呻く。
「おい、一体、なんだよ……」
「野菜泥棒が近付いて来る」




