第100話
何とか体に憑りついたガーズを引き離したものの、全てをヒヨルドに奪われ、無一文となった二人はとぼとぼと街道を東に向かって歩いていた。
体からは地面に落ちた時の打ち身とガーズに噛まれた痛みが今も続いていた。
だが何より辛いのはヒヨルドに何もかも奪われた事実だった。
「……」
お陰で互いに言葉を掛け合う気力も涌かない。
だが声を出したところで出て来る言葉はヒヨルドに対する恨み節でしかなかった。
本当は、奴を追い詰め、気が済むまでボコボコにしてやりたかった。
だがここからどんなに走った所で軽くなった馬車に追い付ける訳がない。
二人は忸怩たる思いのまま早々に追跡を諦めると、後は来た道を引き返した。
だが戻る足どりは重く、結局は途中で止まった。
フラム村に戻ったところで自分達は既にお訪ね者だ。
見つかった途端、捕らえられ倉庫街でやった事の罪をヒヨルドの分まで被らされる。
そんな彼等に待っているのは牢屋の中の冷たい床か絞首台に続く階段だ。
ならば森の中に潜んで、ほとぼりが覚めるまで待つか。
それも駄目だ。自分達は冒険者の格好をしているが冒険者ではない。
森の中で生きる術など何も持ち合わせていない。
そんな自分達が眷属や野獣に遭遇すれば一瞬でオダブツだ。
結局は今、立っている街道の上をあても無く彷徨うしかなかった。
だが暫くして東の砦の方からランタンの明かりが幾つも見えてきたた。
恐らく倉庫街の犯人を捕まえようと追跡隊が捜索範囲を村の外にまで延ばし始めたのだ。
深夜の街道ですら彼等にとって逃げ道となってくれる訳では無かった。
仕方なく二人は追跡隊の手から逃れる為、野菜畑の中に足を踏み入れた。
そして畑の畝を何度も越えながら前進した。
「クソッ、なんで……なんでこんな事になっちまったんだよ……」
コルダの前を歩きながらウィッツが悔しそうに吐き捨てた。
裏切ったヒヨルドに恨みを募らせ、瞳に悔し涙を滲ませる。
「ウィッツ、そんな何時までも終わった事をくよくよしていていたって仕方ないぜ、また俺達、新天地でやり直せば良いじゃないか。ハッタを迎えに行ってさ……」
コルダが懸命にウィッツを慰める。
「そんな事言ったって……。今度こそはって思ってたのによ!」
意気消沈したウィッツの嘆き節が畑の中で空しく響く。
そして野菜が植えられた畔の根元を一人、蹴った。
三人の生まれたブブリィの村はフラムの村のはるか南にある。
元々、小さな貧しい村だった。
土地は度重なる眷属の襲来で荒れ痩せ細り、最期は近くの迷宮を支配する地縛竜直々の襲来によって滅ぼされた。
幼かった三人は同時に家族と家を失い否応なく故郷を捨てる羽目となった。
そしてその後の生活はハッタがイーサンに語った通りだった。
詐欺師に騙された三人は命以外の全てを失った。
銭と同時に夢と希望を失った。
一生懸命の言葉がこの世のどの言葉よりも軽く空しく感じた。
代わりに絶望と焦燥が三人の心の隙間に忍び寄る。
このまま前に進めば惨めな死だけが待ち構えていく。
死にたくない。
泥水を啜ってでも、自分達以外の誰かの幸せを踏みにじってでも生きていたい。
その絶望感と危機感が彼等の中にあったはずの善良な心を消していった。
それから三人は町から町、村から村へと移りながら悪事に手を染めていった。
流れるままに恐喝、ゆすり、窃盗、闇取引、違法賭博を繰り返し、時には刃物で人を傷付けたりもした。
そして守備隊や報復者の手が伸び始めると街から逃げ、他の街を渡り歩き、同じ事を繰り返した。
そんな時、ヒヨルドという男に出会い、奴の計画に乗った。
そして裏切られた挙句、今は恨み節をつぶやきながら畑の畝を飛び越える。
「なぜだ。なぜ、俺はこんな畑の中を夜中に歩いてなきゃいけないんだ……」
運命とは判らない。
悪の道に手を染めてから、こんな未来が待ち受けていたとは想像もしていなかった。
だが同時に運命は繰り返しでもある。
今度もまた無一文になった。そこにお訪ね者の烙印のオマケ付きだ。
もはや自浄作用だけでは乗り越えられない崖っぷちにまで追い込まれていた。
「ハッタの奴、大丈夫かな……」
置いて来たハッタの事が二人の頭の中で同時に浮かんだ。
ハッタは故郷の村に住んでいた時から一緒だった。
「もう止めようよ……」
それがハッタの口癖だった。
愚図でノロマで臆病者。しかし彼等が悪事を働こうとする前は、いつも止めようとするだけの勇気を残して居てくれていた。
だから二人はその口癖を始めのうちは嫌な顔をしながら聞いていた。
だがそれも時が経つにつれ聞く耳持たなくなった。
ハッタが止めに入ってくれても怒鳴り返して黙らせる。
今にして思えばハッタの良心がブレーキを掛けてくれていた頃はまだ正気だったのだ。
そんなハッタの気持ちを踏みにじり出した頃から歯車が狂い始めた。
そして挙句、彼を子分か使用人の様に扱ってしまっていた。
上も下もない、同じ仲間だったはずのに……。
「なあ、ウィッツ……これからハッタの奴を……迎えに行こうぜ」
歩きながらコルダがウィッツに呼び掛ける。
コルダの口調に後悔の念が籠る。
それはウィッツも同じ気持ちだった。
「……そうだな。あいつも俺達の仲間だもんな」
ウィッツも申し訳なさそうにつぶやいた。




