第10話
「う、う~ん」
一仕事終え、緊張が解けたエリッサが大きく伸びをする。
外はすっかり夜になっていた。
エリッサは病院に引き返そうとする。
「さあ、彼もそろそろ目を覚ましている頃かしら……」
だが背中から彼女を引き留める若い男の声が聞こえた。
「おい、エリッサ。ギルドの用は終わったのか?」
後ろに立っていたのは仲間の人狼ハン・ロウディだった。
「あら、ロウディ。あなたこそ、もう食事は済んだの?」
「いや、これからだ。今まで研ぎ師の爺さんの所に行ってた」
「研ぎ師ってカッツィーナさんの所?」
「ああ……そうだ」
「代わりの武器は?」
「前に爺さんの所に出していた奴を入れ違いに回収した」
エリッサが聞くとロウディは腰に下げた二本の短刀を両腕で軽く撫でた。
しかしエリッサはそんなロウディの生真面目さに苦笑する。
「でもよくあんな高い所に頼めるわね。メンテなら普通の武器屋に頼めばいいのに」
「武器屋なんかに頼んだら訳の判らない研ぎ師に外注で出されるのがオチだ。それに最近の冒険者の急増でその手の職人の仕事も雑になってきた。預けた武器が逆に刃先が欠けて帰ってきたって話もある。だから少々値は張っても見知っていて腕のある職人に直接、頼むんだ。エリッサも気を付けた方がいいぜ、死にたくなければな」
「ふふん、そうね。肝に銘じるわ」
ロウディの仕事に対する真摯な態度にエリッサは感心する。
そして彼のひたむきさは冒険の中でも変わらない。
彼は慎重な性格だが、いざ戦いとなるとパーティの中では常に先頭に立ち、おびただしい戦果を上げて来た。
不利な場面でも簡単に引く事は無い。
そして逃げる時も常に他の仲間達の活路を開いてくれる。
冷静沈着かつ勇猛果敢。信頼の置ける一流の剣士、それでいてパーティ内では最年少なのが不思議なくらいだ。
その後、店の灯りが漏れる通りの片隅で二人は暫し語り合った。
「飯はこれからか? だったら一緒にどうだ?」
「いいえ、一旦、病院に戻って……」
と答えた途端、街の東から教会の鐘が聞こえた。
「あちゃ~」
エリッサは舌打ちしながらつぶやく。
「どうしたんだ? 何か都合が悪いのか?」
「あの鐘の音は午後6時を知らせる時報でしょ?」
「ああ、そうだな……」
「だから面会時間も終わり。残念だけど明日に出直しね……」
「……」
「それと、さっきギルドに行ってきたから、報酬の件なら安心して。明日、ギルドからあなたの口座にも振り込まれるから」
「いや、金の事なら信用しているよ。それよりも面会って事は、あの……野郎の所か?」
野郎とは昨日、迷宮の地下で見つけた少年の事だ。
「ええ、そうよ。今は病院のベッドで眠ってるわ」
「怪我の具合は?」
「それが不思議な事にきれいさっぱり治ってたのよ」
「治ってた?」
リーダーの言葉にロウディが首をかしげる。
「みんな驚いてたわ。驚異の治癒力よ。でも彼ったらまだ目が覚めないの」
「ふ~ん……」
「やっぱり彼の事、気に入らないの?」
「別に……」
そう乾いた口調でロウディつぶやいた。
だがその表情からは不審感がにじみ出ている。
それが夜の暗がりと街の灯りの陰影で深い影を作り人狼の顔を恐ろしく映す。
それに彼が少年を村に入れる事を最後まで渋ってた事をエリッサは知っている。
「ロウディ……。もしかして、やきもち?」
「いっ!」
エリッサからの意外な言葉にロウディの声が上ずった。
「そうよね、男の子だもんね~」
「ちっ! 違う!」
冗談を真に受けた人狼の少年が首を激しく横に振った。
「俺はただ……、奴には危険な臭いがするって言いたいだけだ!」
「臭いって包帯から漏れてた?」
「茶化すなよ! 俺は本気で心配してるんだよ!」
「心配って?」
「お前の事だよ、リーダー! 強いって理由だけで素性も判らない奴をパーティに加えるんじゃないかって! それにスフィーリアもだ。あいつ、尼さんだろ? 可哀そうだって理由だけで奴を匿うかもって思うと……」
ロウディが真剣な表情で答える。
だがその話を聞いた途端、エリッサは笑い転げた。
「あはははははは! 何かと思ったら、やっぱりやきもちじゃない」
「だから……。もう良い!」
ロウディは拗ねた。
剛腕な人狼剣士とはいえ、彼はエリッサと比べれば年下だった。
口論では彼女に敵わずいつも言い包められている。
「それでどうなんだ? 実際の所は! 奴を仲間に入れるっていうのは……」
「ロウディ……」
「何だよ?」
「あなたにしては良いアイデアね」
「エリッサ! 本気で言ってるのか!」
「冗談よ。幾ら私でもそこまで考えてないわ。だから安心して」
「なら良いけど……」
エリッサの回答にロウディは僅かに安堵する。
「でも、どうして彼をそんなに嫌うの? あなた、一言もしゃべってないどころか顔も見ていないじゃない」
確かにそうだ。ロウディが最下層に辿り着いた時には既に少年は包帯で全身をぐるぐる巻きにされていた後だった。
彼の知っている少年はせいぜい肩に担いて意識を失っていた時だけだ。
それでも人狼は少年を疑う。
「けど普通に考えれば可笑しいだろ? 地下でほとんど丸裸で地縛竜と戦っていたとか。しかも素性もまるで知れないとか。そんな奴が村の真ん中の教会に居るんだぜ? 俺は今からでも奴を森の出来るだけ奥に捨てて来るべきだと思ってる」
「相変わらず心配性ね。男の子なんだからもっとデンと構えなさいな」
「エリッサが大胆すぎるんだよ……。だいたい今回のミッションだって回復師の欠けたレコンクラスのパーティでやる様な依頼じゃなかったんだ。ギルド本部の奨励もデビジョンクラスだって書いてたのに……」
「あ~、またその話を蒸し返す! でもちゃんと成功したじゃない。私の見立ては正しかったのよ!」
「中層ではぐれた癖によく言うぜ……」
「ロウディ。ひとこと、多い!」
「だったら、ついでにもう一言。この際、奴の事は司祭様とギルドのおっさんに全部、任せて縁を切れ。悪い事になる前によ」
ロウディの讒言にエリッサはムッとする。
「あなた、よっぽど私を信用してないのね」
「そうじゃない。仲間として忠告してるんだ。間違いを起こす前によくよく考えてくれってな」
人狼の少年はリーダーに釘を刺す。
やはりロウディは少年を信用できない事には変わりなかった。
そしてロウディの言っている事が正しいのはエリッサにも理解出来る。
だがエリッサはそれが面白くないのか口元をへの字に曲げるばかりだった。




