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爆槍!アルス・マグナ  作者: 七緒木導
第1章 迷宮から来た少年
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第1話

 炎捲き岩漿荒ぶる、ここはコモラ迷宮最下層。

 その地の底たる深淵には大空洞と呼ばれる巨大な洞窟がまるで怪物の胃袋の様に広がっていた。

 だがそんな闇の空間の中に不釣り合いとも思える、ひとりの少女が居た。

 少女の名はエリッサ・ブンダドール。

 青く大きく光り輝く瞳に、薄紅色に腰までたなびく髪。肌は色白できめ細かく、細身で瑞々しく牝鹿の様に妙やかな身体。

 それはまるで日向に咲く大輪の花の様な見目麗しい、可憐な容姿の十七歳の乙女だった。

 エリッサの指先が傍にあった岩肌に僅かに触れた。

「熱っ……」

 その瞬間、美しい眉を歪めながら小声で叫ぶ。

 触った岩肌は焼いた様に熱気を帯びていた。

 岩肌だけではない。彼女の周囲は虚空の暗黒にも関わらず地底からの炎熱による高温の熱波と蒸気によって灼熱の獄地と化していた。

 その為、大空洞の中は蒸し風呂状態で服の下からはじっとりと汗がにじみ出る。

 更に岩の隙間からは水蒸気と共に有毒なガズまで絶え間なく吐き出されていた。

「シャワー浴びたい……」

 エリッサはつぶやいだ。

 泉から湧き出る冷水に浸かって、汗も泥も埃も鉱の瘴気も全て洗い流したい。

 だが今は叶わぬ想いだ。

 何故なら自分が隠れている岩影からどうしても動けない。

 動けないのには理由がある。

 グルルルル……。

 数メートル先の暗闇で地を這う様な重苦しい呻き声が響いた。

 次いで地面を踏みしめる重苦しい地響きが続いた。

 少女の背筋に緊張が走る。

 そして体を縮めながら改めて身を隠す。

「落ち着け、落ち着け、落ち着け私……」

 心の中で同じ言葉を呪文のように唱えて言い聞かせる。

 だが頭の中は恐怖でいっぱいだ。

 呻き声のした方向が突然、明るくなった。

 それは突如として湧き上がった横殴りの火焔放射の光だった。

 光の中から禍々しい巨体が浮かび上がる。

 姿を表したのは炎捲く巨大な竜だった。

 巨竜は頭頂部から尻尾の先までの体長は20mにも及び、それを巨木の丸太の様な太い四肢で支え、大空洞の中を闊歩していた。

 更に威容も如何にも恐ろし気だ。

 頭からは剣先の様に尖った2本の角が左右に伸び、獲物を狙う赤く鋭い眼球、上下の大顎からは4本の牙が剥き出しになっている。

 全身の皮膚は赤褐色の硬質の鱗が覆い尽くし、背中には赤地に緑の斑点模様で染め上げられたひし形の14枚のヒレが上に向かって伸びていた。

 その姿はまるで太古の時代から蘇った恐竜か、はたまた異界から召喚された魔神悪鬼のの化身か、今も歪で醜怪な巨魁を大空洞の中で堂々と晒していた。

 同時にエリッサが岩陰から出られない原因でもあった。

 もし間違って奴の前に身を晒せば、全ての抵抗が空しく逆に一瞬で殺される。

 巨竜は人類から地縛竜と呼ばれていた一種だった。

 地縛竜はいわゆるドラゴンや獣竜とは違う、遥かに格上で特別な存在だった。

 奴はこの迷宮の主であり王でもあった。

 地縛竜は人類にとって長い歳月の中で戦い続ける不倶戴天の敵だった。

 山をも砕く身体と無限の魔導を持つ天変地異をもしのぐ恐怖の対象だった。

 その中でも奴は火焔竜(ヒクイオオトカゲ)と種別される個体だ。

 火焔竜の巨体はゆっくりとエリッサの下へと近付いて来る。

 あらがねと呼ばれる邪悪な瘴気を放ちながら刻一刻と迫って来た。

 瘴気に当てられエリッサが一時、眩暈を起こす。

 だがエリッサも好き好んでこんな地の底に来た訳ではない。

 ここに来てしまったのには理由があった。

 なぜならエリッサは冒険者だった。

 彼女は仲間と共にパーティと呼ばれる冒険専門のチームを組んでいた。

 そして数ある冒険の一環として、この地下迷宮に潜入した。

 だが心ならずも中層で彼女が敵とする存在と遭遇した。

 敵とは迷宮を根城にする眷属と呼ばれる連中だった。

 眷属は地縛竜の手下達で同時に人類に仇なす者達でもあった。

 そんな奴等は地の利と数を頼みにエリッサ達の前に押し寄せて来た。

 そして奮戦空しく撤退、エリッサは仲間と散り散りになった挙句、この迷宮の最下層へと辿りついてしまった。

 エリッサはこの大空洞に迷い込んだ途端、そんなバケモノと鉢合わせしてしまった。

 無論、逃げ込んだ迷宮の深淵が安息の地とはならなかったのはご覧の通りだ。

 それどころか更なる死地への誘いであった。

 一方の火焔竜も根城に潜り込んだ人間など不愉快な害悪でしかない。

 迷宮の王は二つの眼でエリッサを見つけた途端、最下層の岩盤を太い尻尾で叩きながらこの不埒な侵入者を付け狙う。 

 そして今も、火焔竜が再び炎を吐いた。

 今度はエリッサが隠れている岩陰目掛けてだ。

 ここに居ては隠れていては岩もろとも火焔に焼かれる。

 エリッサは飛び出し駆け出した。

 遅れて火焔が隠れていた岩を舐め、岩肌が真っ赤に焼ける。

 もう少し遅れていればエリッサも岩と同じ運命を辿っていたに違いない。

「ちょっと、いい加減にしなさいよ! コンチクショーー」

 息が絶え絶えになりながら少女が叫んだ。

 だが少女の強がりは岩肌を跳ね回り、やがて深淵の虚空の中に消えていく。

 目の前の巨魁には彼女の悲痛な叫び声は届かない。

 代わりに地縛竜の口から三度目の火焔を吐かれた。

 逃げられない。火焔竜の火焔放射連続攻撃だ。

 再びエリッサの中が絶望と恐怖に再び苛まれ、同時に炎の帯が彼女の体を舐める。

「キャー!」

 灼熱の熱波の中、エリッサが悲鳴を上げた。

 このひと吐きで少女の体は黒焦げになるはずだ。

 だが不思議な事に炎はエリッサの目の前に突然、出現した白い霧状の厚い壁に阻まれた。

 間一髪、その壁のお陰で、エリッサは火焔に焼かれずに済んだのだ。

 代わりに白い壁はその厚みを半分近く、削ぎ落されてしまった。

「しまった精霊の加護が!」

 だが少女は命が助かった事よりも白い壁の力が半減した事に愕然とした。

「多分、次の火焔で水の障壁は消えるはず……」

 そうつぶやくエリッサの横顔が強張る。

 次の瞬間にも火焔の蹂躙は自分を襲うかも……否、確実に襲って来る。

「もう、こうなったらイチかバチかよ!」

 エリッサは覚悟を決めると腰に下げていた水袋を掴み取り頭上に投げた。

 起死回生の一手。エリッサはこの瞬間に賭ける気だ。

「ああ清き水の精霊サワビーよ。取り巻く白き霧となりて我を隠せ、キラス!」

 同時に不可思議な呪文をその形の整った口元から唱えた。

 詠唱の直後、袋は封を切られ、中の水が拡散した。

 水は大量の霧となってエリッサの体を渦を巻く様に包み込むと、火焔竜の前から姿を消した。

「キラス! キラス! キラス! キラス! キラス!」

 エリッサは更に霧の魔法を重ね掛けした。 

 結果、辺り一面が魔法の濃霧で満たされていく。

 霧の煙幕は地縛竜の視界を奪い、こちらの姿を完全に隠した。

「これでよし。次は……」

 エリッサは霧の煙幕の出来に満足すると踵を返し地縛竜に背を向けた。

 そして霧の中を走り出す。

 霧はこの世界で魔法と称される不可思議な力によって起こした代物だった。

 彼女は精霊師と呼ばれる魔法の使い手だった。

 精霊師は自然界に存在する精霊と呼ばれる実体を持たない彼の者と契約し、その力を魔法と言う形で行使する人々だった。

 エリッサは今、水の精霊サワビーの霊力を使って霧を発生させる魔法を展開した。

 無論、火焔竜から自分の存在を消す為だ。

 それに水の精霊は火と相性が良い。

 先ほど目の前に突然、発生した白い不可思議な壁もウォレスと呼ばれる水の防御魔法による障壁だった。

 彼女はその防御魔法をこの最下層に辿り着いた直後、発動させ、その加護を受けていた。

 お陰で先ほどの火焔竜の火焔だけでなく、周囲から溢れ出る溶岩の熱波や有毒ガズからも身を守る事が出来た。

 それでもあの猛烈な火焔の一撃は、触れただけで水の障壁のほとんどを削り取ってしまった。

 もう次の直撃には耐えられない。

 それにこの熱波の中では魔法の霧も長くは持たないはずだ。

 それでも残っている水の障壁と合わせてれば多少の時間稼ぎ位にはなる。

「この隙に脱出出来れば……」

 エリッサは自分が起こした濃霧の中を掻き分けながら懸命に走り続けた。

 目指すは大空洞の出入り口。

 しかしそんな彼女の思惑を打ち消すかの様に地縛竜が再び火焔を吐いた。

 霧で視界を塞がれた中での、文字通り当てずっぽうの火焔放射だった。

 だがそれで充分だった。

 何も考えずとも、大量の火焔を吐くだけで、その凄まじい熱波は水魔法の煙幕を文字通り一瞬で霧散させた。

 エリッサの姿が再び火焔竜の前に晒け出される。

「ひっ!」

 魔法の加護を失ったエリッサは引き攣った悲鳴を上げた。

 最善を尽くしたはずの少女の起死回生の策が脆くも潰えた瞬間でもあった。

「ええ?! ちょっと待って、たんまぁぁぁぁ!」

 当ての外れたエリッサは絶叫した。

 もはやこれまで。今度、火炎を浴びれば今の精霊の加護だけでは防ぎきれない。

 この先に待ち構えているのは何も出来ず焼き殺される我が運命だ。

 その薄紅色の長い髪も、美しく済んだ青い瞳も、まだ清らかな齢十七歳の肉体も、この迷宮の奥底で物言わぬ黒い炭塊に変わるのだ。

「神様ぁーー!!」

 エリッサはありったけの声量で叫んだ。

 死の恐怖と絶望がエリッサの頭の中を一杯にする。

 最も、これが生物界の頂点に君臨する地縛竜と無謀にも対峙した者の当たり前の末路だった。


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