リカさんへ ――見ることで、好きでした
これは、45歳の彼女に、何も言えなかった話です。
見ているだけで、好きでした。
リカさんへ
最初に見たときから、綺麗な人だなと思いました。
たぶん一回り以上、年上のあなたを。
最初は声の掛け方がわからなくて、話すこともできなかったけど、
なぜだか、気になって仕方がなかった。
僕の仕事であなたをサポートできる機会は少なかったけれど、
パソコンが苦手なあなたが困っているとき、
僕はすぐに駆けつけていました。
ある夜、「好きだなぁ」と声に出したときから、
僕は自分の気持ちを自覚しました。
気づいていますか?
僕があなたと話すとき、目を見ているとき、
ずっと「可愛いな」と思っていたこと。
たまに話を聞き返してしまうのは、
あなたの可愛さに夢中になりすぎているからです。
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リカさんへ
あなたは、ダメな人です。
パソコンが苦手なのをいいことに、すぐ僕に頼ってくる。
忙しいのに、それくらい自分で調べてほしいのに。
でも、そんな人任せなところが、めんどくさくて放っておけないんです。
あなたは、ダメな人です。
マネージャーなのに、部下の指導を全然しない。
いつも自分が成果を出すことに全力投球している。
でも、そんなあなたを見て、皆が勝手に育っていくんです。
あなたは、ダメな人です。
相手の事情も考えずに、自分の要求をまっすぐ押し通す。
反論すれば、その倍で――いや、三倍で言い返してくる。
ほんとうに、厄介な人だ。
でも、その情熱に打たれて、
結局、みんながあなたを支えてしまうんです。
飲み会で言いましたよね。
「リカさんが謝ってるの、聞いたことない」って。
あなたは笑って、舌を出して、
両手で顔を隠して、恥ずかしそうにしていましたね。
そんなあなたが、
僕は――かわいらしくて、仕方がないんです。
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リカさんへ
あなたは、温かい人です。
部下の送別会で泣いていましたね。
いつもは勝気で、弱さなんて見せないあなたが、
あのときだけ、急に、ちいさく見えた。
あの姿を見たときから、僕はあなたを助けたいと思うようになりました。
あなたは、繊細な人です。
ちょっと感情的になって、言い過ぎてしまったあと、
「しまったな」と思っていること、僕は知っています。
目を見開いて、流し目で相手をうかがうフリをする――
あの顔が、おかしくて、たまらなく好きなんです。
あなたは、臆病な人です。
社員旅行でユニバーサルスタジオに行ったとき、
最初のジェットコースターを「怖い」と断っていましたね。
でも、みんなが楽しそうにしているのを見て、
そのあとは全部に乗っていた。
背中を少し押してあげるだけで、
ドキドキに素直になれるあなたが、眩しかった。
あなたは、愛らしい人です。
忘年会で「学生服」のドレスコードだったとき、
緑のジャンパースカートで現れて、
ステージでクルッと回って、こちらを向いて、
脇を締めて「うぅぅ〜〜!」って言っていましたね。
あれは、なんだったのでしょう。
思わず「かわいい」と声が出てしまって、
隣の女性に冷たい目で見られました。
あなたは、おかしな、とても可愛い人です。
ベストドレッサーの一票、僕が入れました。
あの一票が、僕の気持ちです。
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リカさんへ
この手紙は、きっと誰にも読まれない。
あなたに渡すつもりもありません。
でも、書かずにはいられませんでした。
みんなはあなたのことを「おばさん」と呼ぶけれど、
本当は、ただ「リカ」と呼んでみたかったんです。
気づいていますか?
あの社員旅行の日から、「リカさん」と名前で呼び始めたことを。
あなたがいると、毎日が新鮮です。
機嫌がいいときには「おはよう」と言ってくれる。
3日に1度くらいしか言ってくれないけど、
それでも、僕は毎日楽しみにしています。
一番可愛いのは、すこし疲れているときです。
帰りがけ、いつも俯いて、誰にも声をかけずに出ていくあなたが、
最近は、必ず僕の方をチラッと見てくれるようになった。
僕があなたのことを待っているのを見つけると、
その日一番やわらかい笑顔で、
「バイバイ」と、口だけで言ってくれる。
それだけで、一日の疲れが吹き飛びます。
飲み会では、あなたの近くに座りました。
話しているふりをして、見つめていました。
見てしまうんじゃない。見つめているんです。
意志を持って、愛でていました。
あなたは気づいて、口の端をすこし上げて、
僕にだけ、少しだけ嬉しそうに話してくれましたね。
たぶん、気づいていたんですよね。この気持ちに。
僕は何も言いませんでした。
ただ、その一言を、夜の静けさに投げ込みました。
ここでは、化粧をしない人も多いけれど、
あなたはいつも、化粧をしていましたね。営業職だからでしょうか。
あなたは香水をつけないので、いつも少し寂しいと思っていました。
もっと、あなたを感じたかった。
――今月で、田舎に帰ります。
あなたが旦那さんの話をするとき、
少しだけ、呼吸がうまくできなかった。
あの社員旅行の日、あなたが僕の腕をつかんで、
ほんの一瞬だけ震えていたことを、
僕は、ずっと忘れません。
リカさん。
見ることしかできなかったけれど、
見ることで、
触れるより深く、
あなたのことを、
好きでした。
さようなら。