お久しぶりです。言われた通り、大人になったので結婚してください
今までにないペースで評価いただき、頭が現実だと受け入れてないです(本当にびっくりしてる)
あたたかい感想もありがとうございます!
「君との婚約を破棄させてもらう」
破かれた紙がパラパラと机の上に散った。
「可愛げのない……。女らしくないのだ、お前は」
なんて捨て台詞を残して、彼はテーブルから去っていく。そして、店を出る手前に右頬をなぞるような仕草を見せて。
「傷物の君なんて、金を積まれても誰も結婚しないだろうさ!」
「……そうですか」
「ふんっ。最後の最後まで可愛げのない」
「やっと終わったの~?」
外に待っていた女が入ってきて、男の手を抱いた。
男はその女を見て、優しく微笑む。
やってきた女は椅子に座っている私を見て、勝ち誇ったような顔を浮かべた。
「早く行こ~」
「ああ、やっと君との時間を増やせるよ」
キャッキャウフフと店の外に出ていく二人を見送る。静まり返る店の中、私は店主に会計を頼んでお金を払っておいた。
アレが知らない女ならまだ良いんだけど……。
「また姉さんに取られたか……」
これで姉に婚約者を奪われるのは三度目だ。
◇◇◇
私の名前はリアナ。
ドロシーエイト子爵家に生まれた三女。
上に二人の姉を持ち……今日で三度目の婚約破棄を受けた女だ。
「度数がいっちばん高い酒を持ってきてちょうだい」
「リアナ……もしかしてまた」
「ええ、姉さんにね」
「ああ……」
店主も絶句。私は苦笑いを浮かべ、小さなグラスの中身をそのまま呷った。
一人目の男は長女とベッドの上で寝てるのを目撃し、「君に愛想がないからだ!」となぜか私のせいにしてその場で婚約破棄。
二人目の男はなぜかデートに次女を誘うようになり、気がつけば私抜きで遊ぶようになって「お姉さんと一緒にいる方が自分をさらけ出せるんだ」と婚約破棄。
三人目はさっきの奴だ。次女に持っていかれた。時間が増やせると言っていたから、裏で会っていたのだろう。
「なんでアンタのお姉さんはそんなことをするんだろうねぇ」
「人のモノって魅力的に見えるんだってさ」
「それだけの理由で?」
「それだけの理由で人のものを取れるし、奪えるのよ」
昔から姉さん達は変わらない。不満はあるが、慣れていた。ただ……婚約者にまで手を出してくるとは思わなかった。
一度や二度ならまだ偶然かと割り切ろうと思えば──無理があるし、限度があるが──割り切れるが、三度もされればさすがにわざとだと気付くし、愚痴も出てくる。
そしてタチが悪いのが、自分のモノになったらポイするのだ。
姉さん達は二人の元婚約者とは既に会っていない。あの三人目ともすぐに会わなくなるだろう。
(まぁ、父上が取り付けた相手だから、別に構わないんだけど)
一人目は領地の産品の取引先。これからもよろしくって意味の婚約。
二人目はしつこく来た美術商。もう来んなよという意味の婚約。
三人目は戦争で武勲を打ち立てたばかりの男。家の戦力拡大のための婚約。
令嬢は爵位持ちの長男や次男と婚約して~という話はだいたい長女や次女まで。三女はこういう立ち回りをさせられやすいのだ。
「こんなことなら、あの時の子どもと出ていけば良かったわ」
「子ども?」
店主の疑問に右頬の傷跡に触れて見せる。
「野戦病院でね。そこで大きくなったら結婚しよって言ってくれた子がいたの」
数年前におきたモンスターレイド。それに私の家も騎士団を向かわせた。
そこで、父が「騎士や貴族とお近づきになれるかもしれん」と言いだし、私を騎士団に同行させた。数カ月にも渡った野戦病院のお手伝いはそりゃあもう大変で……暴れる騎士に襲われ、右頬を切りつけられてそれが残った。
そんな場所で、真っ直ぐに好意を向けてくる少年と出会ったのだ。
「懐かしいなぁ……」
黒髪で綺麗な金色の瞳の子だった。変声期をやっと終えたばかり程に見える少年だ。そんな子が私の服を掴み、
『お姉さんっ、僕と結婚をしてくれませんか!』
と言ってきたのだ。
私は混乱してるのだろうと思って、
『大きくなったらね』
と優しく言った。
今思えば『分かった! 婚約書はコレね!』としておけば良かったのだ。
あー、大きくなったらかっこよくなってただろうなー……。戦争に来てるってことは、どこかの貴族令息だろうし。
──カランカラン。
「あ、いらっしゃい。1人かい? 適当な場所に座りな」
来客らしい。
そちらにふいと視線を向けると、黒いローブに身を包んだ人物が立っていた。
「珍しい、こんな地下酒場にお客さん?」
「うるさいわね、リアナ」
「だっていつも誰もいないじゃない」
「昼間だからだよ。夜は賑わってんの!」
店主を茶化し、私はお客さんに微笑んだ。
「オススメはエールだよ、おにーさん。ワインはちょっと渋い」
「ではそれで」
「ワインも良い味だっての」
入口から歩いてきて、隣の席に座った。
若い。でも、酒が飲めるなら15は過ぎてる。20は行ってないか。落ち着いてるけど、少し見える顔には幼さが残ってて……背丈が高いからか歩幅や歩き方が……。
「……ふむ」
酔いが回っていた私は頬杖を突いて、
「外国の方?」
と聞いた。
「なぜです?」
「重心がね。腰に帯刀をしてる人の歩き方だもの。片方に重心が偏ってる。槍だとそうならない。この国は帯刀が禁止されてるから外国の方かなって」
野戦病院で散々見た。
モンスターレイドは隣国と本国の間で発生したから、隣国の人も病院に流れ込んできていた。国家間戦争じゃないから、人間である限り対応をしていたのが懐かしい。
「よく見ているんですね」
「酔ってる時ってそういうものじゃない? 普段は見ない所を見る」
「同意します。ですが、足を怪我していましてね。残念ながら違います」
「膝辺り。左足のことかしら? それとは違うわ」
なんて言うと、フードの中の瞳と目が合った。
驚いたのか、私のことを推し量るような目を向けてきてる。誰にも言われたことがないのかしら?
「だって、庇うような歩き方じゃないもの」
それこそ婚約を申し出た少年は足を怪我していた。
その時の歩き方を見ているし、その子以外でも負傷した人の歩き方はたくさん見てきた。
怪我をしていない方の足に体重をかけず傷まないように歩くのと、片方に重心が偏った結果、歩き方がぎこちなくなるのは違うのだ。
「……鋭いお嬢さんだ」
「そういう子どもを見たことがあるからねー」
「子ども?」
「そう、子ども」
すると、しばし何かを悩むような間が空いた。
「……お酒はまだ飲まれますか?」
「なにー? 一緒に飲んでくれるの?」
「もちろんです」
「もの好きなのね。言っておくけど、私強いわよ?」
「お手柔らかに頼みます」
◇◇◇
「それでねー……その男は姉さんに取られた訳!」
「それは大変でしたね」
頭がクラクラする! 飲みすぎた!
思ったより婚約破棄が辛かったらしい! 酒が進む進む!
「傷物だーって。女らしくないーって。どうすりゃいいのよ。こちとら、生まれてから力仕事ばっかだっての! 女らしく生きてきてないの!! 力仕事のせいで体格だけ良くなって! 綺麗なお洋服も着れないし! あーあ!」
でてくる愚痴もソレばかり。
あと、この男が思ったより話しやすいのもある。
フードをしてるから見えにくいけど、真面目そうな顔をしている。堅物かと思ってたけどそうじゃないみたい。
「僕的にはお綺麗だと思うのですが」
「酔いね。視界がぼやけてちょうど良くなったんでしょう」
「冗談では無いですんですがね」
クイッと呷った男。
「女性に女性らしくあって欲しいのは男のエゴですので。僕は着飾らない女性の方が魅力を感じますよ。その方が一緒にいて楽しいですし」
「……じゃあ、私を家から連れ出してくれる?」
なんて言ってみた。
ほんの冗談のつもり、酒が入ってるからこそ言える話だ。
「僕で良ければ、よろこんで」
売り言葉に買い言葉に目を瞬かせた。
だが、すぐ『お酒を追加します?』という目を受けてきたのでため息を返した。これは勘違いされてるな……。
「ピクニックかなにかだと思ってるでしょ」
「木陰でサンドウィッチと紅茶を楽しむのかと」
「私のサンドウィッチは美味しいわよ? マスタードは苦手かしら」
「辛味に弱くて。美味しいなら食べてみたいですが」
どうせそんなことだろうと思った。
「それで、いつ連れ出したら良いですか?」
「冗談よ、本気にしないで頂戴」
「私は本気だったのですが……そうですか」
こいつ……。
その見た目でそんなことを言って、多くの女を惑わしてきたんだろう。これは、現実を教えてやらねばだ。
「見て! この手の平! 農具持ってるとこうなるの! ゴツゴツしてんでしょ!」
ほら見ろ、この残念な手を!
いくら優しそうな男でもコレを見たら言い淀むのだ!
どうせ、甘い言葉を投げかける男だってコレを見たら──
「苦労人の手だ」
「へっ」
──ひく、と口角が動いた気がした。
痙攣ではない。
苦笑いでもない。
言われたことのない言葉を言われ、私の心よりも先に顔が感情を表したのだ。
苦労人。その言葉が胸に染み入り、目尻が潤む。
「やば、え、あ、ははは……」
すぐに目を擦り、誤魔化した。
なんで涙が出てきたんだろう。
さっきのは悪口ではない。でも、褒め言葉でもない。だが、悪い気はしない。ただ、目の前の男に理解してもらえたような気がして……胸が温かくなったのだ。
人前で泣くなんて何年ぶりよ……恥ずかしい。
「私のも同じようにゴツゴツしていますよ」
反対を向いて目尻を拭っていると、そんなことを言い出した。
「ちょっと貸してみなさい……」
出された大きな手のひらを触り、指の付け根辺りを撫でる。
「……強い人の手ね」
「そうですかね」
「それも立派なね」
私の手が苦労人の手なら、この人の手は戦士の手か。
表面は岩のように固いのに、押すと優しく反発をしてくる。
「……あと、やっぱり剣を握ってるでしょ」
そう言い、私は小指と薬指の付け根に触れた。
「槍ダコは親指とか手のひらにできやすい。剣だこは小指から中指ね」
「どこでそんな知識を?」
「戦争で。衛生兵もどきだから、私」
「戦争に行かれたことが?」
「数年前にね。その時にこの傷も負ってねー……」
その時に、しまった、と思った。
理解してもらえた気がして、たくさん話してしまった。
「そうですか、だから傷が……」
「……うん」
あー……引かれただろうなあ。
初対面で愚痴なんて吐いて、あろうことか戦争帰りだなんて。
女で戦争に行くなんて~、女らしくない~。
あー、今までの男の声が頭の中で響く……。
「はぁ……やっぱりあの子と駆け落ちしたら良かったかなぁ……」
ほとんど泣き言のような言葉をつぶやいた。
「そしたら、少なくとも……こんな惨めな思いなんてしなかった」
ああ、悔しい。
今まで気丈に振る舞っていたけど、やっぱり悔しい。
私がなんであんな言葉を言われないといけないのだろう。
――女らしくない。
――可愛げがない。
――金を積まれても結婚したいとは思わない。
「……わたしが、なにしたっていうのよ」
なんて言う声が震えて。
頭が熱くなって。
感情が溢れ出して来た。
「あぁ、また、ダメだな、わたし……」
止めようとしても止まらない。
酒を呷って落ち着かせようとしても、それすら惨めに感じてもっと溢れ出て。
グラスに映る自分はひどく醜く見える。
笑顔を作ろうとして、返ってヒドイ顔になった。
「大丈夫ですか?」
「ああ……ははは……あー……ごめんね。忘れてちょうだい。あなたが話しやすいから、いっぱい出てきちゃうのよ」
手首がビシャビシャになると、男はハンカチを出してきた。受け取れないわ、と拒否すると強引に渡された。
「……ありがと、優しいのね」
それで涙を拭わせてもらった。
「お嬢さんはなんの戦争に行かれたんですか?」
「え? あ、えー……っと6年前、いや7年前? モンスターレイドの奴よ?」
「……やっぱり、あなたが……」
隣の男がなにか呟いた気がして、ぼやけた目を向けた。
「よろしければ、お名前をお聞きしても?」
「? リアナ。リアナ・ドロシーエイト」
「綴りは? どう書くんですか?」
「え? こうやって……」宙に文字を綴ると、筆を握らされた。
「ここにかいてみてください」
いつの間にか出していた書面を指でさされる。
「ここ? この枠に書いたらいいの?」
「はい、お願いします」
言われるがままにそこに自分の名前をでかでかと書いた。
女店主が目を丸くしていた気がしたけど、なんでなんだろう。
◇◇◇
たくさん飲んだ翌日、屋敷にて。
「隣国の王子がこの国に来ているらしい」
なんて話を小耳に挟んだ。
でまかせかと思ったが、長女も次女も着飾りだした。本当の話らしい。
(会いに行くのか)
次女はもう三番目の婚約者は捨てたのかしら。まだ1日……も経ってない。最速記録か。
1人目はあの後、ドロシーエイト家と気まずい関係になっている。長女が産品の管理もしてることもあり、向こうが強く出れなくなった。領主の娘をとっかえひっかえした男として評判を落とし、良いように扱われているみたいだ。
2人目は美術商だが、気まずくなって来なくなった。こちらは父上の予定していた通りになった。
3人目は家の戦力拡大のため、契約も結んでいる。ただ、次女と別れたなら……父上や騎士団からの評判はガタ落ち。首輪が外れるまで、ドロシーエイト家に使い潰されるだろう。
まぁ、知ったことではないが。
破棄した男の行く末なんて興味はない。
「リアナはいるか?」
「はい、父上」
こちら、私の父上。ドロシーエイト家の当主。
姉2人を甘やかした張本人だ。
亡き母にそっくりな姉たちを溺愛し、父上の遺伝子多めな私に雑用を押し付ける人でもある。
「これから2人を連れて王都まで向かう。その間、リアナは屋敷にいなさい」
「ごゆるりとお楽しみください。私は屋敷の掃除の手伝いをしています」
ごまかされた部分の言葉を代わりに話しておく。
屋敷にいなさいと言われ本当にいるだけだったら、くどくど言われるからな……。
「そのような態度だから、婚約者から逃げられたのではないか?」
「そうかもしれません。以後、気をつけます」
「……。もう良い、下がれ」
「はい、それでは」
適当に頭を下げ、いつも通り侍女の仕事に加わる。
隣の国は少し前、王位継承の件で揉め事があったと聞いた。
戦争と呼ぶには小さく、家庭内のいざこざと収めるには大きい程度のもの。国王の息子の三人がそれぞれ争い、結局は誰が勝ったのか。
(決まったからやってきたのか、国絡みで地位を確立しようとしてるのか)
まぁ、どうせお会いすることもないし、子爵に見向きをするとは思えない。
どのみち、今日の目的は王子ではなく、それに合わせて開かれるパーティーだ。
(うちのような貴族は、集まりで交友関係を広げておく必要があるからなぁ)
「リアナお嬢様」
「どうしたの?」
侍女頭から声をかけられ、掃除をしていた手を止めた。
「お嬢様にお会いしたいという方が」
「私に? そんな予定」あったっけ、と頭の中を探す。
酒場に忘れ物でもしたのかな? そんな覚えないけど。
ドロシーエイト家は子爵家。家名を言えば、屋敷の場所なんてのもすぐに分かる。落とし物とか、それとも新しい婚約者を父上が見繕ったのか。
あれこれ考えながら広間まで向かうと──そこには見覚えのある背丈の人物がいた。
「お久しぶりです、お嬢さん」
「……へっ?」
思わず変な声が出た。
広間にいたのは背丈が高く、黒髪を綺麗に刈り揃えている美男子。そして、なによりもその装いの中で目立つ──花の刺繍がはいった外套。
「よく眠れました?」
「えぇ……それは、まぁ……ん、え?」
「昨晩、一緒に飲み比べをしたの覚えてませんか?」
「えっ! あ、あの時の……?」
「思い出されましたか」
薄暗い酒場でちらっと見えた黒色の頭髪、黄金の瞳……高い背丈。
いや、分かるか! 部屋の照明が違うし、口調が変わり過ぎてる。なんか柔らかくなってない? 雰囲気が丸くなったというか。
酒場で会った時は冷徹やクールって雰囲気だったのに……。
「思い出したけど、なんで家に……」
「それは、はい」
ぺらと出された紙にゆっくりと目を落とすと、そこにはミミズのような字で私の名前が書いてあり、その横にアルベルト・オーガスディアと書いてあった。
「こ、これは……ええっと……」
「婚約書です」
周りにいた侍女達がざわざわとし始めた。
いや、やっと気付いたと言うべきか。
私も今やっと頭が追いついたのだ。
外套の刺繍が、お隣の国の国花である『蘭』であること。
男の名前のオーガスディアが、お隣の王族の家名であること。
「も、もしかして……隣国の……」
「はい。この度、オーガスト王国の王位を継承することになったアルベルトです」
声にならない叫び声と言うべきか。
私は生まれてから死ぬまでで、今日以上に驚く日はないだろう。
◇◇◇
そして、当然こうなるのである。
「アルベルト様! 凄く優しそうって言われません? すごく鍛えられてて身体もしっかりしてますし~。すごく男らしい体です〜!」
「リアナといつの間に仲良くなったんですか? リアナは本当にいい子で、まだまだ礼儀がなってない所がありますけど、それでも自慢の妹なんです」
姉2人のアプローチだ。
次女は甘えるような声でアルベルトに擦り寄る。一方、しっかり者と自負する長女は私を介して近づこうとする。
やり口はいつもこれだ。女性耐性がない男は次女の甘ったるい態度で陥落し、真面目そうな男性は姉の言葉に警戒心を緩め、徐々に落とされる。
(それを知っていて止めようとしない私も私か)
止める権利も立場もない。
姉2人が早く身を固め、落ち着くまで私はひっそりと生きるしかできないのだ。
(というか、いつの間に婚約書を? そもそもなぜ私なんだ……? イタズラ? アルベルトに好かれるようなことした……?)
飲んだ記憶も飲んだあとの記憶もある。え、これ私記憶どこかない……? 歩いて帰ってきたよ? 送るって言われたのも断ったし……。
(目の前で号泣したからむしろ嫌われたと思ったんだけどなぁ……)
「リアナと婚約を結んだという話ですが、リアナは宮廷令も学んでいない愚娘です」
お。それを本人の前で言うかね、父上。
「長女のレイランであれば、安心して嫁がせることができますが」
「もっと具体的に言ってほしいものです、父上。アルベルト様、私はドロシーエイト家の産品の管理を行っております。ギルドとも連絡を取っており、規模は小さいですが、なにかのお役に立てるかと思いますわ」
「私はね、この前の舞踏会で一番ダンスが上手って褒められたんだよ~」
「次女はダンスと演奏が上手でしてね。特に演奏は心が休まり、日々の疲れも取れるほどの腕前でして」
父上も私より上2人と付けたいらしい。
そりゃあそうだ。
自慢できる娘なら、自信を持って送り出すことが出来るだろう。
「素晴らしいですな、それは」
アルベルトは三人の話を笑顔で受け止め、すっ、と目を開いた。
「ですが、私はリアナと婚約をしておりますので」
「し、しかしですね、アルベルト様。リアナは……」
「リアナが、どうしました?」
「王室に入れる器ではないかと」
「なぜ?」
「なぜと言われましても……リアナはまだ社交場での振る舞い方や、基本的な教養すら学んでいません。それを王室へ向かい入れるなどと」
「学んでいないではなく、教わってない、だろう。機会を設ければ彼女はなんでも学ぶ」
アルベルトは私の方をチラと見て、優しく微笑んだ。なんだその微笑みは。
「それに、教養、か。では、お尋ねするのですが……この国は妹の婚約者にすり寄るという教養でも教えているのですか?」
ぴしゃり、と。
場が凍りついた音が聞こえた気がした。
「リアナに聞きましたが、お2人は婚約者を奪ったとかなんとか……。そのおかげで私はこうしてリアナと出会えた訳ですが、どうやら産品の管理や舞踊の前に学ぶことがあったようですね」
姉2人はアルベルトの眼光に口を閉ざす。その代わり、私を見る目だけは鋭くなった。目を背けておこう。
「……アルベルト様。リアナを国に連れて行かれるおつもりですか?」
「そうですが」
「……分かりました」
父は1度瞑目し、纏わりつくような目をアルベルトへ向けた。
「ですが、リアナは私の愛娘です。この場ですぐに決められることではありません」
(どの口が……)
この前まで、ようやっと決まったか、とか。相手の元へ送りつけてやろう、とか言ってたのに……相手が相手だとこうやって仕掛けて……。
ちなみに父のコレは文字通りの意味ではない。
この場ですぐに決めたいならなにか寄越せ、という意味だ。
結婚は色々準備が必要だが、婚約なんてその場で決めてなんぼ。
特に、相手が爵位持ち……なんなら王族なら「後日に手続きを」なんて遠回しをする方が双方にとって益がない。
「ええ。わかっています」
「でしたら」
「ですが、この件は私とやり取りをするのではなく……」アルベルトは私の方に顔を傾けた「リアナを通して話をしてほしい」
「え」
急に話を振られ、私は言葉が出てこなかった。
やめろ、そんな、良いタイミングだろう? みたいな顔をするな!
ちょっと……これ、どうすんのよ……。
「リアナ、分かっているだろう?」
「……」
父上のこれには、二つの意味がある。
このやり取りの意味の理解と、家に利益のある交渉をしろというメッセージ。
わかっているだろう? わかっていますとも。
アルベルトとドロシーエイト家の仲介を私をする。
私の舵取り一つで、関係を断絶することも莫大な利益を生み出すことも可能。
父としては、うちの産品を隣国に売りつけたい、とかそんな感じだろう。
じゃあ、独自の販路、もしくはうちの産品に限定した税の軽減措置辺りを話せば良いか。
「では、私は――」
「ここまで育てた恩を忘れた訳ではないだろう?」
出かけた言葉が引っ込んだ。
ああ。
父上。
たった今、口の中にあった恩義や少しばかりの情が消え失せました。
あなたのそれは念押しのつもりだったのでしょう。
不出来な娘は事の重大さを理解出来ていないかもしれないから、確認をするための一言で……あなたにとってはそれ以上もそれ以下もない。
だが、その一言で私の中の紐がぷつんと切れた。
(私は……本当に信頼もされてないし、愛されていないのだな)
生まれてから今日まで、私は父に愛情を注がれた記憶がなかった。都合の良い存在として扱われ、家のためになるように機会を設けられて。
でも。
最後くらいは綺麗に終わろうと思っていたのですよ、父上。
どうであれ、この年齢まで成長できたから。
だから、心の底から嫌うことなんてなかった──というのに。
──リアナわかっているのだろう?
ならば、私からの言葉はコレにしよう。
「分かりませんな」
自分でも驚くほど冷えきった声。
隣のアルベルトは目を閉じて笑う。
「リアナ……!!」
カッと頭に血がのぼった父上は、机を叩いて立ち上がる。その前にアルベルトが立ちはだかった。
「交渉は持ち越しですね」
私の肩を抱き、アルベルトは笑みを浮かべる。
「また後日、書面でのやりとりといたしましょう」
「それは――」
「何か問題でも?」
「くっ……」
問題大ありだ。
今、ここで話を取決めておかなければドロシーエイトにとって大損。
国に帰ってからの窓口は私ではなく、王国の人間が対応することになる。それはただの交易と変わらない。互いに利益のある申し出でなければ交易などは行われない。
つまり、今が最初で最後の『自分たちに有利な条件を取り付けられる場』だった訳。
「でしたら、リアナを連れていかれるのは許可できません」
強硬手段に出てきたか……。それを言われたらアルベルトは強く出られない。
だけど、もう、良い。
「許可は不要です、父上」
ここでハッキリさせておこう。
「今までお世話になりました。姉さん達も。今日付けで私は家を出ていきます。もうお世話になることも家の敷居を跨ぐこともないでしょう」
「勝手なことを言うな! リアナ!!」
「姉さん達と自分の勝手は許すのに、私がすると怒鳴り散らす。勝手なのは父上の方では」
怒りに震える父上。睨み上げてくる姉さん達。
それを前にして、アルベルトの服を引っ張った。
「私、コイツと出ていくから! じゃあね」
驚いた顔のアルベルトに強気に笑ってやった。
これで満足だろう、という顔だ。
それを受け、アルベルトは顎を引いて笑う。
「ということですので」
アルベルトは私の肩を強く抱き寄せた。
「では、娘さんをいただきます」
◇◇◇
ガタガタと。
馬車に揺られて向かう先は国境。
ただ、ドロシーエイト家から国境まではまだまだ長い。だから、聞きたかったことを聞くことにした。
「あの、アルベルト?」
「なんだい、リアナ」
「どこまで本気なの」
この男の真意をはっきりとさせておきたい。
「私は最初から本気だと言っていたがね」
「会ってすぐ婚約だなんて。普通の大人なら警戒するわよ」
「私が王子だから警戒をしていないと?」
「酒を飲み比べた仲だしね」
冗談を言うと、ふっ、と笑われた。
「私を選ぶなんてまだ酔ってるんじゃないの?」
「そうかな」
「そうよ」
「じゃあリアナは、私が出会って一日目の淑女に婚約を申し込み、酔いすら覚まさないままご家族に挨拶をした男だと思っている訳だ」
言語化されると答えにくいが……。
「……まぁ、その言葉通りなので」
「ふむ。……これは長引きそうだ」
「長引く? なんのこと?」
「いいや」
アルベルトはニヤリと笑う。
「リアナが私の気持ちに気づくまでしばし待つとするさ」
「あなたの気持ちなんて分からないわよ」
「なら、長引くだけだ」
「????」
アルベルトは何を言いたいんだろう。
全く分からない……。気持ちに気づく……?
腕を組んで唸っていると微笑まれ、ため息をついた。
「さ、まだまだ道は長い。休まれたらどうです? 疲れたでしょう」
「……」
「変なことはしませんよ?」
「そこは心配してないわ」
アルベルトが私を婚約者にした理由、気持ち。
それが色々考えても答えが出てこないけど……。
「じゃあ、何を心配してるんです?」
子どものような顔で聞かれ、思わず頬を弛めた。
「寝顔を見られるのが恥ずかしいだけよ」
連れ出してくれたことには感謝しないとね。
なーんて思っていたら、席を移動して私の横に座った。
「じゃあ、私の肩で寝ると良い」
「え?」
「横なら顔も見えにくいだろう?」
ぽんぽんと肩を叩き、もたれてこいと。
何のつもりかと疑っていると「来ないのか?」という顔を向けてきた。
(時折見せるこの子どもらしさはなんなのかしら)
言われた通り、ぽすっ、と肩にもたれかかる。
すごい満足そうな顔をされたので目を閉じて無視。
「家に着いたらピクニックでもしますか?」
「……そうね。マスタードは少なめにしておくわ」
「楽しみです」
その後、私は思ったよりも早く眠りについた。
眠る直前までの他愛のない話をするアルベルトの優しい声が耳に残っている。
◇◇◇
寝息を立てるリアナの髪に触れる。
「んぅ……」
なんて居心地が悪そうに唸る姿を見て、口端が緩んだ。
昔は短かった髪の毛が長くなっていた。
だから、最初は誰か分からなかった。
でも、話をしていくとどこか面影が残っていることに気づいて。
──大丈夫!? 今、処置をするから!
──ああ、もう! 治療班はどこよ! 子どもが怪我してるの!
──手を握り続けて! 意識をしっかり持って!
当時のお姉さんの姿がそのまま映し出された。
昔は見上げていた彼女の背丈を追い越し、横にいると華奢に思えるまでになった。
でも、あの時に抱いた感情は変わることはない。
「いつになったら気づいてくれるかな」
王位継承争いの実績作りのために戦争に参加した。
ただのモンスターレイドだ。恐れることはない。そう思っていた。だが、当時の僕はひどく未熟で、部隊から離れてしまったのだ。
1人になった兵なぞモンスターの格好の的。
襲われ、虫の息だった時に野戦病院に運ばれた。
そこでお姉さんと出会った。
戦争が収束するまで、僕の身体の看病をし続けてくれた。
酷い怪我だった。王位継承の争いにはもう参加出来ないほどの怪我だった。だが、彼女は無謀なことをした僕を叱りながらも、立ち上がれるまで支えてくれたのだ。
──夢には諦めても良い夢と諦めたらダメな夢がある。
──人生をかけてまで達成したい夢なら絶対に諦めるな。
その言葉を胸に、僕は王位継承権を勝ち取ることが出来た。
そして、今度は別の夢を叶えるために隣国にやってきた。
──わ、私と結婚? え、ええっと、大人になったらね?
「ぼく、大人になったよお姉さん」
これも諦めたらダメな夢だ。
だから隣国にお忍びで来て、ずっと探していた。
そして、やっと見つけた。
「今度は僕がお姉さんを守るからね」
お久しぶりです。言われた通り、大人になったので結婚してください──完。
お読みいただき、ありがとうございました!
初めての短編のため、下の★~★★★★★の評価を次回以降の作品の参考にさせていただきます!
よろしくお願いします!




