58話
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屋敷に帰る為に乗り込んだ馬車の中からマリアは外の様子を伺い見た。
いざ洗礼式に向かう時は緊張と興奮で余裕がなかったが終わってしまった今は不安こそあれど余裕もそれなりにある。
聖女が乗っている馬車という事で静かな注目を集めてはいたが、大神官の配慮によりマリアの見える範囲にはあからさまな関心を寄せる者が少ないように思えた。
「大神官様のお言葉は凄いですね」
「あぁ。これでマリアが社交界に出るまではそう騒がれる事なく過ごせるだろう」
「今度また改めてお礼をしに行かなきゃね」
「パーティーにご招待できたらよかったのですが…」
「アイツは元々華やかな場を好まん、気にすることはない」
馬車にはマリアと両親、フェルディナンドが乗車している。
レオポルドをはじめとする参列者はそれぞれの馬車に乗り既に自身の屋敷かタウンハウス、あるいは宿屋に向かっている筈だ。
彼らはマリアのお披露目に参加する為、領地に戻らず王都に滞在する。
洗礼後の披露パーティーは本来なら子の家で行われるものだが、既にレオポルドには手紙でマリアが聖女である可能性が高いと伝えてある。聖女のお披露目となれば格式の面でも安全面でも侯爵邸で開かれる方が好ましい…数日の内にイヴリン主導で準備が調えられるだろう。
「あれ?」
外の景色を見つめていたマリアが違和感に声を上げた。
聖堂を出立してある程度の時間が経ち、貴族街への入り口も先ほどくぐった。もうじき屋敷に着くとばかり思っていたが、馬車はランティス邸を素通りして進んでいく。
「屋敷に戻るのではないのですか?」
「なに、少し寄り道するだけだ」
冗談めかすフェルディナンドにアントニオやミランダは何か察したのかマリアを安心させるように微笑む。
ほんの少しマリアの頭に家で待つエリヤ達の顔が過ったが、寄り道というならそこまで遅くなることもないと思い直しマリアは再び窓の外を見つめ直した。
貴族街は平民街よりも更に静かで、外を歩く者は警備に立つ騎士以外殆どいない。
まだやっと昼を過ぎたばかり、本来なら馬車が行き交い商人や使用人達が井戸端会議に励んでいる頃合いだがかつて起きた騒動を知る者が多い貴族達は皆静寂を守っていた。
そんな中を馬車は進み、やがて王城の裏側…貴族街の端に位置する目的地へと到着する。
「さぁ、着いたぞ」
そこはそれなりの広さがある、緑豊かな庭園のように見えた。
等間隔に植えられた木々と歩きやすいよう敷き詰められた石の小道。色とりどりの花も穏やかに風に揺れている。
しかし、その場所はどこか物悲しく、昼間の陽光が差し込んでいるにも関わらず寂しげだった。
両親、祖父と共に馬車を降りたマリアはそんな雰囲気に心細さを感じたが見回してハッとする。
丹精込めて手入れされているであろう木々の根本にはそれぞれ石板が嵌めこまれていた。
形は違えど、その石板は生家で見たマリアベルが眠る小さな墓標と重なる。
ここが墓地なのだと気付く一方で、マリアの中でもう一つ疑問が生まれた。
マリアはまだテスパラルに来て数日の頃、ミランダに王都を案内してもらった際に王都を出てほど近い丘の上に墓地があると教えられていた。
実際に行った事はないがこの庭園はその時受けた説明にそぐわない。
「洗礼を迎えた佳き日に湿っぽくなって申し訳ないが、孫娘の晴れ姿を見せてやりたくてな」
フェルディナンドを先導に歩いていた四人が立ち止まったのは苔や風化もなく磨き上げられた石板の前だった。
しかしその石板を守るように植えられた樹は既にマリアの背をゆうに越えている。その成長から、墓標が建てられてから長い時間が経過している事が伺えたが、経年を感じさせない行き届いた手入れは故人への深い思いを感じさせた。
「エステファニア・ランティス。
私の妻でありアントニオの母、お前の祖母となった者の墓だ」
「…エステファニア様…」
石板には名前と生没年、そして恐らく彼女の証である柊の葉と海亀が刻まれている。
在りし日の肖像画をランティス邸で見た事はあったが、一体どのような女性だったのかはあまり聞いたことがなかった。
だがマリア以外の三人が墓石に向ける視線、そこに滲む寂寥は想いを向けられるに足る人物だったのだと理解させる。
しかし、フェルディナンドの落とし胤というマリアが抱える設定はエステファニアから見れば不貞の子でしかない筈だ。
「…私が孫娘を名乗って、お怒りにならないでしょうか?」
「なに、そんな小さなことにこだわる女ではない。
お前が本当に私の血を引く孫娘だったとしても諸手を挙げて歓迎するだろうよ」
フェルディナンドの言葉にマリアは少し安堵し、顔が見えるようヴェールを上げた後そっと両手を胸の前で組んだ。
死者の為に祈るのは初めてだったが作法は教本で学んでいる…その通りに、父母と並び瞳を閉じ、心の中で語りかけた。
(エステファニア様、お初にお目にかかります)
(この度ランティス家の…お父様とお母様の娘となりました、マリアと申します)
(フェルディナンド様の名誉を傷つけ、図々しくも孫娘を名乗る事となりましたことお許しください)
既に故人となっているエステファニアは何も返さない。
しかし、墓地に広がる風がもたらす葉の騒めきはマリアを許すように柔らかな音を鳴らす。
(私がいただいた幸運と幸福に少しでも恩返しができるよう、精一杯頑張ります)
(ですからどうか、見守っていてください)
マリアがゆっくり目を開く頃には既に他の三人も祈りを終えていたが、誰も急かす事無くマリアを優しく見守っていた。
「ぁ…すみません、お待たせいたしました」
「大丈夫よマリアちゃん。たくさんお話できた?」
「母上は人の話を聞くのが好きだったから、さぞ喜んだだろう。
……さて、そろそろ屋敷に戻らねばな」
聖堂の鐘を鳴らした時点で王都中に聖女の帰還は広まっている。
更に貴族家では今日ランティス家の娘が洗礼を受けているという情報も回っていて、貴族街の静寂はランティスの家紋がついた馬車が外に出ている限り続くだろう。
マリア以外の三人はここに来るまでに前を通った家々から様子を覗き見るような気配を感じ取っていた。騒ぎになるよりマシではあるが、その状態をいたずらに長引かせれば多方面に影響が出る事になる。
「私は陛下に報告をしてから戻ろう」
「父上、私も同行いたします」
「お前には娘を祝う役目があるだろう。面倒事は爺に任せるがいい」
「…何から何まで、お気遣いありがとうございます」
「なに、陛下にはお聞きしたい事もある…気にするな」
アントニオとフェルディナンドが直後の予定について話す間、マリアはミランダにずっと気になっていた事を問いかける。
「お母様」
「なぁに?」
「以前王都の墓地は丘の上だと教えていただきました。ここは何か特別な場所なのですか?」
「えぇ、そうね…ここは少し特別な墓地なの」
そう言いミランダが一瞬視線を向けた先を追うと、墓地の横に大きな建造物に向けられた事に気付く。
改めて視界に入れるまでは併設された聖堂のようなものだと思っていたが、どこかが違う。
石造りで、大まかな外観は確かに聖堂に似ている。
しかしあちらにあるようなステンドグラスの窓や大きな扉はなく、建物自体の大きさにそぐわない小さな入り口があるだけ。
信徒を迎えるどころか他の誰をも歓迎しない、確かな隔絶を感じるものだった。
「お母様、あれはなんですか?」
マリアの更なる問いにミランダは困ったように微笑み、降りたままだったマリアのヴェールを降ろす。
「………いずれ知る事だけれど、今日はやめておきましょう」
これ以上を聞いてはいけない。
そしてそれがただ秘密にしたいのではなく、マリアへの気遣いや優しさから来るものだと感じ取ったマリアはミランダの言葉に頷き、前を向いて墓地を出口まで進んでいく。
優しく寂しい風はマリアの背を押し出すように吹いていた。




