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57話

新年あけましておめでとうございます。

昨年は後半投稿頻度が落ちてしまいましたが、今年はなるべく頻度高めで書いていきたい所存です。

2026年も七つ指の聖女をよろしくお願いいたします。


前回にいいねや評価、感想ありがとうございます!

今回はエリヤ編です(^▽^)/



『その時が来ればわかるよ』


旅立つ兄姉達に、どうして行ってしまうのかと聞くといつもそう返された。


親という者はいなかったけれど森での暮らしは俺にとって何の過不足もなく満たされていて、人間の真似事の練習をさせられる理由も、大勢いた皆が続々と旅立ってしまう理由もその時の俺にはわからなかった。

でも、いつだって旅立つ時の兄姉達は幸せそうに笑っていたから引き留める事も出来ずに見送るしかできなかった。


一人、また一人と家族は減っていつの間にか俺と、俺と一緒に生まれたアイツだけになったけれどアイツもある日急に見つけたって叫んで飛び出してしまったから、俺は何年も一人でいつ来るかわからない《その時》を待っていた。


優しかった三番目の姉さんは月に一度、それ以外の兄さん達も年に何度かは鳥の魔物を使って手紙を届けてくれたから寂しくはなかった。

でも、たまに不安になる事もあったからその時はいつも自分の、()()()手の平を見つめる。


『あんた達が人になれた最後のメディアだからね』


人間の振りを教えられている時にもう嫌だと駄々を捏ねた俺に姉さんは寂しそうな顔で教えてくれた。

魔物と人のハーフであるメディアの子は人が強い魔力を持っていた時代でも相当珍しく、瘴気によって力を増す魔物と魔力が弱まり続ける今の人間ではバランスがとれないから奇跡でもなければ生まれる事はない。

俺達も、兄姉達に比べて倍近い年月をかけてようやく人になったくらいだ、俺の後に産まれたメディアの子も何人…いや、何匹かいたらしいけれど、どれだけかかっても人になれず普通の魔物として野に放つしかなかったらしい。


疎らな通行人を絞り機越しに眺めて暮らして、時々顔を覚えられないように森に隠れて過ごして、そうやって何十年も過ごしてきた。

誰かがいた頃はあっという間だった筈の時間も一人で過ごすには長すぎる。

もしかしたら自分はメディアの子として失敗作で、《その時》に気付けないかもしれない、一人の時間は寂しさの代わりにそんな考えを膨らませていった。


(一緒に産まれたアイツは今頃幸せに暮らしてるんだろうか)


(どうして一人でいなきゃならないんだ、俺だけ)


(人になんてなれなきゃ、今頃自由だったのに)


何も感じとれない日々への不安と、人の身を捨て魔物の群れに紛れてしまいたい衝動を必死に抑えて、母が遺したらしいグラナダの樹から実をもいで道端に座り続けていた。





それからどれくらい経ったのかわからないけど、いつからか不思議な匂いがするようになった。

父親譲りの鼻でも本当に匂いとして在るかどうかすらわからないほど微かなそれは、まるで命綱のように俺を繋ぎとめる。

その匂いを掴んだ時だけは不安も虚しさも薄れていくから。


『お前達は僕と同じ狼族の子だから、きっと匂いでわかるさ』


七番目の兄は確かにそう言っていた。

だから、俺はそれから十年、その匂いが…《その時》が近づいてくるまで待ってたんだ。


『ジュース、を、ください』


あの日やっと来てくれた匂いの元はまだ子供で、触れられるくらい近くにいてもどこか遠く感じた。

主だと本能は理解していてもどこか物足りないような感覚はひどくもどかしい。

でも、それでもお嬢さんの近くにさえいれば不安も虚しさもない。

兄姉にしつこく教え込まれた人間らしさのおかげもあって屋敷の中でもボロが出ることもなく、それなりに上手く過ごしている。

お嬢さんの匂いに包まれた心地よいこの場所はまるで森の中に射す陽光のように暖かくて、兄姉達もきっとこんな風に幸せなんだろうなと思っていた。





「っ…!」


洗礼式へと出発していたお嬢さん達を見送ってしばらく経った頃、それは香ってきた。

香るなんて生易しいものじゃない。

感知した瞬間に感覚器から爪先まで全身を巡って、痺れていく。

屋敷の中に広がる香りの何倍、何十倍もの濃度のそれは心地よいどころか劇物のように内側を焦がして、何も考えられなくなる。


早く、早く御前に、あの方の元に、


吸い寄せられるままに部屋を出て、屋敷を出た。

門は閉ざされているが開ける事も飛び越える事も出来る、障害にもならない。

あの方の元に行かないといけない、そう追い立てる本能のままに門に手を掛けたが、黒く塗られた鉄の門はジュッと音を立てて俺の手を焼いた。


「熱っ…」


理性が熱と痛みによって揺り起こされ、我に返った。

いつの間に張られていたんだろう…初めてここに来た時にはなかった、魔物の侵入を防ぐ高等魔法が門全体を覆っている。

突破は今の自分にはまだ出来そうもないから、きっとアラニスの侯爵様か昨日来た前子爵が仕掛けたものだろう。そのおかげで冷静になる事ができた。

今ここで外に出れば魔物として扱われて、あの方に、お嬢さんに会う事も出来ないまま処分されるし、この家も魔物を引き入れたとしてどうなるかわからない。


「…危なかった」


焦らなくていい。


見失うな、あの方の、お嬢さんの傍にいる為に。


待っていればいいんだ。十年だけじゃない、生まれてから今までずっと待ってた《その時》を、同じように。



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― 新着の感想 ―
久しぶりの更新に、ワクワクしたのに、短かった 残念
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