54話
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今回はマリアの洗礼式からちょっと離れ、ルカ君回です。
レオポルドの息子ルカがマリアの洗礼式への欠席を伝えられたのは当日の朝だった。
兄マルシオが婚約者候補から外れ、このまま進めばマリアの婚約者はルカで決定となる。
マルシオが婚約者候補から外された理由は性格の不一致と聞いているが、騎士学校を休学し領地の騎兵団への一時入隊…何かよくない事があったのだろう事はルカにも予想が付いた。
しかし、何があったとしても今婚約者候補はルカ一人。
それに加え三男とはいえアラニス一族の子ならば洗礼式に参列しても何の問題もない。
マリアはどんなドレスを着るのか、
どんな祝いの言葉をかけようか、
日が近づくにつれワクワクと心を弾ませていたが、レオポルドは当日の朝、朝食の席でルカに自宅待機を言い渡した。
「そんな、どうしてですか」
「少々事情が変わったのだ、洗礼式には私とリリィだけで参列する。
エルナンド、ノエミ。お前達も今日は屋敷から出ないように」
兄弟全員の外出禁止。
一日だけとはいえただ事ではないと感じた長男エルナンドは顔を引き締め了承した。
長女ノエミは婚約者との外出予定が入っていたが既に断りの連絡を入れてあると言われれば従うほかない。
ルカもこれ以上言い募ることもできず、家長の指示を飲み込んだ。
「では行ってくる。
くれぐれも外には出ないように」
「はい、父上たちもお気を付けて」
「いってらっしゃいませ、お父様、お母様」
「…いってらっしゃいませ」
朝食を終え、身支度を整えた両親を見送る場でもルカの表情は暗い。
何日も楽しみにしていたものが突然目の前から消えたのだ、落胆も大きいのだろう。
そんなルカの姿にイヴリンは苦笑いで歩み寄り、そっと耳打ちする。
「多分マリアちゃんのお披露目はうちの屋敷でやる事になるわ」
「え?」
「その時は一番にお祝いしてあげなさい」
思わず顔を上げたルカにイヴリンは少女のようにウインクしてみせる。
洗礼後のお披露目は生家、あるいは爵位の近い親族の屋敷で行うのが通例で、一族とはいえ子爵家の令嬢のお披露目を侯爵家の屋敷で行うのは異例中の異例だ。
だがルカにとっては嬉しすぎる誤算だった。
まだデビュタント前のルカは他家のパーティーに招待されても長くはいられない。
そもそもお披露目自体が洗礼を受けたばかりの子供を祝う為のものなので時間も短く設定されており、通例通りランティス家で開かれ招待客として参加していればルカはお祝いを伝えてすぐ帰宅、という事もあり得る。
(だからこそ、ルカは洗礼式で祝いたかったのだが)
しかしパーティー自体がアラニス家で開かれるのならば話は別だ。
ルカにとっての生家ならば帰る必要はなく、マリアと長い時間過ごせるかもしれない。
望外の喜びにルカは両親を見送るとすぐに自室へと駆け戻った。
お披露目の場は大人にとっては楽しいが、子供にとって慣れてくれば退屈なものだ。
数年前自身が体感した事を思い出しながらルカは自室の本棚を漁る。
何か暇を潰せる本を渡したら喜ぶかもしれない、そんな思いで。
しかしルカの本棚には男子向けの冒険譚や騎士物語が多く、女子が好みそうな本は殆どない。
性別関係なく楽しめるものもあるにはあるが、幼い子供向けの絵本だけだ。
「…そうだ、姉様!」
ノエミはルカにとって強く恐ろしい姉ではあるが、兄弟の中でもかなりの読書家だ。
もしかしたらまだ子供向けの本を持っているかもしれない。
「姉様、あの…」
「あら、なぁにぃ?姉上じゃなくていいのかしら?」
「あっ…姉上、少しよろしいでしょうか」
逸る気持ちから最近背伸びし始めた呼び方を忘れてしまい、指摘されたルカは頬を赤くする。
ノエミはそんなルカの様子をクスクス笑いながら部屋へと招き入れた。
アラニス家の長女ノエミは間もなく成人を迎える、十六歳。
父からは褐色の肌と赤い瞳、母からは金の髪とリャンバス風の顔立ちを受け継いだ淑やかな雰囲気の美少女だ。
成人を待って公爵家へ嫁ぐ事が決まっており婚約者である公爵子息との関係も良好。現在は通いで家政や社交について学んでいる。
義母となる公爵夫人からも可愛がられ、社交界での評判も上々。
テスパラルの彫りの深い顔とは違う、どこか儚さを感じさせるリャンバス人寄りの顔立ちは憧れの人として男性人気も高い。
ルカも友人から何度『あんな人がお姉様なんて羨ましい』と言われたかわからない。
しかし、ルカから言わせれば『あれのどこがいいのかわからない』この一言に尽きる。
確かに顔のつくりは母イヴリンに似ているが、内面は純度100%のテスパラル人。
男性相手でも怯まず対等に渡り合うほど勝ち気で、自由が一番だと豪語するほど奔放で、そんなノエミの下に生まれたルカとマルシオは一番その被害を受けてきたと言える。
揶揄われるのは日常茶飯事。お茶菓子は真っ先に好きなものを取り、なんなら弟のものは自分のものと言って奪われたことすらある。
まして泣いて抗議する幼い弟達に早く食べない方が悪いと言ってのけたのだ。
強い姉と勝てない弟。そんな絶対的な関係は当時から今も続いている。
「…姉上の本棚に、その、子供向けの本などはありませんか?」
「子供向け?絵本なら今度孤児院に寄付するのがあるけど」
「いえ、絵本じゃなくて…僕くらいの年の女の子が読むような本です」
「女の子が読むって…ははぁ?さては噂のマリア嬢の為ね?」
「っ…!」
ノエミはまだマリアと会った事はない。
けれど弟たちがそれぞれ対面したと聞いた時からどちらかが婿入りするのだと察していた。
勿論、マリアと出会ってから急に呼び方を改め背伸びし始めたルカの態度も察する要因の一つだが。
「そうだ!私の予定もなくなったしお茶請けにマリア嬢の事聞かせてちょうだいよ」
「なんでですか、僕だって一回しか会ってないのに…」
「いいからいいから。ねぇ、お茶の用意をお願い!」
名案だ、と顔を輝かせる姉にルカは逆らえない。
これまで姉と弟として生きてきた年数はルカの心に抵抗しても無駄だと深く刻み込んでいる。
数分後には侍女達により立派なお茶会の場が調えられ、本を借りるという当初の目的も果たせないままルカは姉とテーブルについた。
「さ、まずは貴方から見たマリア嬢について語ってもらおうかしら」




