49話
前回にいいねや感想、評価ありがとうございました!
推し活や暑さにやられたせいで少々日が開いてしまいました;
お盆が明けても暑い日が続きますので、皆さんもお体に気を付けてお過ごしください。
「では次に属性の判定に移りましょう…と言いたいところですが、聖女帰還という奇跡に立ち会えた喜びに恥ずかしながら私も少々緊張しております。
皆様の中にも昂りを感じていらっしゃる方もおられるようですので、互いに一度心を落ち着けるため間を開けましょう」
穏やかな笑顔はそのままに、大神官は儀式の合間の休憩を宣言した。
それは勿論聖堂の外に立つフェルディナンドとレオポルドが騒ぎを収めるまでの時間稼ぎであったが、聖堂内にいる参列者にとっても必要なものだった。
アントニオとミランダ、そしてレオポルドが厳選した参列者の中にこそ明確な悪人はいない。調和を重んじ慎重に物事を考えようとする者が殆どだ。
しかし、その彼らから繋がる輪はそうではない。
大神官の言葉に平静を取り戻した参列者達は自分達が今後どう動くべきかを話し合わなければいけなかった。
聖女の洗礼に立ち会った事で、その縁を利用せんと近づく者は必ず現れるだろう。
信仰心から聖女の傍らに侍らんとする者も、ささやかでもいいから利益を得ようとすり寄ろうとする者も、善悪に関わらず聖女という存在は人を呼び寄せる。
迂闊に縁を繋げ聖女に害を齎すなどもってのほかだが、全てを遮断すれば社交界で孤立しかねない。
今後自分達がどう立ち回るべきか、参列者達は抑えた声で入念な話し合いを始めた。
「さて、聖女マリア。
魔力の属性について貴方は何かご存じですか?」
大人達の囁きが聞こえない、祭壇近くの席に両親と共に座ったマリアに大神官が問いかける。
「聖書で少しだけ学びました。
この世界には原始七つの力があり、人が扱えるのはその内六つだと」
「その通りです」
火・水・土・風・氷…そして光と闇。
グラダファが世界を創造する時に用いた七つの力は今も地脈と大気の中を巡っており、人間は食物や水、空気からそれらを摂取する事で自身の中にある器を満たし、魔力として変換。魔術や魔道具の行使に使用している。
そして、人はそれぞれはるか昔から受け継がれてきた血脈により魔力に順応し続けてきた。
それは遡ると、祖先が暮らした土地や風土に満ちる魔力によって定められている。
戦が多く熱冷めぬ土地で暮らす者には火の魔力が。
波立つ大海を臨む土地で暮らす者には水の魔力が。
実り豊かで飢えぬ土地で暮らす者には土の魔力が。
薫る囁きが耳打つ土地で暮らす者には風の魔力が。
息すら凍る雪深い土地で暮らす者には氷の魔力が。
例外として、光は神に属するためそれに連なる者しか持ちえず、闇は魔物や魔族に属するため人の器とは相容れない。
その器の適性こそが属性。
神が去って久しく、地を満たす魔力が徐々に薄まっていく中で最適化され続けた器は適性が低いものをなくし、より高いものを残す事を選択してきた。
「波の聖女エリアナはかつて四つの属性を持っていました。
水・風・土・光…彼女はそれらを巧みに使い、押し寄せる魔物から海、ひいてはこの世界を護ったと言われています」
「四つ指…」
「えぇ、そうです。魔力の属性は指の数で表される。
アントニオ殿は三つ指でしたかな?」
アントニオは頷き、肯定する。
「あぁ。父が五つ指だからか、かろうじて三つ指だった」
「かろうじてなんて……おじいさまは五つ指なのですか?」
「フェルディナンド殿は火・風・土・水・光の五つ指です。
この国では実に百年ぶりになりますが三つ指も素晴らしい事ですよ、アントニオ殿」
テスパラルだけでなく、その他の国でも今この時五つ指は存在しない。
歴代聖女の中には五つ指や六つ指がいたとされているが近年はどの国でも四つ指を越える事はなかった。
各国の王族も四つ指、あるいは三つ指が殆どだ。
「はじまりの聖女サミリアは七つ指だったと言われています。
六つの力と、女神の権能をもって人を導いてくださいました」
「七つ指…」
マリアは生国リャンバスで属性の判定について聞いたことがなかった。
聖女の帰還を果たしていないリャンバスではグラダファ教への信仰や魔術研究が盛んではなく、他国から輸入した魔道具に頼っていると知ったのはテスパラルに来てから。
魔力は魔道具に充填する為だけのもので、属性の判定という風習は魔術離れに比例して廃れていったらしい。
もしも自分がリャンバスで洗礼を受け、鐘を鳴らしていたらどうなっていたのだろうか。
指折り七つを数えていたマリアはその『もしも』に気付き後ろを振り返ろうとして踏みとどまる。
聖堂の隅にリャンバスで自分を救ってくれた祖父母がいる事には気付いていた。
必ず立ち会うと言ってくれたその言葉を違わず果たしてくれたことに喜びを感じると共に祖国を裏切らせてしまった罪悪感が膨らんでいく。
「マリア」
マリアの中にある不安を感じとってか、アントニオがそっとその体を抱き上げた。
「不安がる事はない、お前がいくつの指であろうと私達にとっては可愛い娘だ」
「…お父様」
不安の種は異なるがアントニオの太陽のような笑顔はマリアを確かに慰めるものだった。




