46話
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ドームの扉を自らの手で開いたマリアの迎えたのは喜びと物々しさが混ざった空気だった。
アントニオやミランダをはじめとする列席者の多くはマリアの帰還を笑顔で出迎えたもの、一部の神官達は駆け回りフェルディナンドとレオポルドは聖堂の入り口に立ち外を真っ直ぐに見つめている。
『聖女となるお前を狙う者が来る可能性がある。
だがお前の晴れ舞台は私がなんとしても守ろう』
二人の背中に今朝、聖堂に出発する直前に言われたフェルディナンドの言葉を思い出す。
一瞬顔が強張りかけたマリアの肩を叩いたのは後を追いドームから出た大神官で、彼は振り返ったマリアに優しく微笑みながら頷いた。
今、聖堂の入り口を護っているのはフェルディナンドとレオポルドだけではなく、マリアが鐘を鳴らした瞬間に聖騎士が剣と盾を携えその前に立っている。
それは緊急時にのみ発動する特殊行動だが前回…フェルディナンドが鐘を鳴らした時、聖堂はそれをしなかった。
ドームの中にいるのが女児ではなかった事もあるが聖女の誕生は緊急時に該当しないという認識があったのだ。
波の聖女エリアナが誕生したのははるか昔…当時を知る者はおろかその孫の代すら残ってはいない。
文献にのみ残された当時の様子によれば聖女の誕生は喜びで満ち溢れた『素晴らしいこと』で、緊急時にはあたらない。そう判断されたのだ。
その判断が、王女アンリエッタの暴走を許す事に繋がってしまった。
以降は表向きは興奮する信徒による混乱を防ぐ為として鐘の音は緊急事態のトリガーのひとつとなっている。
「皆、鐘の音を聞いたでしょう。
ここにいるマリア・テオドラ・ランティスはめでたくも神の娘…聖女マリア・テオドラとして目覚めました」
堂々と謳う大神官の声に参列者は歓喜の声をあげる。
しかし、一方でマリアの顔を隠すヴェールに困惑するような騒めきも聞こえてきた。
「これは大神官にのみ口伝で伝えられる聖女の証、波の聖女エリアナが聖堂に遺した秘宝『神秘のヴェール』です。
聖女として、一人の人として生きるマリア・テオドラの助けとなるよう授けました」
発動させられるのが光魔法を持つ者のみであれば、聖女の証といっても過言ではないだろう。
誰も見た事も聞いたこともない秘宝だが大神官の堂々とした口ぶりはそれが真実であると錯覚させる。
「さぁ、聖女の帰還に祝福を」
優しく背を押されたマリアは安堵を浮かべ、祭壇の下で待つ両親の元に駆け出す。
「お父様、お母様!」
「マリア!」
「マリアちゃん!」
アントニオが広げた腕は飛びこんだマリアをしっかりと受け止め暖かさで包み込み、笑みと共に目尻に涙を浮かべたミランダは何度も頬にキスをしマリアを祝福した。
昨日から知っていたミランダと違い何も知らなかったアントニオは感動から滝のような涙を流している。
「おぉ神よ!真なるグラダファよ!感謝します!
俺の娘は世界一可愛い上に聖女!最高だっ!」
雄叫びをあげたのはアントニオだけではない。参列者はマリアが出てきた瞬間から目を輝かせ、ある者は聖女の帰還を大声で祝い、ある者は連絡魔法で一族から聖女が出た事を報せ、ある者は跪きマリアへと祈りを捧げている。
幸福が聖堂の中に満ち溢れていた。
「…フェルディナンド殿、行かなくてもよろしいのですか?」
「其方こそ。一族の長として行ってはどうか」
訪れるかもしれない闖入者へ備える二人は背中で沸く人々の声に笑みを浮かべつつ、けして気を緩める事はない。
フェルディナンドは杖を、レオポルドは剣を。それぞれ手に馴染む愛用の品を握りながら扉を護っている。
「アレは貴方が?」
「さて、どれの事だかわからんな」
「そういえばエステファニア様はレース編みが趣味だったと聞いたことがありますね」
「中々の腕前だろう?」
「えぇ、素晴らしい作品です」
レオポルドがチラリと目を向けた先は、マリアとその顔を巧妙に覆うヴェール。
緻密に編まれたそれは経年劣化を装う為なのか僅かに変色しているものの、遠目からでもわかる美しい編み目と糸の光沢は材質はもちろん作成者の腕が一級品である事がありありと伝わってくる。
先代夫人、フェルディナンドの亡き妻がランティス邸に遺したものだ。
「……来たようですね」
俄かに、扉越しに喧騒が近づいてくる。
「恥知らずがまだいたとは、嘆かわしい事だ」
杖と剣を握り直し、二人は溜め息をつく。
沸き立つ民衆とは違う、怒号混じりの声は権力を持つ者の訪れを示唆している。
「判定の前にお帰り願いましょうか」
「うむ、それがよかろう」
テスパラルの洗礼式は洗礼の儀式が終われば終了という訳ではない。
洗礼で目覚めさせた、その体に宿る魔力の属性判定が待っているのだ。
「誰か、大神官に言付けを頼む。
処理をするから少し時間を置いてくれ、とな」




