45話
いいねやご感想ありがとうございます!
久しぶりの投稿だったのでどうかな、と思っていたので反応頂けて安心いたしました…。
ーーガラン、ガラン
大きく体をも震わせるような鐘の音にマリアの意識は引き戻された。
いったいどれほどの時間が経っているのか見当もつかず、咄嗟に目の前に立つ神官に目を向けると彼は微笑みと共にその場に跪く。
「よくぞご帰還くださいました、聖女マリア」
響いた鐘の音、そして父神との対話。
聖女として目覚めたマリアを大神官は恭しく迎え入れる。
「大神官様、そんな…」
自分の祖父ほどの年齢の男性に跪かれるなど経験がないマリアは狼狽えたが大神官にとってそれはごく自然なこと…対話を終えたマリアは明確に以前とは違う存在感を宿していた。
身体の内側から期待が溢れそうな、朝焼けのように無垢なそれは開花した魔力に由来する。
これまで感じた事がない神を思わせる魔力の奔流は大神官にとって平伏に値するものだ。
「……驚かせてしまいましたね。私としたことが、つい」
今この瞬間に立ち会えた奇跡に感謝しながらも、大神官は地面にしがみつきたいと叫ぶ膝を叱咤し立ち上がる。
たとえ神の娘であっても、マリア自身は今を生きる子供でしかない。
かつての大神官はフェルディナンドを己が信じる道に引き込もうと躍起になっていたが、それは彼の幸福には繋がらなかった。
どのような魂、魔力を持っていようが人は人であると、若かりし頃にはなかった寛容が今の大神官には確かに在る。
「あの、私どのくらい向こうにいたんでしょうか」
「まだ貴方が瞼を閉じて五分程度ですよ」
「えぇ!?」
「神の庭は人の世とは時の流れが異なりますからね…さ、これをどうぞ」
大神官はドームの奥の小さな棚から、箱を取り出した。
控えめな装飾が施されたそれはあまり大きくないが、角などは丸く削れ相当な年月を過ごしてきたと感じさせる歴史あるものだ。
「これは?」
「フェルディナンド殿が貴方を守る為に作ったヴェールです。
これを着けている間は誰も貴方の顔を正確に認識する事はできません」
「おじい様が…」
「光魔法によるものと言っていましたが、やはり彼は天才ですね」
箱を開けると白く柔らかなヴェールが収められていた。
大神官の手で被せられたそれはマリアの頭から顔をすっぽりと覆うが、まるで存在しないように薄く軽い。
着けている本人には頼りなさすら感じたが大神官の感心したような唸り声が充分に足るものだと示している。
「どう見えるのでしょう?」
「輪郭や目の色はわかりますが、顔立ちはなんとなくしか掴めませんね。
誰かに似ているような、どこかで見たような…誰もがそう思うだろう風に見えます」
「横から見ても大丈夫なのですか?」
「えぇ。どうやらヴェールを中心に顔の周りに魔術が作用しているようです」
マリアの顔を護るヴェールは昨夜の内にフェルディナンドが作成した魔道具だ。
光の反射を利用し有効範囲内にあるものの認識を歪ませるそれは、光属性を持ち優れた魔法技術を持つフェルディナンドにしか作成できないものだろう。
使用にも微量ながら光の魔力を使用する為、聖女であるマリアならば身に着けている間は常時発動するがそれ以外の人間にはただのヴェールでしかない。
「聖堂で秘密裡に保管されていた、波の聖女エリアナの遺物…という設定でいきます。
偉大な御方を利用するのはあまり褒められた行いではありませんが、彼女もまた聖女である事に悩んだ時期もあったそうです」
かつてテスパラルに誕生した聖女エリアナは平民階級の出身だった。
親に恵まれなかった彼女は洗礼後すぐに聖堂に入ったが、聖女として活躍する一方で衆目に晒され続ける日々に思い悩んでいた一面もあったと言われている。
そんな彼女が後世の聖女のために作った遺物となれば、マリアが身に着けることに異議を唱える者は少数だろう。
「マリア・テオドラ・ランティス」
「はい」
「栄光も苦難も、平穏も混乱も、すべてが貴方に降り注ぐでしょう。
しかし貴方は孤独ではありません。常に父なるグラダファがその傍らに寄り添ってくださいます。
そして貴方の周囲もまた、貴方を支えてくれるはずです。
貴方を愛するすべての人を信じ歩んでいってください」
「………はい!」
ヴェール越しでもわかるほどに瞳を輝かせ、マリアは頷いた。
そして振り返り、ドームの扉に手を掛ける。
ガラン、ガラン
未だ鳴り響く鐘の音の中、マリアは軽やかに聖女としての一歩を踏み出した。




