43話
いいねや評価ありがとうございます!
感想も個別の返信はできませんがありがとうございます!おじいちゃんについては今後のお話で深堀していきたいと思っていますので気長にお待ちください(*'ω'*)
「さて…」
大神官の声が緊張を帯びる。
その手の中にあるのはまだ若い、マリアが知らない葉をつけた枝が一本。
キラキラと滴る水滴は祈りによって作られた聖水だ。
「これより儀式をもってグラダファ神と貴方との縁を結びます」
神との縁を得て魔力が目覚めればもう戻る事はできない。
それでもマリアは不安に俯くことなく、両手を胸の前でぎゅっと組み瞳を閉じる。
今は後ろにおらずとも自分の背には確かに支えてくれる人がいるのだと、そう信じて。
「…この縁が貴方にとって希望へ繋がるものであらんことを」
祈りと祝詞の後にそっとマリアの頭上で枝が振られ、散った聖水の雫がマリアの内に秘める魔力に呼応しまるで冠を頂いたように淡い輝きを放つ。
床に落ちる事なく宙に留まるその雫はやがて霧散し降り注ぎ、マリアの身体へと輝きを移していく。
(この暖かさ…以前にも……そっか…サミリア様が懐かしんでいたのね)
降り注ぐ、熱と言うのも強すぎるような優しい暖かさ。
以前噴水の彫像から感じたそれが神の力だったのかと気付く。
神の娘であるサミリアにとっては懐かしく、傍にある事が自然なものだったのだろう。
自らの意思で手離したとしても心地よさを覚えるほどに。
マリアの身体に染み込み、奥へ奥へと深く水が布に滲んでいくようなその感覚はマリアの意識をも巻き込んでいく。
(…何か、見える…?)
閉じた瞼の裏側に見覚えのない場面が浮かぶ。
それに気付くと同時にマリアの意識は体から完全に切り離された。
『……っ…!?』
何もない、どこまでも広がる空にマリアは放り出された。
淡い色の空に四方を囲まれたマリアだったが、その周囲には空色に混じってチカチカと光るものが無数に浮かんでいる
それは、薄いガラス板の破片だった。
実際にガラスかどうかは不明だがマリアの知る中で一番近いものは氷で二番目はガラス…もしこれだけの氷が散らばっていれば寒さを感じる筈。
それならばガラスと考えても問題ないだろう。
反射し様々な色に光るガラス片は大きさも形も様々で美しく幻想的な光景だったが、ふとマリアはガラス片の一枚に自分を見つける。
近づき覗き込むとその中にはやはりマリアの顔が映っていた。
ただのガラス片であれば今この瞬間のマリアを映すはずだが、それは確かにマリアとわかるものの違和感を覚える…いや、まったく見覚えのない自身の姿だった。
『…なに、これ』
大神官が着ているものとよく似た白い法衣に包まれる身体は女性らしく成長し、腰より長く伸びた髪はゆったりと括られている。
小さな子供達に囲まれたその表情は慈愛に満ちていて、見るだけで人を安心させるような微笑を浮かべている…今のマリアではきっとできない、落ち着いた聖女の微笑みだ。
十歳のマリアよりもミランダに近い年頃の、少女を飛び越え大人の女性となった自身の姿に驚いているマリアの目の端で別のガラス片が光る。
『これも、これも私…?』
光に誘われ覗く、全てのガラス片に違うマリアが映っていた。
平民の服装でアンジーと共に花屋で働くマリア
美しい男性にリードされ華やかなドレスで舞い踊るマリア
騎士服で細身の剣を振り屈強な男性騎士を打ち倒すマリア
古木でできた杖を振り魔獣を使役するマリア…そのどれもが今のマリアよりも成長した姿だ。
『これは一体…』
『それらは其方の歩む道行』
自分は何を見ているのかと困惑するマリアの横に、いつの間にか何者かが立っていた。
そちらを向いても表情どころか朧気な全体の輪郭しか捉える事はできないが、その何者かの視線がマリアに注がれている事だけはハッキリと認識できる。
そしてその視線が、何者かが放つ気配が、大樹に身を預けているような安心感を与えることも。
『…貴方様は…』
人ならざる、大いなる存在を肌で感じつつもマリアは恐れる事はなかった。
『よくぞ戻った、今代の娘よ』
『……おとう、さま』
神と並び立つこの状況に、普段のマリアならば畏れ多いと頭を垂れていたかもしれない。
しかし自らの内にある女神の魂の影響か、マリアはそっと…それが当然であるかのように手を伸ばしグラダファの腕の中へと収まった。
肉体を離れ意識のみのマリアは魂が持つ女神の側面が強く出ており、その父神である彼にもまた強い影響を与えられたのだろう。
『…恋しい我が妻から生まれし愛しい娘よ
再び其方を抱くこの時をどれほど待ったことか…』
マリアにサミリアの記憶はない。
グラダファの妻、サミリアの母にあたる女神はその名すら聖書にも書かれていないので知識としても何も持っていないが、声に滲む寂寥から既に遠い存在である事が予想された。
グラダファは今、神の国の長い時を一人で過ごしているのかもしれない。
『…おとうさま、申し訳ありません…』
『…いいや、これは捨てきれぬ我が弱さ、我が未熟だ。
其方は其方の在り方を貫き、そこに何の罪もない。
まして他の神との誓約により我らが相まみえるのは今この時のみ…無為に過ごすわけにはいかぬ』
そう言いつつもグラダファはマリアを手離さず、抱き上げたまま正面へと向き直る。
周囲にはまだ星のようにガラス片が瞬いていた。
『おとうさまは、先ほどこれが私の道行と仰いましたが…それはどういうことなのでしょう?』
『言葉の通り、人として生まれた其方が年を重ね向かう道の先だ。
只人の子であれば見る事も叶わぬが、其方の神の目で見れば縁が繋がり、その手に取ればより確かなものとなる』
マリアに限らず、洗礼を受ける者は皆この場に来てグラダファの祝福を受けるのだが殆どは姿を拝する事も言葉を聞く事もできない。
女神の魂を持つ代々の聖女のみがグラダファと対話し、そして星々のように浮かぶ未来に繋がる機会を得る事ができるのだ。
そして今のマリアは先ほど見たガラス片の中の未来と縁を繋いだことになり、聖女や平民、貴族や騎士・魔術師になれる可能性を得たということになる。
『今この地なれば如何なものであろうとその手に掴み望みを叶える事ができよう。
…裂けた傷に落ちた記憶を戻し、座るべき椅子を空ける事も』
『それ、は』
裂けた傷という言葉の意味を理解することはできなかったが、『記憶』と『座るべき椅子』はマリアに生母リナリアの存在を思い出させるには十分だった。
ここでマリアが、マリアベルとして血の繋がった家族と共に過ごす未来を手に取れば確実にそこへ至る事が出来る。
かつて渇望の中にいた少女にとっての希望を、今ならば。