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42話

いいねや評価ありがとうございます!!



三寒四温と言いますか、気温の浮き沈みが激しいこの頃ですが皆さんはどうか体調崩されないようご自愛ください。



マリアベルだった少女マリアは今日、洗礼を迎える。

思いがこもった、純白でありながらも華やかなドレスを身に纏い自身の足で大神官が立つ祭壇へと一歩一歩進む姿に不安や怯えは見えない。

テスパラルでももう少し幼い年齢で迎えるのが一般的な洗礼だが、養子として迎えられた事情は既に広まっている。

その上で、レオポルドとアントニオが選び招いた親族も嘲りを見せるどころか期待の眼差しを向けている。


信仰に篤いテスパラルの聖堂は大きく、その内部も広い。そして信仰心の潔白を示すように壁や床だけでなく祭壇や信徒が腰かける長椅子まで白い石造りとなっている。

壁の高い箇所にある幾つもの窓から降り注ぐ陽光がその白さをより鮮明にさせ、祭壇へと続く道へ敷かれた絨毯の赤と金…テスパラルを表す二色を深く心に印象づける。

外の喧騒から一線を画す光景は荘厳の二文字につき、マリアはその表情を引き締めた。


集中し、キョロキョロと周囲を見渡す事なく前へと進むマリアは気付く事はなかったが親族席とは離れた位置…礼拝のため訪れた者達の中には魔法薬と眼鏡で変装した実の祖父母、グラウスとフェミアの姿もある。

二人は孫娘の晴れ姿を不自然にはならない程度に見つめ、浮かびかける涙を深く息を吐きだす事で堰き止めるのに必死だ。


両親をはじめとする多くの者に見守られながらマリアは祭壇へと通じる段差の手前、きっと子供が間違えないようにという配慮から目印として付けられた薄い線で止まり、跪く。

神へ祈りを捧げる為の姿勢はカーテシーと違い膝が床に着くほどに腰を落とし顔を伏せるもので、何度も練習してきたマリアはその甲斐あって正しく、そしてドレスの裾のまで広がる整った姿勢を取る事ができた。


「父なるグラダファの恵みにより生まれた新たなる若芽よ。

 健やかにこの日を迎えられた事への感謝を、自らの名で捧げなさい」

「大いなる父神、偉大なるグラダファ

 命を与え、今日まで守り給うた愛への感謝を、アントニオとミランダが娘マリア・テオドラが捧げます」


大神官の低く穏やかな声に促されたマリアは一度だけ深く呼吸を整えると、より顔を下げグラダファへと名を捧げた。

グラダファ教において全ての民はグラダファ神が植えた芽であり兄弟であるとされ、御前でその名を名乗り初めてその資格と祝福を得る。


そして名乗りが終わると、大神官は事前にアントニオが用意していた名前の書かれた紙を掲げた。


「ここに神の祝福を得た、若き芽の誕生を認める。

 我らが末の妹マリア・テオドラ・ランティスに祝福を!」


わぁ、と参列者から歓声が上がった。

この瞬間マリアはテスパラルの民、グラダファの信徒として認められた事になる。

リャンバス人として生家フィーガス家の一員にはなれなかったが、今のマリアには後ろで見守ってくれる家族がいて、正門から迎えてくれる家がある…れっきとしたランティス家の娘となった。


高揚する気持ちのまま振り返り、父母に駆け寄りたい衝動を抑えながら姿勢を保つマリアに声をかけ、大神官は祭壇の更に上へと進んでいく。


グラダファ教の聖堂が広い理由は多くの信徒を迎える為だけではなく、祭壇の奥にある石造りのドームのスペースを確保する為だ。

これは聖堂ができるよりも前に建てられた、原初の祭壇と言われている。

壇上の祭壇も日々の礼拝など日常的な祭儀を行うには不足ないが、洗礼や婚儀など神への誓いや選別を目的とする場合はこのドームに入る必要がある。


大神官に伴われマリアがドームの中に入ると後ろで大きな金属音が響く。恐らく閂が掛けられたのだろう。


「すみませんが、念のためこちらからも鍵を掛けますね」


内鍵と外鍵、どちらも掛けられ完全な密室になったドームの中は凡そ大人が五人入ればいっぱいになってしまう程度の広さしかない。

しかし今は大神官とマリアの二人だけなので多少近いと感じる事はあっても快適だった。


「マリア・テオドラ。改めてこの日を迎えた貴方に寿ぎを」

「ありがとうございます、大神官様」

「これより貴方の内に眠る魔力を目覚めさせます。

 そしてフェルディナンド殿の言が正しければ…貴方はその瞬間、グラダファ神の娘としても目覚める事になる」

「大神官様はおじい様の言葉を信じてらっしゃるのですか?」


大神官は問いかけるマリアをじっと見つめる。

それは疑いの眼差しでもなければ期待を孕んでいるでもない、穏やかにそこにあるものを見つめる目だ。

そしてそんな意図を見定めんとするマリアの視線に大神官は微笑む。


「聡い目をしていますね…きっと素晴らしい聖女となり、貴族となることでしょう」


マリアは洗礼を受ける一般的な子供よりもやや年嵩ではあるが、まだ十歳。

しかしその目は生家で様々な感情を汲み取る事を強いられてきた結果、同じ年頃の少年少女よりもずっと理知的な輝きを持っている。

もし年相応の子供であったなら大神官もそれに見合った対話をする必要があったがマリアの瞳やその受け答えの落ち着きはその必要がない事を物語っていた。


「フェルディナンド殿は理解できない部分もありますが、邪な偽りを好む方ではありません。

 そして、本来なら神職に就く私にだけは告げたくなかったでしょうに…固有魔法の情報すら開示した彼を疑うのは人道にもとります」

「…今朝、母から教えられました。

 固有魔法を持つのは聖女の資格の一つであり、今のおじい様は条件の全てを満たしている、と」

「えぇ、彼は洗礼の時点で聖堂の鐘を鳴らし光の魔力を持っていました。後天性であっても固有魔法が発現した時点で聖女…いえ、聖人だと認められるべき人物です。

 そう…なので私は最初、貴方が聖女であると聞いた時…彼の非道さに憤ってしまいました」

「え?」


憤る…そんな感情とは無縁にしか見えない大神官の言葉にマリアは目を丸くした。

タハハと苦笑いを零す彼は小さく謝った後言葉を続ける。


「いえ、全て私の勘違いなのです。

 かつての私はフェルディナンド殿が聖堂に入るのを当然と思っていました。

 聖堂の鐘を鳴らせるという事はグラダファ神に認められたという事なのだから神職に就き役目を果たすべきだ、と既に子爵位を継承していた彼を追い回していた時期もあります」


大神官はかつての自身を顧みたのか耳をやや赤くし笑っている。

敬虔な信徒と言えばそうだが、相手の立場を考えずに自身の正義感を押し付けるのは褒められた事ではない…けれど、マリアは昨日のフェルディナンドの様子から大神官への嫌悪を感じる事はなかった。

きっと互いに思う所はあっても友情を壊すには至らなかったのだろう。


「しかし彼は私の独りよがりな言葉に耳を貸さず、聖堂と距離を置き聖人ではなく一人の貴族として生きてきました。

 そうまでして聖堂を避けていた彼が昨夜突然やってきて、固有魔法で鑑定したら孫娘が聖女だったから対策をしろと言ってきたのです。

 だから私は短絡的にも、自分可愛さに孫娘を聖堂に売りに来たのかと考えてしまった」

「そんな、おじい様はそんな方ではありません!」

「えぇ、私が浅はかでした…フェルディナンド殿には彼なりの正義があるというのに。

 貴方の抱える事情も私の胸に留める事を約束し聞きました…苦労の末に安息を得た貴方がこれ以上苦しむ事のないよう、私も出来る限り協力するつもりです」

「大神官様…でも、私は…」

「生まれた場所が定められた場所とは限りません。

 歴史に名を残す英雄が生まれた土地を離れ旅の果てに栄光を手に入れたように、貴方には貴方に相応しい場所がある」






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― 新着の感想 ―
お祖父様は後発とはいえ聖人の条件を満たしていたようですが、同時代に複数の聖人・聖女が存在する事はありえるのでしょうか? 何かの理由でお祖父様がイレギュラー?? 「聖人に近い」お祖父様の孫とされている…
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