41話
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お話も投稿もスローペース気味ですみません…次はいよいよ洗礼式!です!
「アントニオは寝たのか?」
使用人も含めたランティス邸で暮らす者の大半が寝静まる時刻、フェルディナンドは音もなく開かれた客間の扉を見やる。
「はい、明日の休みの為に訓練を倍してきたそうですから」
「相変わらずだな、あやつは」
「あの人なりにお義父様に近付こうと必死なのですよ」
訪ねてきたのはミランダだった。
寝間着とはいかないもののラフな服装で現れた彼女はフェルディナンドが用意していたテーブルにつく。
今でこそ舅と嫁という関係ではあるがフェルディナンドはミランダが現役騎士だった頃の師にあたり、アントニオも薄々気付いてはいるだろうがこうした密やかな場は数えきれないほど重ねてきた。
とはいえそれは、互いの愛する者を裏切るようなものではない。
フェルディナンドは常人よりもはるかに魔術に長けているだけでなく、己が生まれ持った力のせいで狡猾である事も求められてきた。
並みの貴族であったなら必要のない苦労を幾度となく被り、その中で生き抜くためには善性を捨てざるを得なかった場面も多々ある。
世間は多くの逸話からフェルディナンドを様々に呼ぶがそれらさえも氷山のほんの一角に過ぎないのだ。
全てが明らかになれば彼だけでなくその息子もいらぬ苦難を強いられる…アントニオが貴族でありながら裏表もなく実直な性質のまま育ったのは、フェルディナンドが愛する息子を守り抜いた証左とも言えるだろう。
そんなフェルディナンドの暗部を知る者の一人がミランダだった。
とはいえ彼女が全てを知っているわけではないし他に知る数人もそれぞれ異なる暗部を知っているだけに過ぎない。
騎士学校在学中にアントニオからプロポーズを受けたミランダは、騎士団に入団すると共に当時副騎士団長だったフェルディナンドの側近として置かれた。
これは数少ない女性騎士の身を守る為だと言われているが、実際は彼女を後継者の一人として決めたからに他ならない。
当時から、アントニオは騎士ならば申し分ない素養を持っているが貴族として三流だとフェルディナンドは考えていた。
他国と比べれば比較的平和ではあるものの微笑みながらテーブルの下で足を踏みつけ合うのが貴族というものだ、アントニオをそう育ててしまったフェルディナンドにも非はあったが彼はあまりに向いてなさ過ぎた。
酒に弱く涙脆いのによく笑い、言葉の裏の半分も読もうとしない母譲りの善人。それがアントニオだ。
それを補えるよう、伴侶となるミランダを常に伴い騎士だけでなく貴族の生き方を叩き込もうと考えたのだ。
たとえ一時期とはいえ王太子妃候補として名が挙がったミランダは野心溢れる大人に囲まれてきたし、結果的に姉が王太子妃になった事で手の平を返された場面も少なくない。
そういった経験をしてきた彼女ならばとフェルディナンドから見込まれ、そしてミランダ自身も受け入れ…アントニオと共に後継者になった。
本来ならアントニオに話すべきだろう事をミランダにのみ話すのもそう言った背景からだ。
「明日の洗礼式は予定通りで?」
「あぁ、騒ぎになるだろうが構わん。
洗礼の儀を行う間は誰であろう神官と本人以外は立ち入りが禁じられているからな」
「…それは本当に守られるのでしょうか?言いにくいのですが、お義父様の時は確か…」
「既に手は打ってある」
マリアが聖女である事を見抜き本人に伝えた後、フェルディナンドはすぐさま行動を起こしていた。
かつて自分が味わったような思いを二度と繰り返させぬよう転移魔法で聖堂に飛び、必要な手配を終えつい先ほど戻ってきたところだ。
「今の大神官は私の友、まぁアイツは聖堂に入らん私が気に食わんらしいが…それだけグラダファ神を信仰しているとも言える。
かつて私の洗礼が台無しにされたのもよく覚えていたから、一晩あれば十分備えるだろう」
「そうですか、よかった…」
ミランダはほっと息をつく。
フェルディナンドはかつて王家に狙われた。
それは彼が今のように強者として名を馳せるよりもずっとずっと前…今のマリアより幼い頃に起こった、洗礼式での事件がきっかけだった。
聖女とは『サミリアの魂を持つもの』だが、マリアのように鑑定魔法で父としてグラダファの名が確認された事はない。
それは勿論鑑定魔法がフェルディナンドしか持たない故なのだが、ではそれ以前どうやって聖女として判断していたのかというと、洗礼式での判定だ。
洗礼式は殆どの者にとってただの通過儀礼に過ぎないが、聖女を探す為の判定も兼ねている。
聖女と判定を受ける基準は次の三つ…
①聖堂の鐘を鳴らすこと
②光属性の魔力を持っていること
③固有魔法を持っていること
これらの基準を満たした者は身分に関わらず聖女であるとされる。
そして幼いフェルディナンドは…光属性を持ち、聖堂の鐘を鳴らしてしまった。彼は三つある基準の内、二つを満たしてしまったのだ。
聖堂は本来王家であってもその権力を行使する事が許されない聖域とも呼べる場所なのだが、フェルディナンドが洗礼で鐘を鳴らしたのを聞きつけた王家…今の国王の姉にあたるアンリエッタ王女がすぐさま大勢の騎士を引き連れ、聖堂へとやってきた。
聖堂と王城は馬を走らせれば数分の距離にあり、まだ途中だったフェルディナンドの洗礼式はアンリエッタと騎士達の乱入によって中断せざるをえなかった。
まだ子供だったフェルディナンドにとって初めての公の場である洗礼式を滅茶苦茶にされたのはショックが大きかっただろう。
ただ、彼の本当の苦労はここからだった。
既に有力貴族の子息と婚約し輿入れまで秒読みというタイミングのアンリエッタだったが、彼女は弟…現国王アダルベルトが王太子に指名されてもなお王位に執着していた。
テスパラルの女王になるのは己だと強く信じた彼女は王太子の座を弟から取り戻す為に聖女を駒として自身の手元に置こうと聖堂に馬車を走らせてきたが、鐘を鳴らしたのが男子だと知るとすぐに自身と婚約するよう命じた。
フェルディナンドは当時七歳、アンリエッタは十歳上の十七歳。
無論、いくら王女と言えど既に婚約者がいる妙齢の女性と洗礼したての少年の婚約が認められるわけはない。
それにフェルディナンドも当時は固有魔法を持たず、聖女に近いがその資格を持たないと聖堂からも認められている。
父親である前王はアンリエッタを諫め、時には厳罰すら下したが彼女と彼女の母である側妃は聞く耳を持たなかった。
固有魔法がなくとも鐘を鳴らし光魔法を持っているのなら王家にとって価値がある、王配に相応しいと言って憚らず幾度も暴走し…その結果フェルディナンドには多くのトラウマを植え付け、社交界に王家の醜態を晒し続けたのだ。
「随分と細くなったが、あの手はまだ伸びるらしい。
しぶといものだ…王家の血というものは」
アンリエッタは現在、王城から南の保養地に居を移している。
フェルディナンドを手に入れられないまま適齢期を過ぎた彼女は結局女王となる事もなく、本来得られる筈だった貴族夫人の地位も失い王女のままだ。
母である側妃が亡くなったと同時に病にかかり僅かな人員と共に保養地に移ったのだが、未だにフェルディナンドの元には微かな蠢動の情報が伝わってくる。
「今の王家には男子が三人いる…マリアをあのような目に遭わせるわけにはいかん」
「その通りですわ、それにマリアちゃんは…」
「あぁ、迂闊に顔を晒せば国際問題になるだろう」
マリアの顔は生母リナリアと瓜二つ。
王族や高位貴族の中にはリャンバスの社交界で彼女と顔を合わせた者もいるだろう…もしマリアとの相似に気付かれれば、二つの国を巻き込んだ大問題に発展する事は間違いない。
「顔については友へ役立つものを渡しておいた。
時間がなかったせいで急拵えだが少なくとも目くらましにはなる」
「ですが、いずれは国王陛下にお話しなければ…」
「あぁ…領地に戻る前に一度謁見を申し込もう。
事が事だ、選択によっては戦争に発展しかねんが…陛下ならその中でもマリアの気持ちを考慮してくださる筈だ」




