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39話

いいねや評価、ブックマークいつもありがとうございます!

感想も個別のお返事は控えていますがとても嬉しく感じております。


誤字報告も気を付けてはいるのですが中々なくならず…いつも助かってます;


(私のせいで、また何かよくない事になる)


そう決め込んでいたマリアだったが、顔を上げた先にあったミランダの表情にはハッキリと喜色が浮かんでいた。

頬を上気させ、コバルトブルーの瞳はキラキラと輝き口元は堪えきれない喜びに緩み…まるで最上の絵画を見たかのようなその表情のまま、ミランダはマリアを抱き寄せ、額に頬にと口付けを落とす。


「お、お母…様…っあの、ちょ…!」

「マリア!あぁ私の可愛いマリア!これ以上私達を喜ばせてどうするつもりなの!」

「えっ…え、!?お母様落ち着いて…!」


チュッチュッとリップ音を浴びせかけられ目を白黒させるマリアに苦笑いを浮かべ、フェルディナンドは制止も聞かずテンションを上げ続けるミランダへ指を振った。

鎮静効果がある魔術だろうか、みるみる内にミランダの腕から力が抜け熱狂が薄れていく。


「あ、あら…?」

「落ち着きなさい、はしたない。

 まぁその気持ちもわからんでもないが…私も目を疑ったし三度確認をした。

 しかし他の名前が真実である以上、その御名も真実だろう」

「おじい様、いったい何のお話なのですか…?」


展開に全くついていけないままのマリアベルに、フェルディナンドは小さなマリアベルの頭上…何もない空間をじっと見つめた後深く息を吐いた。


「マリアベルは、この世界を創り給うた大神については知っているだろうか」

「はい、グラダファ神ですよね?」

「あぁ、はるか古に天上より降り立ち人間や様々な命を創造した偉大なる神だ。

 そしてお前にとって…お前の魂にとっての父にあたる」

「……は、い?」


突拍子もないフェルディナンドの言葉にマリアは首を傾げる。

敬虔な信者が多いテスパラル特有の言い回しだろうかとも思うが、フェルディナンドはその考えを呼んだかのように首を横に振る。


「暗喩でも比喩でもない、言葉の通りだ。

 ミランダ、聖書を持ってきなさい」

「はい、すぐに」


立ち上がったミランダはマリアに微笑みかけると足早に部屋の出入り口へと向かった。

フェルディナンドはその背がドアの向こうへ隠れた事を確認し、一口お茶に口をつけるとマリアへ問いかける。



「――さて、あのメディアの子の主はマリア、お前で間違いないかな?」

「っ…は、はい」


フェルディナンドは豊富な魔力を持ち術にも長けた人物だ。

転移や鎮静、そして鑑定魔法…自由自在に魔術を操る彼ならばこの家に張られた結界にも気が付くのは必然だったのだろう。


本来人の営みの中にない、脅威と判断されるべき魔力が外に漏れないように屋敷全体を覆う結界…その存在に気付いたのなら、それが何を隠しているのかも気付かないわけがない。


マリアに忠誠を誓ったメディアの子、エリヤ。

漆黒の髪と瞳を持つ美しい少年は今、この屋敷でマリアの為に教育を受けている最中だ。

平民(本当は貧民だが)とは思えない程聡明で弁えた彼はランティス家の使用人の間でも評価が高く、異例の速さではあるがマリアが洗礼式を終えたと同時に見習いを脱し、専属の侍従になる事が内定している。


「…おじい様は、どうしてメディアの子をご存じなのですか?

 高位貴族のご当主しか知らない事だと聞いています」

「その通りだ、メディアの子は彼らの平穏の為秘された存在…今の世で知る者は限りなく少ない。

 私も本来なら知るべきではなかったのだが、自衛の為に先王陛下より教えられている」

「自衛?」

「それについてはミランダがいても話せる事だ、また後程話そう。

 そして本題に入るが、メディアの子を従えるお前はそれだけでも稀有で得難い、少なくともランティス家にとっては益になる存在だ。

 だがこの家やお前の身に流れる血、魂の繋がりが、もし万が一お前を苦しめる時が来たら…メディアの子の手を取り、全てから逃げなさい」


ドクン、とマリアの小さな心臓が跳ねた。

フェルディナンドの赤い目は真剣でいて、そして哀れみが籠っていた。

将来…もしマリアの抱えた真実が露呈すれば彼女はたちまち居場所を失い、苦境に立たされることになる。

まるでその先にある苦境を知っているかのようなフェルディナンドの眼差しにマリアは胸元についたブローチを握り締める…アントニオが刻んだ海亀と花を、己を守るように。


「メディアの子は主を最優先に守るだろう。

 相手が国だろうが、神だろうが主を守る為なら刃を向ける事を厭わない生き物だ。

 上手く使うといい…お前にはそれを使う事が()()()()()()のだから」


フェルディナンドの目に、羨望と後悔が滲んだ。

それはほん一瞬で、気付かない者の方が多いほどの機微だったがマリアの目は確かに捉え、そしてまた捉えている事を捉えられた。


「そう見つめないでくれ…私には許されなかった、それだけの事だ」

「…ごめんなさい、おじい様」


これ以上を問いかけるのは、フェルディナンドを傷つける事になる。そんな予感にマリアはさっと視線を逸らす。

フェルディナンドは孫娘の拙い配慮に笑い皺を崩さず、穏やかな表情のまま胡桃色の髪を撫でた。





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