38話
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やっとちょっとずつ話が進んできました…ここからはいよいよ覚書すらなくなるので更新ペースは読めませんが、頑張りますのでよろしくお願いします!!
アラニスの、燃える目がマリアを見つめている。
その目は確かにマリアがリャンバス貴族…それどころかフィーガス家の出である事も把握していると告げていた。
何もかも、話す筈だったとはいえこの時点で既に秘密を知られている恐怖感にマリアは体を強張らせ歯を強く噛みしめる。
隣に座るミランダも咄嗟にマリアの手を握ったが、その手の温度は低く、小刻みに震えている。
どうして、と問う事すらできないマリアの様子にフェルディナンドは自身の顎を摩ると小さく謝罪の言葉を口にして、肩をすくめた。
「迂闊な発言だったな。そんな顔をしないでくれ、可愛い孫娘よ。
私は確かにお前の生まれを知っているが、それは私の目が良すぎるだけのことだ、過度に脅かすつもりはなかったし今後敵になるつもりもない」
「…目…です、か?」
「そう、目だ」
フェルディナンドは自身の目を数回瞬かせ、ひと際大きく見開いて見せる。
しかし、瞳孔も虹彩も常人と変わらない。少なくともマリアとミランダにとってはごく普通の目にしか見えなかった。
「ははは、見た目は変わらないだろう?
だが私の目は生まれつき人が持つ魔力が見えていてね…アントニオに家督を譲ってからは暇になったし、暇つぶしに研究してみたら魔力だけではなく人や物が持つ情報まで見えるようになってしまったんだ。
そう大した情報が見えるわけでもないが便宜上、鑑定魔法とでも呼ぼうか」
「魔力が見える事も初耳ですが…そんな魔法、聞いたことがありませんわ」
「あぁ、魔力が見えるのも鑑定も私の固有魔法だろう。大した使い道もない魔法だがね」
「ではっ……い、いいえ…そう、なのですね…」
固有魔法、という単語にミランダは口を開きかけたがフェルディナンドの明るくはない表情に言葉を続ける事を止めた。
「まぁそんな話はさておき、由緒正しきリャンバス貴族であるフィーガスの姫が何故我が家に?
レオポルドの嫁御がかの家の出身だが、当代のフィーガス家の娘は一人と聞いている…まさか大事な一人娘を手放したわけではあるまい」
「マリアちゃんは確かにフィーガス侯爵家の令嬢です。
けれど…」
本当にすべてを話してもいいのか…最終確認のような、揺れるミランダの視線にマリアはその目を見つめ、迷うことなく頷いた。
了承と共に娘からの信頼を感じたミランダは改めてまっすぐにフェルディナンドを見つめる。
そして、マリアベルとしてフィーガス家に生まれた事や置かれていた環境、祖父母による保護からランティス家への縁づきを語った。
フェルディナンドは『生母が求めていた存在として生まれなかった故の不遇』という説明にやや訝し気な表情を浮かべたものの大方は頷きながら話を聞き、そしてミランダが説明を終えるとマリアへ労いの言葉をかける。
「苦労をしてきたようだな…辛い過去だろうに、よく打ち明ける勇気を持ってくれた」
「お父様やお母様がその勇気をくださいました」
「うむ…しかし、今の話であればなるほど、やはり私の目は間違いなかったようだ」
「おじい様の目には私はどんな風に見えているのですか?」
「世界の見え方自体は特に変わりない、が、鑑定した者の頭上に情報が刻まれたガラスのようなものが見える。
情報も本人の名前と親の名…もう少し魔力を込めれば曾祖父までは遡れるが、あとは生年月日程度の単純なものだ」
思わず自身の頭上を見上げ手を振るマリアと、横から手を伸ばすミランダの様子にフェルディナンドは大きな笑い声を上げる。
どうやら領地での研究の際、従者を対象に実験と説明をした所同じような反応をしたらしい。
「やはり皆同じように動くのだな…アントニオにも後で話してみるとしよう。
さて、話は戻るが私の鑑定魔法によるとマリアは名前も親の名も人より多く持っている。
アントニオとミランダの娘マリア・ランティス…そしてアベルとリナリアの娘マリアベル・フィーガス…おや?そう考えると生まれ持った血筋だけではなく本人の意識によって加わるということか、これは新しい発見だ!」
その内自分も祖父に加えられるかもしれん、そう言って目を輝かせるフェルディナンドにマリアは少し考えて肯定するように微笑んだ。
脅かされ怯えはしたものの、その理由も教えられ受け入れる姿勢をとられた今、少なくともマリアから敵対の意思を見せるべきではない。
フィーガスの祖父母と同様の関係性が築けるかはわからないが、マリアが子爵家の中で生きていく為にはフェルディナンドとも祖父と孫として付き合っていくのが賢明だろう…勿論、そういった打算の隣には彼の善性を信じたい気持ちもあるのだが。
「私の事情でお祖父様を利用する形になってしまった事、本当に申し訳ありません」
「なに、爺の遊びが役に立ったなら何よりだ。これほどうってつけの盾もない……これからも思う存分使うといい」
「ありがとうございます、お義父様。
それで…事情も事情ですし、今後マリアちゃんは極力他国の貴人が参加される場からは遠ざけようと考えておりますので、どうかお義父様も」
「それは無理だな」
大々的な式典や夜会には連れ出すな、そう願おうとしたミランダをフェルディナンドはスパッと切り捨てる。
「何故です?義務となるのは伯爵家以上…子爵家に参加の義務はない筈でしょう」
「私が連れ回さずとも、デビュタントを終えればすぐ王家直々に招かれる事になるだろう」
「王家直々…?」
「どういう事ですか、お義父様」
テスパラルは国土が広い分、爵位を持つ貴族家もそれなりに多い。
特に男爵・子爵は功績を上げた平民への褒賞として一代限りで与えられる事もある為、貴族家の名鑑に名前がない家もある。
(ランティス家はアラニス家の分家として記載されているが)
建国記念祭など年に数回行われる国家行事への参加義務もミランダが言う通り伯爵位以上…子爵家の、それもまだ継いでもいないマリアが直接招かれるなどあり得ない事だ。
「………マリアが持つ親の名は4人だけではない。
恐れ多い事だが、我が家など到底並び立てぬ偉大なるお方の名も刻まれておるのだ」
「っ…まだ、何かあるのですか…?」
マリアは、フェルディナンドの言葉に顔を曇らせた。
生家からランティス家にやってきてようやく落ち着いたというのに、まだこれ以上自分の血で揉め事が起こるのか…不安とやるせなさにギュッとワンピースの裾を握りしめる。
その隣で、ミランダはマリアの身体を支えながらフェルディナンドを見る。
侯爵家の生まれとはいえ奔放な性質を持つフェルディナンドが敬意を払う相手はそう多くない。
君主たる現皇帝と国母たる皇后、若き頃に忠誠を誓った先帝夫妻…そして己を育てた両親、祖父母と数人の師。
皇太子といえど冠を頂くまではただの子供、公爵位を持った相手であっても技を比べれば自分が勝ると言って憚らない、不遜とも言える姿勢を知っていたミランダは、フェルディナンドの真剣な表情に息を呑み、そして答えに辿り着いた。
「まさか、その名…いえ、御名はもしや…!」
自らの膝を見つめ俯いていたマリアはミランダの震える声に顔を上げる。




