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36話

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今回はマルシオ回です。





テスパラル王都に存在する国立騎士学校は最長五年の全寮制が学校だ。


才能や努力、将来に続くような縁の有無によって卒業までの年数は変化するが概ね三、四年で卒業し自身の選んだ場所で騎士見習い、または訓練兵となる。

(身体的な理由で脱落する者や自身の適性を見直し進路を変える者も一定数存在するが)


入学した者は騎士候補生となり、在学期間を厳しい規律の中で暮らす事で精神を鍛えると共に、訓練で剣を交える仲間との間に連帯感を持たせる為に敷地内の寮で共同生活を送っている。


しかし、全寮制の目的はそれだけではない。


騎士となる者の多くは貴族家の子息だが中には厳しい試験を勝ち上がった平民出身者の姿もある。

そんな中であっても騎士として護国の剣を持つ者の中に差別意識があってはならないのだ。


『守るべき民を下に見る者が騎士を名乗る事を禁ずる』

かつて波の聖女エリアナと共に戦った初代騎士団長の言葉から作られた規則は今も騎士学校の精神的な支柱となっている。


学内では誰であっても一人の騎士候補生として平等に扱われる実力社会。王族であろうと孤児であろうと同じ部屋で同じ食事を摂り、同じ水で洗濯された揃いの制服を身に着ける。

勿論校外や一部式典ではそれぞれの身分に相応しい振る舞いが必要とされるが、候補生として寮の中にいる内は皆同じ立場で過ごす事が義務付けられている。


しかし、貴族家の子息として生を受けた者の中にはそれに不満を抱く者も少なくない。


多感な時期だからだろう、不満を持つ者は毎年のように現れるし、勿論大抵は教官の指導により時間をかけて軌道修正されていくのだが一方で指導すらも受け付けず己の考えのみが正解だと進み続けてしまう場合もある。

そしてそれほど捻じれ固まった思想を持つ者は周囲にも己を伝播させてしまうケースが非常に多い。


貴族子息たる者、平民と同じ環境にいるべきではない。騎士学校の制度は間違っている…今まさに、ある者を中心に一部の候補生の間で染まりつつある思想だ。



この春に入学したマルシオ・アラニスも、その一部の候補生の中にいた。




「父様!突然休学とはどういうことですかっ!」


昨日、マルシオは学長に呼ばれ休学に伴う寮からの一時退去を告げられた。

剣を振るう訓練が日常的に行われるので怪我による休学も珍しくはないが、マルシオはいたって健康であり休学するような理由に心当たりもない。

学長にも間違いではないかと言葉を重ねたが『保護者からの申し入れによる休学』だと返され、マルシオは馬車を走らせ生家へ…父の元へ怒りを露わにやってきた。


「学長から説明があっただろう、もう荷物をまとめてきたのか?」


レオポルドは書斎で領地に関する報告書に目を通しながら横目でマルシオを見る。

これまでレオポルドはマルシオやルカの将来について否定する事はなく、種類は違えど騎士を志す二人を父親として応援してきた。

それがどうして突然何の報せもなく休学などするのか…マルシオは不満を隠す事無く父を睨む。


「荷物を纏める必要などない筈です!

 どこにも不調はないし、休学の理由はありません!」

「………マルシオ」


レオポルドは読んでいた報告書を机に伏せ、立ち上がる。


熊と形容されるアントニオに比べれば細身に感じるが、レオポルドも背が高く均整の取れた体型をしている。

まだ成長期を迎えたばかりのマルシオよりもはるかに大きな体は家族故か威圧感などは感じないが、マルシオは自分を見る父の目に厳しさが宿っている事に気付く。

その視線にマルシオはたじろぐが、レオポルドは一切の揺らぎもなく我が子を見つめ、そして口を開いた。


「騎士とは如何なるものか、答えなさい」

「は…?」


それは騎士学校に入学した候補生が最初の授業で問われる言葉だった。

出自が様々であればそれぞれが持つ騎士像も様々…言葉にさせる事で強く認識させると共にもし誤った認識を持っていれば正していく為の謂わば確認作業だ。


「マルシオ。騎士とは、如何なるものだ」

「…騎士とは王の剣であり、盾となる者です。

 王に代わり悪しきを切り、王の代わりに民を護る選ばれし者です」

「ふむ、満点の答えだな」

「アントニオおじさんの教えです!一日たりとも忘れた事はありません」


マルシオの言葉は正しく、騎士の理念を的確に表している。

現役で騎士を勤めるアントニオがかつて幼いマルシオに語ったその言葉は羨望と共に深く、深く刻み込まれていた。

しかし、刻み込まれたものを正しく自身の中に落とし込めるかは本人の素養や成長で変わってくる。


「ではそのアントニオの娘であるマリア嬢に理不尽な暴言を吐いたのは、騎士として正しい事か?」

「…っ、アイツの事は、」


数日前の事が原因だと気付いたマルシオは眉間に皺を深くし、単純な怒りに憎悪の炎が混ざる。


「言葉を慎みなさい、マルシオ。

 騎士候補生は入学したその瞬間から未熟であろうと騎士としての振る舞いや言葉を心掛ける事が求められる。

 親族とはいえ他家の令嬢をそのように呼ぶべきではない」

「でもアイツが…!平民の女がおじさんの娘になるなんて、子爵になるなんておかしいでしょう!」

「何もおかしい事などない。

 我が国では王家も貴族も女子を後継に選ぶことが認められているし、マリア嬢は平民として育てられたがフェルディナンド殿の孫娘…アラニスの血筋を受け継いだ、正当な権利を持つ貴族令嬢だ」


フェルディナンドとはアントニオの父で、レオポルドの父とは兄弟関係にある人物だ。

アラニス家の直系、それも嫡男だったのだがデビュタント後に突然継承権を弟に譲り、成人後は侯爵家が持つ子爵位を受け継いだ変わり者で、設定上はマリアの実の祖父となっている。


マルシオが物心のついた頃には既に爵位をアントニオに譲り領地に隠居していた為面識はないが、その存在は様々な逸話と共に聞かされ続けてきた。


「…本当に孫かどうかなんて、わからないでしょう」

「彼女がフェルディナンド様の血縁かどうか判断し、養子に迎える事を許したのは私だ。

 …マルシオ、確かに疑いの心を持つのは貴族として正しい。しかし、今のお前は彼女が敵である事を前提にしてしまっている」


レオポルドの耳にも騎士学校を騒がす不適切な思想は届いている。そしてその思想が息子に影響を与えている事もまた、今回の一件を通して知る事ができた。

大切な我が子と言えど、この国の貴族として誤った考えを持つのであればレオポルドには正す義務がある。


「私は当主として、父親として今のお前は騎士学校に通うべきではないと判断した。

 暴言への罰も含め一年間の休学と、アラニス騎兵団へ一般兵としての一時入団を命じる」

「そんな…!」


テスパラルの高位貴族は管理する領地を守る為、それぞれ私兵による兵団を所有している。

魔物や盗賊など領民の暮らしを脅かすものを相手取り戦う彼らの大半は、領地を守る為に手を挙げた平民達だ。

勿論彼らを束ね、兵団として動かす為に団長やそれに準ずる立場は領主の一族を置く必要があり、それはマルシオにとって選ぶかもしれない未来のひとつでもある。


しかし、レオポルドは一般兵としての入団…つまりは平民と同じ場所に身を置けと告げたのだ。


それは選民思想の芽が育ちつつあるマルシオにとってはひどく屈辱的で耐え難い事だったが、その貴族としての自負により当主の命が如何に重いか…今の自分では到底覆す事も、逆らう事もできないという事もまた、理解していた。





顔色を失ったマルシオは、ショックからかおぼつかない足取りで執務室を出ていった。

その小さな背中を見送った後、レオポルドは長く息をはきながら背もたれに体を預け天井を仰ぐ。


「…ご心痛、御察しします」

「あぁ…すまない。お前にも世話をかける」


マルシオが遠ざかった事を確認し執務室の大きな書棚の陰から姿を現したのは、かつてレオポルドの侍従として仕えていた男だった。

アラニス領の隣に位置する下位貴族家に生まれた彼は今、アラニス騎兵団で団長補佐を任されている。


「坊ちゃまを預かる見習い隊は話好きの気のいい奴で固めてあります。

 私も橋渡しとして、出来る限りの事はさせていただく所存です」

「今のマルシオは貴族がいないと会話すらしない可能性があるからな…上手くやってくれ」


今回のマルシオの休学は罰であり、更生の機会だ。

直系の男子と言えど…いや、だからこそ、罰を与えず経過を見守るだけで済ませる事はできない。

かといってただ罰を与えるだけでは今の思想に拍車をかけ、取り返しのつかない罪を犯してしまうかもしれない。


騎士学校から遠ざけ、違う環境に送る事で思想の歪みを矯正する…マルシオにとっては苦痛であろうが、レオポルドが考えうる中で最善がこれだったのだ。


既にボルジア伯爵家には他の被害に遭った家と連名で書状を送っている。

騎士学校という閉ざされた空間のせいで発覚が遅れたがマルシオのように問題を起こす者が出てしまった以上、その子息を養育する伯爵家には適切に対応してもらわなければいけない。


「…マルシオが戻るまでに全てが片付くといいんだが」



時々短編を投稿していますので、そちらもよろしくお願いします。

『私が偽物…ですか?』

https://ncode.syosetu.com/n2508jz/

『王女殿下を守るには』

https://ncode.syosetu.com/n8641jv/

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