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33話

本年は評価やいいね、感想などありがとうございました。

沢山の方に読んで、楽しんでいただき本当にうれしく思います。


七つ指は来年もまだまだ続いていきますので、引き続き楽しんでくだされば幸いです。

よいお年をお過ごしください。





最初の串焼きを頬張ってからしばらく後、マリアとミランダは広場の中心に建てられた噴水の縁に座り休息を取っていた。

肉汁とソースの滴る串焼きから始まり野菜や果物をその場でミックスしたジュースに白身魚のフライ、甘いシロップに浸かったリング状の揚げ菓子…目についた美味しそうなものを母と並んで買い食いした結果、味が濃く、胃に溜まるものばかりを食べたせいでマリアのお腹は昼食…いや、夕食すら入らないと思うほどに満腹だった。

常に子供が食べきれる適量を出されていたマリアは初めて体験する満腹状態に不安に駆られる。


「…ドレスの仕上げ、大丈夫でしょうか…?」


ゆったりしたワンピースのおかげで服の上からではわからないが、もしかしたらお腹がパンパンに膨らんでいるかもしれない。

仕上げの採寸にこんな状態で行っていいものか…零れた呟きにミランダは苦笑いを浮かべる。


「子供の内はコルセットを締めるわけでもないし大丈夫よ。

 今日確認するのは袖とか裾じゃないかしら」

「そうなんですね、よかった…」


ミランダの言葉に安心したマリアはレモンを絞っただけの冷たい水を少しずつ飲みながら改めて周囲を見回す。

露店の並びからの延長線上にあるからか、マリア達のように休憩目的でベンチで座る者や走り回る子供など多くの人がそれなりに賑わいを見せている。


その中に、何人か噴水の前で立ち止まり祈りを捧げていく者達がいた。


今マリアが座っている噴水は噴水として水を噴き出す機能はあるものの、外観上のメインは中央に立つ細かな彫刻が施された柱だ。

石造りのそれは一番上に太陽を象った丸い石が鎮座し、すぐ下に顔の隠れた男性と、その膝に頭を置き眠る女性…そして、その下で軽やかに舞う女性の姿が彫られている。


「お母様、この柱に彫られているのはグラダファ神と二人の聖女様ですよね?」

「えぇ、そうよ」


マリアはテスパラルに来てから礼儀作法や一般教養と共に、聖書を使いグラダファ教についても学んでいた。


グラダファ教はマリアの生国であるリャンバスを含め様々な国で国教として信仰されているが、テスパラルはその中でも群を抜いて敬虔な信徒が多い。比例して聖堂の数も多く、祈りを捧げる為に聖堂に通う人は絶えない


逆にマリアがまだマリアベルだった頃は洗礼を含め行く機会がなかったが、リャンバスの聖堂はテスパラルに比べ数も少なく、訪ねる者がいないせいか寂れている所も多い。


「天から降り立ち私達の祖先を導いてくださったグラダファ神と、その御子である『始まりの聖女』サミリア様…」


ミランダの手が一番上の男性とその膝で眠る女性を示し、ゆっくりと下がっていく。


テスパラルとリャンバスの信仰の差は、聖女の有無に由来する。

『始まりの聖女』サミリアが人間としてこの地で没して以降、この世界には彼女の魂を持った者が生まれる事がある。

女性である事以外に国も身分も共通する所がなく、いつどこに生まれるかもわからないサミリアの魂を持つ彼女達はサミリア同様聖女と呼ばれ、多くの人々を救ってきた。


「そして、サミリア様の魂を受け継ぎこの地に生まれた『波の聖女』エリアナ様よ」


テスパラルにはかつて聖女が生まれた。

『波の聖女』と呼ばれた彼女は当時海から襲いくる魔物達と戦う兵士達を癒し、魔物の影響で荒れ狂い毒に染まった海を鎮め、浄化したとされている。

聖女に救われた国としてテスパラルはグラダファ教への信仰を篤くし、今も尚魔術を身近なものとしている。

一方、リャンバスには聖女が現れた事はなく信仰も魔術も薄れ…今や聖職者以外は聖書すら持たず、魔力を持っていても魔導具を使う事でしかその力を行使することはできない。


「…皆様、優しいお顔なのですね」


まだ聖堂に行ったことがないマリアは聖書や歴史書でその存在は知っていても主神や聖女を象ったものを見るのが初めてだった。


じっとこちらを見下ろすグラダファ、安らかに眠るサミリア、揺蕩うように踊るエリアナ…どれも異なる表情を浮かべているが、そのどれもが確かな慈愛を宿しているように感じ、マリアは自然と胸の前で手を組む。

十年もの間外出を禁じられていたマリアは信仰からも遠ざかっていたが、国教であるグラダファ教の教えは文化の至る所に組み込まれている。

幼い頃に読んでいた絵本や乳母ライラが語った寝物語にもエッセンスとして混ざり、学んだ記憶はなくともその心の内には確かに神というものが根付いていた。


ここまで無事来られた事への感謝と、これから自身が受ける洗礼が恙なく終えられるよう祈るマリアはふと違和感に気付く。


(……なんだか暖かい、ような)


瞳を閉じている筈だが目の前が俄かに明るく、そしてその光と共に暖かさが降り注いでいる。

どこか懐かしく、まるでその中にいるのが当たり前だったかのような心地よさはマリアの心の奥底までを優しく撫でていく。

この安らぎの中にずっと留まりたいと感じる一方で、それを手放さなければいけないという覚悟めいたものがふつふつと湧き上がり、マリアは無意識にぐっと手に力を込めた。


相反する自分のものではない二つの感情に揺れながらも、一体これは何なのかとマリアは振り払うようにゆっくりと目を開けたが、それと同時に光も、沸き立っていた筈の感情も一瞬で霧散していった。


「………?」

「マリアちゃん、どうかした?」


不思議な現象に呆然とするマリアをミランダは心配そうに見やる。

何もなかったとは思えない、しかし何があったのかわからないマリアはどう説明すればいいのかと悩んだが、悩んでいる内に時刻を知らせる大きな鐘の音が三度響いた。


「あら、もうそんな時間?

 そろそろマダムの所に行きましょうか」

「あ、お母様…」

「なぁに?」

「………いえ、なんでもないです」


噴水の前では今も何人かが祈りを捧げている。

もしかしたら祈りを捧げる人にとってあれは当たり前なのかもしれない、そう結論付けたマリアは体験した現象を伝えないまま母の手を取り、馬車へと向かった。





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