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31話

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「奥様、お呼びでしょうか」

「あぁ、リンダ。よくきてくれたわね」


アントニオとマリアが書斎で話している間、ミランダはマリアの専属侍女であるリンダを私室に呼んでいた。

マリアの怪我についての報告を求められるのかと考えていたリンダをミランダはソファに座らせ、一度深く息を吐いてから口を開く。


「…少し聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら」

「はい、なんなりと」

「貴方の母はイヴリンについているし貴方もあちらで働いていたでしょう?

 マルシオについて、何か聞いたことはない?」

「私がお話できる範囲でよろしければ」


リンダはランティス家に来るまで見習いとしてアラニス家で働いていた事もあり、内情をある程度把握している。


主人の秘密を漏らさないという使用人の鉄則はあるが、リンダはイヴリンから予め話してはならない秘密とそうでないものを明確に線引きされていた。

親同士の関係は勿論、いずれマリアがアラニス家の男子と婚姻を結ぶのが確定している事もあり秘密に該当する部分以外であればある程度の内情を話しても問題ないと言われている。


「えぇ、それで構わないわ」

「では…私が知る限りマルシオ様を含めアラニス家の方々はご家族でお出かけになられる事も多く、とても良好な家族関係を保っていらっしゃいます」


リンダが屋敷に入った時には既に長男エルナンドが後継者に決まり、長女ノエミも公爵家の令息と婚約が決まっていたが、レオポルドもイヴリンも子供に優劣をつける事をせず、平等に目を掛けていた。

後継者ではないマルシオを差別したり冷遇していたという記憶もなく、むしろ彼が好む英雄譚が書かれた本をイヴリンの母国から取り寄せたり騎士団の見学に連れていったりと興味がある分野を伸ばそうとしていた、とリンダは語る。


「マルシオ様のデビュタントの折には記念に見事な剣を贈られたとも聞きましたし、四人のお子様方に対しそれぞれ惜しむことなく愛情を注いでいらっしゃったように思います」


マルシオ以外でも、ルカが幼い頃はエルナンドを除く兄姉からよく泣かされていたと先達の侍女達から聞いた事があるもののリンダの目にはそれを理由に贔屓しているようには見えなかった。

教育内容には多少の違いがあったが立場の違いと言われれば仕方ない程度の差で、むしろそれ以外の差は感じられないほどだ。


「やっぱりそうよね…でも、家族関係が円満だったならマルシオはあそこまで怒るかしら?あの子は確かに体が先に動く子だけれど人を傷つけるような子ではない筈よ」

「騎士を目指していらっしゃるとのことですから、現役の騎士であられる旦那様を特別視されていたのでしょうか………そういえば、」


アラニス家でのマルシオや周囲を振り返り、ふとリンダは思い出す。


「私がこちらの屋敷へ移る少し前ですが、ボルジア伯爵家のご子息からマルシオ様へ度々お手紙が届いていらっしゃいました」

「ボルジア伯爵の息子ですって?それってまさか」

「はい、件のご子息です」


テスパラルの南に領地を持つボルジア伯爵家は魔石を産出する鉱山を所有し、それを活かした優れた武器や防具を作る鍛治師の家系だ。

代々の当主やその後継者には鍛治の技術と共に鉱山に蔓延る魔物を駆逐する為強い騎士である事が求められるが、当代の当主夫妻が授かったのは女子二人。

テスパラルの法に則れば女子であっても当主の座を継げるものの、鍛治の技術を身につけるだけでなく騎士になるのには大変な苦労を要する。

ミランダはかつて騎士の称号を得たが、それは攻撃魔法に加え剣技も並の男子を負かすほどに秀でていたからこそ得られたもので、本来のそれはひどく狭い門だ。


娘達に騎士の見込み無しと判断した伯爵はボルジア家の伝統をここで終わらせまいと、独断で親族内から自分の眼鏡に敵う男子を養子に迎え入れ、実の娘二人を差し置いて後継者に据えたという。

本来なら娘のどちらかを後継に据え鍛冶の技術を伝え、その伴侶として見込みある騎士を婿にするべきだが騎士ではない者が当主になる事を頑なに認めなかったと言われている。


それに加え伯爵はボルジアの血を守る為に娘達を除籍し、その上で養子となった男子に嫁がせようと画策していた。


あくまでも娘を当主にしたくない伯爵の理不尽さに夫人は離縁を決意し、娘二人ともを連れ実家に戻った。自らの名が傷つこうと娘達を守ったその強さは真の母だと称えられている。

なお、その娘二人は騎士を目指さなければいけないという重圧から解放された結果、やっと伸びた髪を揺らし華やかな社交界を楽しみ、自力で相応の嫁入り先を見つけている。強さは母譲りということだろう。


「…その子がマルシオに何か言ったのかもしれないわね。一体どこで仲良くなったのかしら」


ボルジア家の息子についてはミランダの耳にも入っている。

正当な後継者だった娘達からその席を奪った事で愉悦を覚えたのか、驕りが見える上に女子を軽んじる発言が多い問題児という噂だ。


ランティス家が養子をとった事は既に社交界でも知られているし、元々マルシオは少し我が強い…というより思い込みが激しく突っ走ってしまう所があった。

養子入りで後継者になった子息本人から煽られるような事を言われればその気になってもおかしくはない。


親族から後継者を取るのが普通だ、騎士の子供が女子なんて…一部の親族、知人達から投げつけられた心ない言葉がミランダの脳裏をよぎる。


「イヴリンは手紙の事を知っているの?」

「把握してらっしゃると思いますが、内容までは検められていないかと」

「そう…じゃあ一応知らせておいた方が良さそうね。

 ありがとう、もう下がっていいわ」

「かしこまりました、失礼いたします」


退室するリンダと、扉が閉まった事を確認するとミランダはペンを執りイヴリンへの手紙を認めた。

侯爵夫人でありアラニス家の女主人であるイヴリンならミランダが知るより多くの情報を得ている筈だ。そこから推察し、同じ結論にも至っているだろうと予想はついたが共有しておいて損はない。


「マリアちゃんは大丈夫かしら…」


今回、マルシオの行いをお咎めなしとするわけにはいかなかった。

一歩間違えば命に関わるその行為はたとえ相手が結果的に無事と言えど本来ならもっと重い…成人まで王都への立ち入りを禁じ、領地から出さずに過ごさせてもおかしくないほどだ。それを被害者であるマリアの嘆願で罰と呼べない程にまで軽くしたがそれでも彼女は罪悪感を抱えた筈だ。


アントニオの言葉で少しでも元気になればいいが…と考えながら、ミランダはまだ新しく柔らかいままの小さな枕を自身のそれに並べ、寝床をつくる。


不安に追われた娘が逃げ込めるように、その心と体を守り暖められるように。


「…来てくれたらいいのだけれど」



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― 新着の感想 ―
たとえは悪いが「犯罪自慢、悪行礼賛を教え込まれた子供」状態か。同情はするが酌量の余地は無いな 件の養子、「腐ったみかん」だなあ……
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