28話
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とても寒い日が続いておりますので、皆様もお体にはお気を付けください…(今年n回目の風邪の床から)
ルカを交えたお茶会の翌日、マリアは沈んだ顔で庭を歩いていた。
というのも、先ほど屋敷の中を歩いている時に使用人として働くエリヤと会ったからだ。
屋敷に来た翌日からエリヤはマリアベルから離れ、侍従になるべく勉強に励んでいると聞いていた。
見習いが主人の前に出るのはよくないとされている為、姿を見るのも実に三カ月ぶりでマリアは久しぶりと駆け寄ったが、エリヤは以前のように気さくな雰囲気がなく『お久しぶりです、お嬢様』とまるで元々そうだったかのように自然な、畏まった会釈をしてみせたのだ。
それは確かに成長なのだろう。見習いとは思えない程に洗練されたその所作や表情はすっかり侍従としての振る舞いが板についている証だ。
しかし、マリアはそれを喜ばしいとは思えなかった。
勿論エリヤの願いを汲み彼を侍従にすると決めたのはマリアで、いつかは接し方も変わってしまうだろうと思っていた。
しかし、あの数時間の旅で見た、気ままで少し不遜な…動物のような自由さがまるでなくなってしまったのを目の当たりにすると、彼を変えてしまったのかもしれないという後悔が心の底から湧き出てきてしまう。
そして湧き出てくるのは後悔だけではない。
「……もうお嬢さんって呼んでくれないのかな」
使用人になるのなら、お嬢様と呼ぶのが正しい。それはマリアもわかっている。
わかっているが寂しさを感じてしまうのは自分がおかしいからなのか…庭に置かれた小さな椅子に座り様々な色で咲く花を見ながらマリアは溜め息をつき、しばらくの間自問自答を繰り返した。
「俺がこの家の子供になる筈だったのに!!」
その叫びのような声と共に侮蔑や敵対心のこもった青い目で睨みつけられながら、マリアは押されるままバランスを失い頭と背中から噴水に叩きつけられた。
遡る事数刻前…
ルカとのお茶会から数日後、今度は次男マルシオを伴ってきたイヴリンを同じように玄関で迎えたのだが、彼は馬車から降りた瞬間まるで天使のような微笑みを浮かべていた。
「アントニオおじさん!」
「おぉ、久しぶりだなマルシオ」
たまたま休みで居合わせたアントニオへ楽しげにじゃれつく姿は無邪気そのもので、アントニオの横に並んでいたマリアはほっと息をついた。
活発で勝気なタイプと聞いていたがこれなら楽しく遊べそうだ、と。
「ごきげんよう、イヴリン。
マルシオは相変わらずみたいねぇ」
「お招きありがとう、ミランダ。
そうなの、もう少し分別をつけなさいと言っているのだけれど…マルシオ、ミランダとマリアにご挨拶なさい」
マルシオはルカとは違い褐色の肌色以外イヴリンの要素が強く出ているようで、赤みがかった金の髪と青い目の少年だった。
背丈もイヴリンに似たのか小柄で、マリアの記憶の中のルカよりも小さいように感じる。
アントニオと笑顔で会話している様子に安心していたが、イヴリンの呼びかけで向いたその瞬間、マリアの中を微かな違和感が駆け抜けた。
マリアを見る彼の目が、僅かに暗く澱んで見えたのだ。
しかしそれはほんの一瞬でミランダやイヴリンも気にする様子がない。
「お久しぶりです、おばさん。今日はお招きありがとう!」
マルシオの目はマリアを見なかった。
ミランダにラフな挨拶をした後は再びアントニオに向き直り歯を見せて笑う。
「ね、おじさんもお茶会に参加するんだよね?
じゃあ俺おじさんの横がいいな!騎士団の話聞かせてよ!」
「ははは、残念だが私はここまでだ。
マリアの洗礼式の打ち合わせで聖堂に行かなければならん」
「えぇー!?」
アントニオはレオポルドと親戚であり、親友だ。その子供であるマルシオともきっとよく遊んでいたのだろう。
砕けた会話も身内しかいないこの場では何の問題にもならない。
先程感じた一瞬の違和感は気のせいだろうと思い直し、マリアはイヴリンを庭へと誘導する。
「イヴリンおば様、お庭へまいりましょう。
今日は陽も暖かいのであちらに席をご用意しております」
「えぇ、ありがとうマリア。マルシオ、行くわよ」
庭に向かう者と、出かける為玄関に残る者。
それぞれ行先が違うのでここで分かれるのだが、マルシオは尚もアントニオをお茶会に誘う。
「おじさん本当に参加しないの?いいでしょ打ち合わせなんてさ」
「私がいては茶会の席を二つも潰してしまうからな。
なに、うちでの茶会は久しぶりだろう、楽しんでいくといい。マリアも頑張って持て成すようにな」
「はい、お父様もお気を付けて」
「あぁ」
笑って頭を撫でる父に微笑み返すマリア。
そのまま手を振って分かれた後、別人のように静かになったマルシオはマリアの案内を聞くよりも早く庭へと歩いて行ってしまう。
「マルシオ、マナーを忘れたの?」
「もう何度も来てるんだから庭くらいわかるよ」
「そういう話じゃないでしょう」
テスパラルにおいて、案内するホストよりも先に進んでしまうのは重大なマナー違反にあたる。
大勢が参加する夜会でも会場までは必ずホストが用意した案内人が先導し、たとえ覚えがある場所でも勝手な行動はしない。
守らない者はホストを軽んじる礼儀知らずとされ、場合によっては二度と呼ばれる事がない、社交界の基本であり常識だ。
最初に会ったルカがしっかりとしていたせいでマリアはあれが標準なのかと思っていたが、どうやら個人差は大きいらしく先にルカと引き合わされた理由にも合点がいった。
もし最初にマルシオと引き合わされていたら驚いて何か失敗していたかもしれない…そう思い、マリアはイヴリンとミランダに改めて感謝の念を抱く。
「はぁ…ここに来るといつも子供みたいになるんだから…」
「マルシオは何度もうちに遊びに来ていたし、仕方ないわ。
外でちゃんとお行儀よくできているなら大丈夫よ」
「そうやって甘やかすから甘えるのよ?
マリアの練習だから貴族としてちゃんとすべきなのに…」
強くもなく、かといって弱くもない程よい日差しがあたる庭に出ると、マルシオは席におらず噴水の傍に立っていた。
その噴水は庭の面積の都合であまり大きくはないものの、滑らかに磨かれた白い石で作られ水の魔石により常に清潔な水が噴き出す見事なものだ。
それを見つめるマルシオの顔は呆然としている。
「………」
マリアは知る由もないが、マルシオが最後にこの家に来た時はまだ噴水はなかった。
元の庭はアントニオと、かつて女性騎士だったミランダが家でも鍛錬できるよう花も最低限しか植わっていなかったのを、今回マリアとの縁組が決まった事で女子が遊べる庭の方がいいだろうと他の貴族家のように噴水や花壇、小さなブランコを設置し庭を整えたものだ。
マリアが来た時には既に花はしっかりと根を下ろし、噴水や花壇も工事の名残など残さず馴染んでいたので彼女にとって今この姿がランティス邸の庭だった。
「噴水がどうかなさいましたか?」
以前から遊びに来ていたならマルシオにとっても当然見慣れている筈、そう考え声を掛けたマリアには何の落ち度もない。
しかし、振り向いたマルシオの顔は真っ赤に染まり、怒りに満ちていた。
「ぇ、」
息を呑むのと大差ない、引きつった音がマリアの喉から洩れる。
今まで彼女の周囲にはこれほど強い怒りや敵意を向ける者はいなかった。
殆どがマリアよりも年を重ねた大人な上これまでの苦境を知っていたせいか悲しまれはすれ怒られる事は殆どなく、何か失敗をしても叱られる程度で済んでいる。
そんな未知の激しい感情を、初対面でぶつけられると思わずマリアの身体は硬直する。
「こんなのなかった、花なんてなかったのに、」
「俺の庭なのに、」
ブツブツと呟きながらにじり寄ってくるマルシオから後ずさる事も出来ないマリアを、マルシオは力いっぱいに突き飛ばす。
「俺がこの家の子供になる筈だったのに!!」
少し前に書いたきり放置していた短編(というには長いですが…)を投稿しましたので、よければそちらも楽しんでいただけると嬉しいです。
「王女殿下を守るには」
https://ncode.syosetu.com/n8641jv/




