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26話



「お嬢様ぁ、おはようございまぁす」

「…ふわぁ…おはよう、リンダ」


テスパラルに到着しランティス家の娘となってから三カ月、マリアは穏やかな時間の中にいた。


王城で騎士を務めるアントニオとは夕食以降しか過ごせないが、ミランダとは母娘として礼儀作法を教えられながら殆どの時間を共に過ごしている。

そして、テスパラルにまだ慣れないアンジーだけでは不便があるだろうと就けられたもう一人の専属侍女リンダともよい関係を築き始めた。

彼女はアンジーよりも二歳年上で、褐色肌に黒髪を持つ生粋のテスパラル人だが母がアラニス家でイヴリンに仕えている為リャンバス語での会話ができる女性だった。

話し方や行動さはかなりゆったりとしているがその分丁寧で、まろやかなその雰囲気から屋敷の中でもかなり人気が高い。


「アンジーは?」

「先程まで書き取りの練習をしていましたよぉ、だいぶ綺麗な字が書けるようになってきましたねぇ」

「ほんと?すごいなぁ…私もリンダに習おうかしら」

「やだもう、自分より上手な方に教えるなんてできませんよぉ」


アンジーは侍女の仕事をしながら彼女から言語をはじめとした細かな文化の違いを学んでいる。


「そうそう、本日の朝食は旦那様がご一緒されるそうですよぉ」

「本当?お父様、まだいらっしゃるの?」

「はぁい。今日は騎士団の会議が午後になったって早馬が参りましたので」

「嬉しい…!ねぇ、お母様と一緒に作ったジャムを、お出しできないかしら?昨日のは、その、とても上手にできたと思うから…」

「料理長に確認いたしますねぇ」


元々片言でも会話ができていたマリアはランティス邸に着いてからテスパラル語を話す両親や使用人とコミュニケーションをとる内にかなり上達している。

訛りや違和感を薄くする為わざとゆっくりとした、硬い話し方になるが身に付けるまでの期間を考えれば十分だろう。


「今日は…午後からは刺繍の練習だったかしら?」

「はぁい、先日注文された刺繍糸も届いてますよぉ」

「ありがとう、リンダ」


身に付けたのは言語だけでなく、レオポルドが言う所の『可愛げを残した平民上がりの貴族令嬢』を目標に貴族令嬢としての礼儀作法や歴史、一般教養やダンスも学んでいる。

それらは祖父母の元で学んだリャンバスのものと基本が近いことに加え、マリアの植物が水を吸い上げるような吸収力で既に殆どが合格点を越えていた。

その為、空いた時間には母の趣味であるお菓子作りや刺繍を共にして母娘の親睦を深めており、ジャムもその産物だ。



「お父様、お母様。おはようございます」

「おはようマリア」

「おはようマリアちゃん」


身だしなみを整え朝食の席に着いたマリアは、パンに添えられた色鮮やかなジャムに嬉しくなる。

ランティス家の料理長は頑固な気質で野菜でも調味料でも自分で味を確かめ、よしとしたものしか扱わないし食卓には並べないのだが、今回のジャムはお眼鏡に適ったらしい。


領地から送られてきた小ぶりなオレンジは甘さが少なくそのまま食べるには向かない一方で、砂糖を足して加工すれば何倍にもその美味しさを膨らませる。

小さな実の処理も屋敷で働く料理人からすれば扱いにくく根気と手間暇がかかる作業だが、まだ手の小さいマリアには丁度扱いやすいサイズの上に母と並んでの作業は手間や苦労など感じさせない充実した時間となった。

その結果をアントニオに楽しんでもらいたい…わくわくとした気持ちのままマリアは食前の祈りを終えると共に父に声をかける。


「お父様、あの…このジャムはお母様と一緒に、作ったものです。よかったら…あの、」

「おぉ!マリア達が作ったのか?いい色じゃないか!」


アントニオは大柄で無骨な印象を受ける一方、その実甘いものが好きでお酒が一切飲めない。

妻子の手作りだと聞きウキウキでジャムにその大きな手を伸ばすと、容器の半分ほどをスライスされたパンにごってりと載せ大口に頬張った。

アントニオの前に置かれているパンは食べ応えを重視した結果マリア達のそれよりもかなり分厚く切られているが、大差がないように見えるのはその体格のせいだろう。


「あなた、マリアちゃんの前でそんな食べ方をして…お行儀が悪いわよ」

「たまにはいいだろう、ジャムパンは齧り付くのが美味いんだ。

 うむ、うむ…甘さも酸っぱさも丁度いいし、うちのパンにもよく合う!

 これはまだあるのか?あれば城に…」

「いけません。これは今日のお茶会でも使うんですから」

「………むぅ」


ピシャリと言い渡されたアントニオは惜しむようにジャムの容器を見つめたが、やがて眉間に皺を寄せながらも料理長が作ったベリーのジャムを手に取った。


お茶会とは自然なテスパラル語や貴族令嬢の振る舞いを身につけられるようランティス家の中庭では週に三度イヴリンとミランダ、マリアの三人でテーブルを囲むもので、前回はホストとして客人をもてなす作法を学んだところだ。


「そうそう。マリアちゃんには言っていなかったけれど、今日のお茶会にはお客様がいらっしゃるのよ」

「え?」

「とはいっても何も気負わなくていい相手よ。

 そろそろ私たち以外ともお話した方がいいと思って、イヴリンの所の子を連れてきてくれるだけだから」

「イヴリン様の…えぇと、確か…」


レオポルドとイヴリンの間には四人の子供がいる。

既に成人している長男長女と、続いて次男三男の三男一女で一番下の三男でもマリアの三つ上だと聞いていた。

お茶会は基本的に女性の場である事から長女が来るのかと考えたがミランダの答えは否だった。


「今日は一番下の子よ。年の近い子の方が話しやすいと思って」

「そうなのですね」


家族構成は聞いていてもそれぞれの性格などわからない部分が多いマリアベルはどんな子が来るのだろうと考えながら了承し、父に倣いジャムを塗ったパンに齧りついた。





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