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20話


「……マリアベル、これを」

「…?これは…?」


見かねたレオポルドが慰めにと差し出したのは、小さな木箱だった。


「テスパラルでは貴族家に産まれた者は皆その家の家紋が入った飾りを肌身離さず身に付ける。

 成人したら宝石で作り直すが子供の内は金細工のみで作るのが一般的で…君の為にとアントニオが自分で彫ったものだ」


開いた箱の中には子供のマリアベルに丁度いい、小ぶりなサイズのブローチが収まっていた。

あの巨躯を持つアントニオが手ずから彫ったとは思えない程繊細で緻密なそれは不思議な、とろりとした輝きを放っている。


「お父様が彫られたのですか…?」

「あぁ。手彫りではなく魔力刻印だけどね。

 アントニオは体も大きければ手も大きいし手先も器用じゃないが、魔力操作は一族の中でも群を抜いている。

 意匠はランティスの家紋である海亀に、花…白い花が好きだと、話したんだろう?」

「…覚えていてくださったんですね」


以前、フィーガスの領邸で養父母となる二人と対面した際、マリアベルは好きなものを聞かれ白い花が好きだと返した。

生家でずっと見てきた、憧れの白い花は未だにマリアベルの中で枯れることなく咲き誇っている。会話を覚え、それをこうして形として表してくれた…アントニオの父としての愛にマリアベルはブローチを握りしめる。

そうすると、アントニオとミランダ…両親が傍にいるように思えマリアベルの心はようやく上を向き始めた。


「すまないね、ここまで来るのにも疲れただろうに…君は賢い子だからまだ大丈夫かと過信してしまった」

「申し訳ありません、ご心配をおかけしました」

「いいや、私ですらまだ動揺しているんだ。()()()()()()()()の子なら猶更だろう…いやはや、可愛い姪御に早くも悪い虫が付いたかと心配したが、まさかメディアの子とはね。

 愛しの妻の怒りを買うどころかキスのお釣りがくるかもしれないな」


ようやく明るく変わり始めた空気を逃がすものかと乗っかるようにお道化て見せるレオポルドに、マリアベルはブローチから安心を貰いながら気丈に問いかける。


「伯父様、メディアの子というのは何なのでしょう?」


マリアベルがフィーガス邸にいる間にイヴリンから送られてきたテスパラルの教本は一般教養から貴族向けの礼儀作法や歴史まである程度揃っていた。

勿論どれも専門書などではなく子供の学習用だったが一通り読み込んだその中にメディアの子という言葉が出てきた記憶はない。

レオポルドの様子を見るに貴族の中でも限られた、高位貴族のみが知る知識のように感じたがマリアベルはエリヤの主である自分ならば知る必要がある筈と判断し、そしてレオポルドは頷く事でその判断を肯定した。


「君が知らないのも無理はない。

 メディアの子はこの国の貴族の中でもごく一部しか知らない、伝説のようなものなんだ」


メディアの子。


そう呼ばれるのはテスパラルの社交界、その頂点に近い狭い範囲の中で囁かれる半ば伝説的な存在だ。

彼らは人ならざる力を持ちながらも貧しい身なりの子供の姿をし、人の中に紛れて暮らしていると伝えられている。

見た目には全く区別がつかず特定することは困難で、人間側がメディアの子に歩み寄る事はできないが、メディアの子は自らが主と決めた人間に一生を預け、付き従い、幸運をもたらす。


「かつてテスパラルと周辺国との間に起きた戦争を勝利に導いた英雄もメディアの子を傍らに連れていたと言われている。

 他にも歴史上で活躍した人物の半数にメディアの子の加護があったという話もあるんだ」


メディアの子について、かつては貴族だけでなく平民の間でも幸運を呼ぶ稀有な存在として広く知られたが時間の流れと共に情報は曖昧になり、薄れ、今はもう高位貴族の一部しか知る者はいない。


その間にもメディアの子を得た者はいた筈だが、彼らも声高にそれを主張しなかった。

メディアの子に選ばれる者は総じて善良かつ聡明で、悪辣な者や幸運を利用するような心根の者が選ばれる事はない。

そのような人間に知られることを恐れた主が口を噤むのは当然だろう。


「知る人が増えれば良からぬことを企む輩も増える。

 誘拐や人身売買に繋がりかねないと危惧した当時の王が箝口令を敷き、貴族の手を借りて資料を王家に集約する事でわざと風化させていったんだ。

 そしてそれに関わった家の当主夫妻にのみ口伝での伝承が許されている…もし彼らが誤って公に出てしまった時に揉み消せるようにね」

「そのおかげで俺はゆっくり主を選べたから助かったよ。

 六番目の兄ちゃんなんか捕まったり売り飛ばされそうになったり大変だったみたいだからね」


マリアベルはエリヤの言葉に違和感を感じる。

確かに彼には多くの兄姉がいると聞いていたが、レオポルドの口ぶりではメディアの子が世間を騒がせたのは随分昔の筈だ。知る人がいなくなる程に月日が経過したその時代のメディアの子とエリヤが兄弟というのはどういうことか。


「エリヤ、あなたは幾つなの?」

「さぁ?でも、殆どはただのメディアとして在っただけだから実質は30歳くらいじゃない?」

「…ただの……半分メディア?」


メディアがテスパラルの言葉で半分や中央を指す単語だと、マリアベルはこの時初めて気が付いた。


「そうだよ。幸運を呼ぶだとか言われてるけどそんな大層なもんじゃない。

 俺達は人間でも魔物でもない半分メディア、碌でもない混ざりものさ」

「メディアの子は妖精と人間の混血だと伝えられているが実際は魔物だったのか…確かに、それならどれだけ長く生きても不思議ではない」

「細かい事は省くけど、メディアの子は最初魔物同然で生まれてきてちょっとずつ人間に近づいていくんだ。

 俺の場合は兄ちゃん達が躾けてくれたおかげでかなり早く人間に近くなれたけど、本当は何百年もかかるんだぞってよく言われたよ」

「何百年…」

「俺が人間と同じように考えて動けるようになったのはだいたい30年くらい前。人間がいう物心がついたって奴だね」


混血であることも、はるか昔から生きてきた事も見た目には一切わからない。

無意識に彼の頬に触れたがその温度もマリアベルの掌より少し冷たい程度で、温かな血が流れている事を予想させた。


「お嬢さんの手はいいね、柔らかくて…あったかい」


愛玩動物がねだるように頬を擦りつけるその表情は柔らかく、どこか誇らしげなものだった。


「俺達は選んだ主に幸運を運ぶんじゃない、ただ自分に合う力の持ち主を選んで一生仕えて…それがたまたま大成する人だっただけ」

「それが私?」

「あぁ。さっき見たでしょ?合わない力を無理に入れるとああなるんだ。

 でもお嬢さんの力ならきっと綺麗に染まるし、もっと大きな力を使えるようになる」


メディアの子が生まれ持つ魔力は魔物由来だが、主を定めるとその魔力に影響され人間のものになる。

エリヤは魔力が発現していないマリアベルを主とした為、まだ生まれたまま魔物の魔力を持っていて…レオポルドの指輪が反応したのはそのせいだった。




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