19話
投稿に間が空いてしまいすみません!
急に寒くなったせいか多忙なせいか見事に風邪をひきました…。
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拙いものですが楽しんでくれている方がいると思うと励みになります…!
マリアベルの許可を得たエリヤは、正面に向き直りレオポルドを見つめ薄い唇を開き不遜に問いかけた。
「爵位は伯爵よりも上?」
「光栄にも侯爵位を賜っているよ。
勿論伯爵より上だ、同格の中でも貴族全体の中でも上から数えた方が早いだろうね」
レオポルドが当主を務めるアラニス家は、侯爵位の中でも序列二位に当たり、確かに上から数えた方が早い位置づけだ。
由緒正しい血筋とテスパラル一の商会を有する膨大な資産は公爵家に匹敵するとも言われている。
しかし、エリヤは彼が高位貴族だと名乗っても一切緊張を見せず畏まる様子もない。むしろ好都合だと言わんばかりに頷き微笑んで見せた。
「じゃあ、メディアの子を知ってるよね?」
「…!」
「………?」
呟かれた言葉にマリアベルとアンジーは互いに顔を見合わせ疑問符を浮かべるだけだったが、レオポルドだけが驚きに瞳を揺らす。
「証明が必要なら手を出しなよ、見せてあげるから」
「…あぁ、いいだろう」
エリヤは、テーブルの上に置かれたレオポルドの手を取りそっと甲に口付けた。騎士が姫に勝利を誓うような、そんな口付けだ。
美丈夫である伯父と嫋やかな美しい少年という妖しくも思えるワンシーンを前に、マリアベルは見ていいものなのかと疑問が一瞬降りかかったがその答えが出るよりも先に彼の唇は褐色の肌から離れていく。
「…なるほど、」
「伯父様…!エリヤ、何を…」
ほんの少し、軽く触れただけのように見えたがレオポルドはその額から幾筋も汗を流し顔を青ざめさせている。
何が起きたのかわからないもののエリヤの口付けが原因だという事だけは理解したマリアは隣に座るエリヤに視線を向け、そして固まった。
「半分くらい染まればまだオシャレなのに、やっぱりこのくらいしかダメかぁ」
エリヤの先ほどまで漆黒で統一されていた髪に赤が混ざっている。
大半は黒のままだが細かな束となった赤毛が疎に混ざるそれは確かにオシャレとも美しいとも言い難い。
しかも変化はそれだけではなく、その目に痛い配色の髪から同じく混ざった色の、大ぶりな被毛に包まれた…獣のような耳が突き出ているのだ。
「エ、エリヤ…それ…」
「うん?あぁ…あんまり綺麗な混ざり方してないよねぇ」
フィーガスの屋敷で見た大きな犬達とよく似た、ふわふわの耳。
およそ人の頭部から生えていいものではないそれを指先で弄りながらエリヤは不服そうに眉間に皺を寄せている。
まるで果物を齧ったら酸っぱかったような、そんな日常の失敗に過ぎないと言わんばかりの様子に混乱し続けるマリアベルを他所にエリヤはレオポルドに耳を見せながら問いかける。
「どう?これで証明になった?」
「――あぁ、噂通りだ。まさかこの目でメディアの子を見れるとは」
「魔物扱いは無しってことでいいよね?」
「勿論だとも…君をそのように扱えばどんな災いが来るかわかったものじゃない」
「そ、じゃあ返すから手出して」
冷や汗を流し気力のみで貴族としての体裁を保つレオポルドの手をエリヤは再び取り、先ほどと同じようにそっと口付けた。
返すの言葉通り、口付けた瞬間レオポルドの顔色と表情は和らぎエリヤの赤くなった一部の髪は黒に塗り替えられていく。
その頭に生えたふわふわとした耳もまるで空気に溶けていくように消え、ものの数秒でただの少年の姿へと戻っていった。
変化していた時間ははごく僅かだがマリアベルからすれば到底現実と受け止めきれない、夢か幻だったのかと思うほどのものだ。
なんとか情報を飲み下そうと試みるものの、とうに処理できる容量を越えていたのかマリアベルは頭の端に傷みを感じ小さな声でアンジーを呼んだ。
「お嬢様、」
「アンジーごめんなさい…温かいミルクをお願いできる…?」
「かしこまりました、どうかお気を確かに…」
「アンジーは落ち着いていて凄いわ…」
「……いいえ、私も動揺しております、これは現実なのでしょうか…?」
「お嬢さん、大丈夫…?」
小声で話していても聞こえたのか、エリヤもレオポルドも二人を心配そうに見つめている。
「茶葉は持ち込んだが宿屋ならミルクも常備してある筈だ、砂糖か蜂蜜をたっぷり入れて持ってきなさい」
「かしこまりました、お嬢様少々お待ちくださいませ」
「えぇ…伯父様、ありがとうございます…」
そのまま、エリヤの安全性が保障された事で場は一時休憩となった。
残念ながら会話が弾む事はなく静かにそれぞれが息をつくだけの時間だったがそれすらも大切に思えるほど、マリアベルとアンジーは疲弊していた。
特に、マリアベルはこの数時間の内に様々な事が起こりすぎたのが影響してか、蜂蜜が香る甘いホットミルクを一口啜ると頭痛こそ遠ざかったが、それまでなんとかキープしていた令嬢の振る舞いが崩れ糸が切れた人形のように俯いたまま動かなくなってしまったほどだ。
どれだけ自制心があり、感情を平にする事に慣れていたとしても限界は訪れる。
そして諦めや現実逃避で対応できていた頃とは違い、祖父母の元で一度心を緩め、自分の感情を優先してもいいと知ってしまったマリアベルはあの離れで暮らしていた頃よりもずっと限界が近くなってしまっていた。
年齢を考えれば今の方がよほど『らしい』のだが、マリアベルはまだ自身の変化を受け止めきれてはいない。
寂しさや不安や恐れ、混乱…初対面で感じていたエリヤへの親近感もあの瞬間、忠誠を向けられたことで未知の感情にすり替わり、積もり積もったそれらがぐちゃぐちゃと混ざりあいマリアベルの器を満たし溢れていく。
マリアベルはその大きな波を止められない、処理できない自分を不出来だと呪い更に深く落ち込んでいく一方だった。
「お嬢さん、ごめんね…ごめん…」
エリヤはそんなマリアベルから離れずしきりに小声で謝罪を繰り返すがマリアベルは頷くのが関の山といった状態で、自分のせいで落ち込ませてしまったとエリヤまで芋蔓式に落ち込み…場の空気は葬儀のように暗く静かなものに包まれていった。