17話
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(誤字報告も適宜確認し、適切に修正させていただいてます)
ぎゅうぎゅうに人が詰まった乗合馬車に乗り街へと辿り着いたマリアベル一行は指定された宿屋へと向かう。
一応、エリヤにはここまでの道中でマリアという今後テスパラルで名乗る名前と、養子として貴族家の世話になる事も伝え、街についてすぐ平民向けではあるが新しい洋服を買い着替えさせている。
エリヤが着ていた服は継ぎ接ぎや毛玉に加え布の劣化や汚れが目立つ、お世辞にも綺麗とは言えない代物だった。
顔は井戸を借りて洗えたが伸びっぱなしの髪はハサミを持ち合わせていなかった為簡単に梳かして括る事しかできなかった。しかし、たったそれだけしか整えていないにも関わらずエリヤの容姿は本人の持つ飄々とした雰囲気と底を感じさせない黒曜の瞳のせいか、えも言われぬミステリアスな美しさが宿っていた。
その変わりようはマリアベルが感嘆の声を漏らしたほどで、これならば露骨に貧民に見えるという事はないだろう。
「この辺りはとても静かなのね、さっきのお店で服を買っておいてよかった」
「静かすぎる気もいたしますが…」
土地勘のない者でもわかるよう細かに書かれた順路は進むにつれ少しずつ店の並びは疎らに、人通りは少なくなっていく。
時折地元民らしきマリアベル達を見る視線を感じたが声を掛けられることはない。
「…こちらのようですね」
合流場所は港と同じく貴族向けのものではなく、平民を相手にした小さな宿屋だった。
看板に書かれた文字で目的地に間違いない事を確認したアンジーが扉を開けると、中には客はおろか宿屋の店主や従業員らしき者も見当たらず静まり返っていた。
「え、」
「―――やぁ、無事に到着したようだね」
一体どういうことか、とマリアベルが疑問を口にするより先に階段を軋ませ二階から現れたのは見知った、けれど予想外の人物だった。
「伯父様…!?お、お出迎えありがとうございます、」
燃える赤毛に褐色肌、笑う口元から見える歯の白さが眩しいその人はレオポルド・アラニス…伯母イヴリンの夫でありアラニス侯爵家当主その人だ。
今後ランティス家に入るマリアベルにとっての主家、その当主が自ら出迎えに来るとは思わずマリアベルはさっと腰を落としカーテシーをとり、その後ろでアンジーもエリヤの背を押しながら頭を垂れた。
「以前よりきれいなカーテシーができるようになったね、偉い偉い。
しかしここにいるのは私達だけだからそう礼儀を気にする必要はないよ、皆頭を上げるといい」
「…恐れ入ります」
自分達しかいない。
前侯爵夫人であるフェミアから貴族の言葉の裏について教えられたマリアベルはレオポルドの言葉にここまで来る道のりの寂しさが人為的なものだったと気付く。
そしてそれと同時に、以前フィーガス邸で対面した時とは違う…優しい言葉とは裏腹にどこか高圧的な雰囲気を感じ、体を強張らせる。
(怒っている…?でも、どうして……っ!)
何か怒らせてしまったのかと考えを巡らせたマリアベルは本来この場にいる筈のない三人目、エリヤの存在に思い至った。
用心するように言われた筈の旅、それも半日にも満たない僅かな時間だというのに勝手に同行者を増やしたとあっては怒るのも無理はない。
「伯父様、彼はエリヤといい港近くで知り合った者です。
紹介させてくださいませ」
「あぁ、頼むよ」
マリアベルは、エリヤと知り合い推薦するに至った経緯を語った。
感知能力については前もってエリヤが判断した人間以外に話さない事を約束していた為その部分は排除した結果、家族に取り残され天涯孤独になったという点を強調した所謂お涙頂戴と言われるような話になってしまったが嘘は一つも含まれていない。
どれだけマリアベルが聡明だとしても子供の範疇を越える事はなく、嘘をひとつでも盛り込めば目の前の高位貴族はそれを一瞬で見抜いた筈だ。
「ふむ…」
一通り話を聞き終わったレオポルドは眉間を抑え大きなため息をついた後、黒い手袋に包まれた左手をそっと挙げた。その動きで何か目に見える変化はなかったが、マリアベルは室内から幾つかの気配が消えた事、そしてレオポルドの警戒が和らいだ事を感じ取る。
「アンジーだったかな?お茶の用意を頼むよ。
長旅で疲れたろう、君も入れて四人分でいい。キッチンは奥だ」
「かしこまりました」
アンジーが宿屋の奥に消えると、レオポルドは恐らく宿屋の客が一時的に休む為に設置されたであろう簡易なテーブルセットに腰掛けマリアベルと、その後ろのエリヤへも席を勧めた。
年季が入り塗装も剥げかけたそれもレオポルドがその身を預けるとアンティーク家具にすら見え、高位貴族としての風格を感じさせる。
「さて、マリアベル…君の話を信じてあげたいが彼には少し疑わしい点がある」
「…疑わしい点、ですか?」
「魔力を使いジュースを冷やした、と言ったね」
言いながらレオポルドは自らの左手を覆う手袋をゆっくりと外す。
腕や首など他の露出部と同様ココア色の、すらりとした手が晒されていくがマリアベルは手袋が離れていくにつれある一点に目を奪われた。
「伯父様、それは…」
「痛そうに見えるかな?大丈夫、薔薇の棘に触れた程度さ」
細身ながらも男性らしい、節がしっかりと主張する長い指。
五本並ぶ中の真ん中、中指に嵌った指輪を中心に黒い筋が蜘蛛の巣のように伸びている。
それは血管のように盛り上がりドクドクと何かが脈動しているのではないかと錯覚するほどに生々しいものだった。
「これは古い貴族の当主が着ける護身用のものでね、黒い石がはまっているのが見えるだろう?」
痛々しさに目を閉じたくなったが、マリアベルは指された部分に目を凝らし金属の指輪の丁度真ん中、平行に黒く小さな宝石が隙間なく並んでいるのを確認する。
フィーガス邸でグラウスが着けていた一般的な指輪とはデザインが大きく異なるものだ。
「この石は特別な魔石で、着用者の周囲に魔力溜まりや危険な魔物がいるとこうやって体に警告を与え、無意識でも防護魔法を発動させる。
一定の魔力を越えると段階を踏んで強くなって…今はまだ二段階目、私一人でも十分対応可能なくらいだね」
「魔物、」
「そう。人の魔力は性質が異なるから反応する事はない。明確に、魔物に由来する魔力が近くに存在するという事だ。
稀に魔道具や魔法陣に反応する事もあるがそれならここを借りた時点で私の部下が対応する筈……と、いうことは?」
レオポルドの視線はいつの間にかマリアベルからその横のエリヤへと移り変わっていた。
今この空間で、不確定要素は彼以外に存在しない。
「エリヤ…?」