14話
ブクマ、評価ありがとうございます。
趣味をぎゅうぎゅうに詰め込んでいるので、楽しんでくれる方がいてくださるのが本当に嬉しいです。
誤字報告も助かります、気を付けてはいるんですが…。
ここからはテスパラル編に入るので新しいキャラが出てきたり聖女要素が出てきたりと、生家での格差ターンとはまた違う雰囲気になると思います。
どろどろとした姉妹の争い、ざまぁはかなり薄くなる予定なのでそれをお求めの方には少し物足りないかもしれませんが楽しんで読んでいただけるよう頑張ります。
「お祖父様、お祖母様…どうかお元気で」
「達者で暮らしなさい、マリアベル」
「洗礼の日に会える事を楽しみにしているわ」
高速船を降りた港の宿の一室、そこがマリアベル達の別れの地となった。
貴族や商人が使うような上等な宿を使う訳にはいかない為、平民向けのごく簡素な宿を選ばざるを得なかったが家族として最後の時間を過ごす三人には場所など何の関係もない。
この先、マリアベルは祖父母の手を離れアンジーだけを伴いテスパラル王都を目指す。
幼いマリアベルは洗礼前、アンジーはただの平民で通るがグラウスとフェミアはリャンバスの前侯爵夫妻。
高速船への乗船こそそれぞれ別の旅行客として申請し上手く切り抜けたが、今後テスパラル国内で行動を共にしている時身分を検められでもしたらその瞬間全てが露呈してしまう。
観光客や船員、貿易商などで賑わう港で別れ雑踏に紛れる事が最善だと事前に決めていた。
勿論王都へはまだまだ遠いがこの先の街でレオポルドが手配した迎えが待っていて、合流さえすれば王都まで安全に護送される手筈となっている。
養父となるアントニオは安全面から港までの迎えを提案していたが港で一人の子供とそれを囲む多数の大人の集団がいれば人目を誘い、ひょっとすれば人身売買の現場だと誤認されてしまうかもしれない。
万が一警備隊に声でもかけられたらその時点でフィーガス家とランティス家、ひいてはアラニス家と二カ国三家の醜聞に繋がりかねない為、両家の接触は最低限に抑えマリアベル本人の足で歩く必要があった。
幸い港から伸びる街道の途中に乗合馬車の停留所があり、定期的に運行しているそれに乗れば心配はないと聞いているため不安はない。
「では、失礼します」
テスパラルの平民が着るような既製のワンピースを揃いで身につけ、姉妹に扮した二人は振り返らずに部屋を出た。
安い床材を軋ませる二人分の足音が遠ざかり、聞こえなくなるとグラウス達はそっと窓を覗く。
見間違えることのない小さな後ろ姿が転ぶ事無く進み、雑踏に紛れやがて見えなくなる…そこまでを見送ると二人もまた部屋を出た。
あの子ならば、あの者が付いているのならば大丈夫だろう…そう二人のこれからが明るい事を信じながら。
「…テスパラルは暑いと聞いていたけど、あまり変わらないのね」
「先ほどの港は北側の玄関口です。
縦に長い国だそうですので、王都や南の方が暑いのではないでしょうか」
「ランティス領は西側で、海もある過ごしやすい土地だそうよ」
「それは素晴らしいですね」
街道は賑やかというほどでもないがそれなりに人通りがあり、姉妹よろしく身を寄せ合いマリアベルとアンジーが歩いた所で悪目立ちすることはない。
祖父母がいない寂しさや心細さはあるものの、確かにここを四人で歩いたり馬車で走っては目立つだろうな、とマリアベルは思う。
グラウスとフェミアは生粋の貴族で、マリアベルの生きてきた何倍もの時間を貴族として生きてきた。たとえ平民の格好をしても隠しきれない筈だ。
「お母様のお話では、海に入る為の水着というものがあるんですって。
この服もそうだけどテスパラルはリャンバスより変わった服が多いのね」
「そうですね。ドレスはあまり変わらないとイヴリン様よりお聞きしましたがもしかしたらこの平服のように中に重ねているのかもしれません。
お嬢様の洗礼までには完璧に着付けられるよう精進いたします」
「アンジーならきっとすぐ覚えるわ」
この移動の時間の為に仕立て屋のベラから購入したテスパラルの既製服は厚手で一枚がほぼ一着となっていたリャンバスの物とは違い、軽い袖付きの上着にノースリーブのワンピースを重ね着するタイプのものだ。
スカート部分も今のところ二枚重ねだが着脱できるようになっており、場所によって気温差が激しいテスパラルに対応する為の構造になっている。
色合いも鮮やかでフィーガスの領邸で深い色を着る機会が多かったマリアベルは着慣れない色に似合っているかと不安を感じていたが、今のところすれ違う人間から奇異の視線を向けられておらず取り越し苦労だったらしい。
「あまいよー、冷たいよー」
「……?」
街道の脇から聞こえた子供の声にマリアベルはふと視線を向ける。
そこには何の加工もされていない所々痛んだ木材で作った簡素な台と見慣れない機械、籠に山と積まれた真っ赤な果物らしき塊があり、その向こうに小さな黒い頭が見える。
「アンジー、あれは何?」
「…あぁ、ジュース売りの屋台ですね。
テスパラルは果物がよく採れるので街中にはああいった屋台が多いと聞いたことがあります。
家庭で採れた果物を子供が売って家計の足しにしているとか…このような場所にもあるのですね」
「屋台……」
マリアベルは、あの日を思い出す。
結局あれ以来王都は勿論領都に行くこともなく、屋台を見る機会はなかった。
自分で買いたいと思いながらもライラの背を見送り、食べたかったお菓子も気が付いたら手元からゴミ箱に移動してしまっていた筈だ。
そっと、マリアベルは自身の首にかかった小さなポーチに触れる。
ポーチの中はフェミアが旅のお小遣いとしてマリアベル個人が使う為に与えたテスパラルの紙幣と少しの貨幣。迎えと合流できなかった時の非常用の旅費はアンジーが預かっており、ポーチの中身をどう使っても問題はない。
ドキドキと高鳴る胸を抑えるように、両手でポーチを握りしめマリアベルはアンジーを見上げる。
「……アンジー、あの、」
「はい」
「…ジュース…買ってきても、いい?」
貴族が口にするものではない、自分で買うなどはしたない
そう言われるかもしれない怯えで潤んだマリアベルの目をアンジーはじっと見つめ、そして小さなその頭を優しく撫でた。
「お一人で大丈夫ですか?」
「…っうん、大丈夫…!言葉もお金も勉強したもの、できるわ」
「では折角ですし私の分もひとつお願いいたします。
子供なので大丈夫だとは思いますが、変な事を言われたらすぐに戻ってきてくださいね」
「うん!」
マリアベルが成人するまでの間、自身の望み…特に『やりたい事』を主張した時は出来る限り叶えること。
アンジーはそれを出立前にフェミアから念押しされていた。
貴族令嬢、そしていずれ当主となるのならこの先多くの場面で自分の望みを諦めなくてはならなくなる。
欲を知らない人間は勝ち取った喜びも、果たした達成感もわからないまま空虚に生きていくしかない。
僅かな時間でも、些細な事でもそれはマリアベルが人間として成長するには必要で、アンジーは屋台へとまっすぐに歩く小さな背中を見つめながらフェミアの言葉の意味を改めて理解した。