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12話



マリアベルが領邸に保護されて半年が経とうとする頃、イヴリンと共にマリアベルの新しい家族となる子爵夫妻がやってきた。


「マリアベル、こちらはランティス子爵夫妻。貴方のお父様とお母様になる人達よ」

「初めまして…私はアントニオ・ランティス。そして妻のミランダだ。

 君のこれまでについてはイヴリンより聞いている…辛い思いの中で生きてきた君に敬意を。そしてそんな強い娘を迎えられる栄誉への感謝を表そう」


アントニオはアラニス家の血筋かレオポルドと同じ褐色肌に赤毛という色彩だったが、体格は彼よりも遥かに大きい。

熊のようだとはこういう事かと思うほど並の男性と比較にならない筋骨隆々とした体に加え、騎士然とした無骨な話し方や表情は威圧感すら感じる。

しかし伯母夫妻から事前に外見と内面にかなりギャップがある人物だと聞いていたマリアベルは怯えを見せないように心掛けながら微笑み、カーテシーをとった。


「マリアベルと申します、こちらこそ素晴らしいご縁をいただきましたこと感謝申し上げます」


この顔合わせが実現するまでの間、親子になるだろう三人は互いにそれぞれの情報をイヴリン経由で得て問題がないと判断した上で養子入りの話を進めてきた。

しかし、実際に対面しないとわからないものは多く、この縁組はマリアベルが夫妻を、夫妻がマリアベルを直接見、言葉を交わした上で同意を示して初めて結ぶと決められている。



とはいえマリアベルはこれを祖父母や伯母夫妻が取り付けた貴重な縁であり、自身の好悪などで反故にしていいものではないと考えている。多少の不遇は覚悟し、せめて成人までの後見だけでも認めてもらえるよう…その価値があると思ってもらえるよう、ここ数日は寝る間を惜しんで礼儀作法を叩き込んできた。


「………」

「……?」


じっとマリアベルを見つめたまま喋らないアントニオに何か気に入らない事があったのかとマリアベルが首を傾げた瞬間それは起こった。


「ぴゃっ!?」


突如アントニオが目にもとまらぬ速さで、小柄なマリアベルを自身と同じ目線まで持ち上げたのだ。

丸太のように逞しい腕が子供一人を落とすとは考えにくいが、それでも両足共地面から離れる初めての感覚は恐怖しか感じず、マリアベルは縋るようにイヴリンや後ろに控えるアンジーを振り返った


「あ~……アントニオ…いくら顔が見たいからって乱暴よ。

子供…それも女の子への接し方ではないわ」

「む、だが子供は高い高いをすると喜ぶのでは…本に書いてあった筈だ」

「それは仲良くなってからの話。まずは大人の貴方が彼女の目線に合わせなさいな」


イヴリンに窘められたアントニオはマリアベルを持ち上げた時とは真逆に殊更ソフトに地面へと降り立たせると、今度はその前に跪きじっとマリアベルの顔を見つめる。

正面から見るアントニオの顔は厳めしい雰囲気はあるものの、その眼差しは見定めるというより緊張し様子を伺っているように感じられた。

そしてイヴリンとの会話や行動から、子供に対しては不慣れだが実直に接してくれようとしている事を察したマリアベルは内心でほっとした。


「…急に持ち上げ、すまなかった。

 子供というものに憧れていたが、あまり触れてこなかったせいで扱い方はよくわからないんだ」

「いいえ、驚きはしましたが…大丈夫です」


ふと、横からの視線を感じそちらを見ると同じように膝を折ったアントニオの妻ミランダとバッチリ目が合った。

大柄なアントニオの隣にいる為わかりにくいが女性にしては背が高く、豊かな赤毛と少し勝気にも感じさせる凛とした金茶の瞳、隙のない美貌も相まってまるで豪奢な薔薇を想起させるような美しい女性だ。


「え!?ぁ、あー…えぇっと、その…」


じっと見つめていたというのに、いざ目が合うと驚き、視線を彷徨わせるミランダはその華美な外見に反して少女のように頬を赤らめ言葉を探す。

やがて、声がかかるのを待つべきと判断し見つめ続けるマリアベルの大きな瞳に耐えられなくなったのか勢いよく立ち上がり、自身よりも小柄なイヴリンの背に隠れてしまった。


「あぁもう!ミランダったら!この子は貴方の娘になるのよ?

 母親としてちゃんと挨拶したらどうなの」

「で、でもイヴリン…こんなに可愛い子が娘だなんて、そんな奇跡のようなお話信じられないわ!ひょっとして私達を騙そうとしているんじゃなくて!?」

「そんなことあるわけないでしょ!奇跡でも嘘でもないわ。

 …ごめんなさいね、マリアベル。二人共ちょっと緊張してるみたい」


緊張という一言で片づけていいものなのだろうか。

未だに跪いたままマリアベルを抱っこしようと手を出しかけては躊躇い引っ込めるアントニオと、イヴリンに叱咤されながらもああだこうだと顔を真っ赤にして狼狽えるミランダの姿にマリアベルは戸惑い所在なさげに立ち竦む。

少なくともマリアベルを嫌悪するような感情がないことだけは感じ取れたが、この混迷した状況が続くのは子供心にもあまりよくないように思えた。


後ろに控えるアンジーをチラリとみてから、マリアベルは意を決して口を開く。


「ぁ、あの、ランティス卿…」

「そんな他人行儀なっ、…あぁ、いや…まだ正式に養子となったわけではないので仕方ないか…

 ゴホン、なんだろうか、マリアベル嬢」

「その…長旅でお疲れでしょうし、お座りになりませんか…?

 お茶の準備をいたしますので」

「…そうだな、立ち話は君も疲れるだろう。気が付かずすまない」

「ほら!あの子に気を遣わせてどうするのよ!しっかりなさいミランダ!」

「なんて賢くて優しい子なの…!?天使だわ!」

「天使じゃなくてあなたの娘なのよ!」


バネ式人形のようなぎこちない動きで席についたアントニオの隣に、赤い頬のままフラフラと足元が覚束なくなってしまったミランダが座る。

向かい合う形でマリアベルとイヴリンが席に着くとアンジーがそつなく四人分のお茶や焼き菓子をセットし歓談の場が整った。


「改めて、この子はマリアベル。

 私の姪にあたるフィーガス家の娘だけれど、前に説明した通り縁組が成ればあなた達夫婦の娘になるわ。

 さぁマリアベル、ご両親にご挨拶を」

「はい。お父様、お母様…ふつつかな娘ですが、よろしくお願いします」

「…っ…」

「あぁ…!お母様だなんてそんな…!」


ぺこり、と頭を下げるマリアベル。

アントニオとミランダは初めての父母呼びに息を呑み、悲鳴にも似た歓喜の声を上げる。子を望んでいたが恵まれなかったと説明を受けていたマリアベルだが、ここまで喜ばれるとは予想しておらず困惑は純粋な心配へと変わり隣に座るイヴリンへと視線を向ける。

イヴリンはそっと微笑みながらマリアベルの頭を撫で、囁く。


「この二人は随分拗らせてるから、慣れるまではこんな感じよ。

 愛されていると思って諦めてちょうだい」


テーブルを囲み、マリアベルの好きなものから近々暮らすことになるランティス家の屋敷に植わっている花々まで、他愛もない事でゆっくり言葉を交わす三人とイヴリンの様子を部屋の外からグラウスとフェミアがそっと覗いていた。


「…大丈夫そうだな」

「えぇ」


面識はほぼない、イヴリンの嫁入りでかろうじて繋がった程度の縁者だが下調べした情報とマリアベルへの対応を見るに孫を託すに足る人物だろう。


「あれだけ喜んでくれるのなら、きっとマリアベルを幸せにしてくれるでしょう」

「うむ、良い縁に恵まれた………礼をしたいのだが、なぁ」


グラウスは言いながらもどこか不服そうに眉間に皺を寄せる。

今回の縁組に際し、グラウスはレオポルドを通じ謝礼と受け入れにかかる費用をまとめて渡したいと申し出た。しかしアントニオは「我が子となるのなら全て我が家が負担したい。大事な御子を貰い受けるのだからそのうえ謝礼まで頂く事はできない」と全ての金銭を辞退している。


アラニス家と共同で事業をしている事から経済的にはかなり裕福だとわかっていたが、今後祖父として会う事ができなくなるグラウスとしてはせめて最後に孫娘の為何かしてやりたい…その一心での申し出だったので、断られ少し不満に感じていたのだ。


「ふふ、でもその分マリアベルの口座に入れたのでしょう?」

「……貴族として、爺としての気持ちが収まらん。やはり何か…菓子の箱の底にいれて渡すか?」

「嫌ですよそんな古臭い…マリアベルを健康なまま送り出すのが一番の礼だと言ってくれたのですから、それで終わりでいいじゃないですか」

「隠し玉を持つお前に言われて納得できると思うか?全く…」

「あればかりは私に運があったとしか言えませんわ」


夫婦らしく飾らない会話をしながらも、二人の表情はどこか誇らしげであり…寂しげでもある。

手元にきて半年足らず、洗礼の為に急いでしまった事が悔やまれるがマリアベルの将来を考えれば自分達よりも新しい両親の元で暮らす時間が長い方がいい。


「……また静かになってしまうわねぇ」


寂しげに零すフェミアを、グラウスがそっと抱き締めた。



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