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さっさと今までお嬢ちゃんが暮らしていた建物を出ていくと、本当におれには行く宛なんてもの、どこにもねえんだな、と改めて思う事になった。

お嬢ちゃんの家族というか、親戚は、お嬢ちゃんを追い出したってお嬢ちゃんが時々、酒に酔っぱらって泣きながら、独り言を言っていた。だからそれだけはおれも知ってる。

その親戚達とどういうやりとりをした結果、そんな状況になったのかはさっぱりなんだが、おれとしては大した事にもならないって感じだ。

なんて言ったっておれは今や包丁。包丁には兄弟になる他のは物もいやしないし、親と呼ぶべき相手は何だ? 作った職人か?

と言うわけで、おれはこの町になんにもしがらみって物がない。

お嬢ちゃんと誰かの悪縁は、おれがお嬢ちゃんに成り代わった事でぶった切られているだろうしな。

さあ、これからは何をしても自由だし、何を選んでも自己責任の世界になっていく。

多少は用心をしつつも、心を裏切らないように行きたいものだ。


「お嬢ちゃんは、この町からも離れた事ないんだよな。まあおれも似たようなものか。……包丁になる前は、けっこう長い事ほうったらかしの野ざらし雨ざらしだったもんなぁ」


おれは小さな独り言を口の中で転がしつつ、ありふれた女の子が、そこまで命の危険を感じずに行ける場所ってどこだ、とまず訪ねたのは、運送会社である。

人を運ぶ馬車や、荷物を運ぶ荷馬車を抱えている会社は、世界情勢に詳しかったりするのが、お決まりなのだ。

情報に疎いと、大損するのが運送会社だから、それも当然といえるだろう。

特に世界を股に掛けていると、自慢するような大きな会社はそういったものにも詳しいし、会社によっては支店で、旅行の事を計画する手伝いをしていたりする。

おれが訪ねたのはそんな、町でも比較的大きくて、他国にも物を運ぶ事が多いと言われている会社、ブロマン運送会社だ。

その支店の中でも、通りに面した壁に旅行の案内をべたべたと張り付けている支社だ。

王都旅行相談支社と銘打っているわけで、これで旅行に詳しくなかったら詐欺である。

そんな支店の中に足を踏み入れて、おれは突如響きわたった罵声にとっさに、耳をふさいだ。

あんまりなくらいに大きな声だったから、とっさにそんな反応になったのだ。

一体誰だよ、こんなでかい声で怒鳴った奴。客商売でも、ここまで怒鳴られたら、店員だっていい気分にはならないから、おすすめのいい旅行先なんて案内してもらえないだろうに。

そんな事を考えつつ、耳をふさいで守りつつ、おれは声の方をみた。

罵声を放ったのは女の子らしく、受付なのか相談の机なのか、そこには一人の女の子がいて、頭から湯気が出そうな位に怒っているのが伝わってくる。

一体なにがあって、あんな細い女の子が、怒鳴り散らすほどの問題が起きたのだろう。

横目でそれを見てから、おれはそっと小さな声で、案内をしてくれた、受付の人の前に座り、こう言った。


「これから新天地で、再出発がしたいんです! おれみたいなのでも、安全に進める街道と、町を紹介してほしくて」


「ああ、そういった人ですね」


受付の人はおれの言葉になぜか安心したように、息を吐き出した。

それから、まだ怒鳴っている声が聞こえる、向こうの受付の方をみた後に、小声で言う。


「最近、魔族の侵攻が前と比べて活発化しているせいで、数年前まで行えた、当店自慢だった旅行の案内を、出来なくなっているんです……あちらの方は、それがご理解できないご様子でして……」


「まあ、去年まで、比較的安全に観光旅行が出来たのに、というやつでしょうね」


おれも小声で同意して、受付の人が、おれを上から下まで見て、貧弱に見えるであろうおれでも、問題なく進めそうな街道を数本案内してくれた。


「やっぱり、安全面なら大きな町を目指す街道って感じですね」


「人通りも多いですし、人通りが多いか移動は、騎士団が入念に警備を行ってくれますし、点在する村でも、何かと補助できますからね」


「ううん……あんまり大きな町を目指す予定はなかったんですけどね……」


「再出発するのであれば、やはり大きな町の方が、選択肢は広がってますよ」


「そうですよねー」


受付の人のおすすめも事実で、大きな町の方が、何かと人生の再出発には都合がいいというのは、世の常だ。

だって職業斡旋所も多いし、住居も色々あるし、困ったときに駆け込める場所も多いと言われているのだから。

でもおれは、そんなにたくさんの人が行き交いする、大きな町はちょっと遠慮したかった。

何故ならおれの半生が、あまりにも静かな世界だったせいだ。

包丁になる前のおれは剣だった。でも野ざらしで雨ざらしで、錆びるがままに任せられていて、自慢だった鋭い切れ味もなくなって、ただの鉄の塊になるほど放って置かれていたのだ。

その頃は、ぼけーっと空を見て、鳥が飛んだり草が揺れたり、葉っぱがひらひら舞うのを見ているだけで毎日が過ぎていた。

それが一変したのは、近くにすばらしい採掘所が出来たという事で、そこから素材を購入する為に、色々な人間が近くを通るようになったからだ。それでもおれは放って置かれていたのだが、ある時旅の鍛冶屋が、ぼろぼろに朽ちているおれを見つけて、鉄だし、錆びを落とせばぎりぎり包丁にはなる、と拾って、おれを削って溶かして使える部分だけで、包丁に仕上げた事で、世界は変わっていったのだ。

鍛冶屋はおれをさっさと売る予定だったのだが、おれはなかなか売れなくて、大幅値下げの結果、お嬢ちゃんに購入されて、今に至るのである。

まあそんな、おれの過去の話なんてつまらないだろうが、そういった静かな世界を旅したいおれとしては、にぎやかな街道ってのはちょっとなあ、とも思うわけだった。

でもなあ、安全面は絶対だよなあ、お嬢ちゃんの体だし……と腕を組み悩んだ後に、おれはまずは安全性の高い場所を歩いたりして、旅に慣れてからもっと静かな場所を目指そうと意識を切り替えて、二つ村を経由した先の、大きな町を目指すと決めたのだった。

受付の人は親切で、必要になりそうな道具その他を教えてくれた。

これはありがたかった。何しろ人間の必要な道具って物に縁がない生活だったから、お嬢ちゃんでなくても、普通に人が旅する時に用意するものが、わからなかったのだ。

お嬢ちゃんの前の持ち主は、もっと大昔の人間だったから、今の人間が必要なものはわからないし。

それだけ親切にしてくれたのに、受付の人は、支店で旅行を計画したわけではないから、とお代をとらないでいてくれた。良心的なのか、儲けを度外視したのか。

わからなかった物の、とりあえず絶対に必要なものと言うもののメモをもらい、おれはまだまだ怒鳴り続けている向かいの受付のほうに、目をやって、知らぬ顔で支店を後にしたわけだった。

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