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名剣のち、包丁のち、オンナノコ。  作者: 家具付


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2-8

罠はそれなりにはったと言って良いだろう。おれの基準だからその罠に引っかかる頭の中身かどうかは未知の領域ってヤツだけれど。


「あれだけおちょくっておいて、何も反応しないとなったらそれはそれでつまらないが、平和な方がお前の好みなら、それでもいいな」


おれを寝床で独占して、イシュトバーンはおれの額に当たり前の調子で唇を当てて、頬をすり寄せてくる。

おれだけがこの鬼のそれを受け入れていいという、その特権は結構お腹の底の部分がふくふくした気分になる。

自分だけの物で、誰にもとられないって言うのは、たぶんおれのような包丁だった身の上でも、良い気分になるんだろう。


「だが、お前の望みの視点から言うと、さっさと国元に戻って欲しいという物なのだろう



「だって、お嬢ちゃんが苦しむんだから、さっさと帰って欲しくて何が悪いのかわからん。おれはあいつらの命を奪いたいって言う視点じゃなくて、見えないところで生きてくれって願ってる訳だから」


「お前は寛大だなあ」


イシュトバーンはそう言って、のろのろと起き上がるおれの手伝いをしようとしてくる。

おれの身支度よりも、イシュトバーンの身支度の方が大変なような気がしないでもないが、おれの婚約者殿は、おれの事に時間をかけるのも手間をかけるのも大好きらしい。

うん、おれにはいまいち理解できない思考回路。

それでも、お互いに問題が起きた訳じゃないから、この扱いで問題ない。


「俺ならばとうに、あの男達をくびり殺しているが」


「言葉だけ物騒。あんたそんな、すぐに殺す殺さないで物事を決める鬼じゃないだろう。あんたはおれよりずっと物事が見えていて、思考回路も理性的ってやつなんだから」


「鬼の箍の外れ方を読み間違えてはいけないぞ」


そんなもんなのか。おれはわからないながらも、着替えを手伝おうとするイシュトバーンに、衣装選びを手伝ってもらって、髪の毛すらとかしてもらう。

おれの方も、こいつの髪の毛をとかしてみたりしたいんだが、何ぶん髪の毛の手入れなんて言う知識が足りなくて、何本も鬼の髪の毛をぶちぶちちぎってしまう。


「いたいいたい」


そんな事を笑って言うイシュトバーンだから、おれはこいつにしてもらったのと同じくらいのあれこれをしてやりたいなあ、と思うのだった。

身支度が終わったら朝ご飯を食べる訳だが、どうもこの国の朝ご飯は公的な行事というヤツじゃないらしくて、内々で親しい相手と食べるものであるらしい。

時間があえば朝ご飯のお誘いをするわけで、おれは王妃の間にいる時は一人で食べていた。

理由は明快で、おれの食事の作法ってまだあまいんだよ。きっと。

おれは周りを不愉快にしたい訳じゃないので、みっともない食べ方をしている状態の自分を、あえて親しい相手に見せたい訳じゃ無かった。

そのため、一生懸命に食事の作法というもの……たとえば口を開けて咀嚼しないとか、食べ物が口の中にあるのに喋ろうとしないとか、ぎちぎち食器がきしむ音を立てて使っちゃいけないとか、そういうのを教えてもらった様に、見苦しくなく実行しようというわけだ。

練習あるのみだから、一日三食、三回の練習を繰り返しているわけだ。


「お前は本当にうれしそうに食事をするのだから、それを料理をしている者達に見せてやりたいものだ」


「……おれはおいしいっていう感覚を、この身体になってはじめて経験してんだ。おいしくておいしくて、行儀が悪くならないように一生懸命なんだぞ」


「ああ、そうか。お前が俺達にあわせてそうしてくれる事が、どれだけ素晴らしい事か、お前はわかっていないな」


「お互いに食事の間に不愉快になったら良くないだろ、おれでもわかるぜ」


「そうだな」


そう言って俺と相対して食事をする大悪鬼の手つきその他は、信じられないくらいにある系統の作法の極みといった感じで、綺麗だと思う事すら思いつかないほどに洗練されているってやつなんだろう。

これはお作法の先生が教えてくれたんだが、本物の作法とか立ち振る舞いの美しさとか会話の綺麗さとかは、そうだって相手に気付かれなくなってこそ完成形なんだとか。

極限まで極めたそう言った仕草は、気付かれない程の物になるとかなんとか。

おれはそれを、目の前で日常的に見せられていると言って良いだろう。

夫みたいになりたいな、と思うのは、向上心が燃えて良い感じともいえる。


「また頬を汚して」


「ん、うまくいかねえんだよなあ、なんであんたと同じだけ口を開けて、ほっぺたが汚れるんだか」


「お前なあ、口の大きさの違いを考えた方が良いぞ。頭蓋骨の大きさ自体が俺とお前では歴然と違う。鬼の顎と人間を模した顎が同じなわけがないだろう」


「そうなの? あんたの見た目じゃわからない」


「そうだな、生肉を骨ごと喰らう時でもないかぎり、鬼と人間の顎の違いはあまり感じられないかもしれない」


「あんた、生肉食うの」


「料理のあれこれの知識が無い頃は、ただ飢えを満たすためだけに骨ごとあれこれ食いちぎったな」


「顎が頑丈でいいなあ」


「……これを聞いて、その感想が出てくるのが、人間ではないという証明だな」


そうなのか。ならそう言ったところでどういう反応をするのが、人間らしいんだろう。


「おびえるか気持ち悪がるか、嫌悪するか、そう言った負の感情が見えてくるといい。人間は生肉を食べる種を野蛮だと言いたがるからな」


「生魚は」


「地域による。そもそも生魚を食べる地域は、生魚の中の寄生虫で酷い目に遭う確率が少ないところだ。野蛮と称する地域と、日常食だと言う地域と、色々ある」


「ふうん」


おれはこの海の近くの宮殿で、生魚を酢と塩となんかわからないおいしい風味で和えたやつがお気に入りだから、この地域では野蛮じゃ無いんだな、と勝手に納得しておいた。


「さて、今日は……罠にかかるかどうかの見極めだな」


「そのためにおれを単独でちょろちょろさせようっていうあんたの、悪乗りが楽しい」


「楽しいだろう。ああ、その前に、お前の居場所がどこでも、俺が見つけ出せるように目印はいくつかつけておくぞ」


「おれ、迷子になっちゃうの?」


「連れさらわれる可能性というものがある。大悪鬼の婚約者だから、人質として都合が良いとさらう可能性がある絵図を描いたからな」


「あー、お嬢ちゃんとの道ならぬ仲風のやりとり、あれその絵図を導き出す演出って奴だったの」


「基本的に、愛する婚約者が、自分の大切にしている相手といちゃついて、不信感を抱かない人間はそうそういない。あとは自分の大切にしている相手と、愛する婚約者が連れ合いになった方が、二人の幸せだと考えて身を引く……というのは人間の戯曲ではありふれたけなげさだな」


「わー、イシュトバーンって戯曲も詳しいの」


「閉じ込められていた街で、暇つぶしに聞き耳を立てればある程度は、人間の悲喜こもごもの人生が聞けるからな。それの一部だ」


おれ達はそういうやりとりをして、今日一日の予定をお付の魔族さんと確認した。お作法の先生が来たりするから、予定の確認は大事なのだ。

約束を破っちゃだめだから、予定の確認と、おれが忘れても大丈夫なように、第三者の信用の出来る相手と予定の共有は大事なんだとか。


「この時間はお作法、この時間は歴史、この時間は日常生活のためのあれこれ」


おれが包丁だった生き方が長いというのは、もう魔族の使用人さん達に共有されているからか、生き物らしい生活の仕方というのを教えてもらう時間すら、ある。

とってもとってもありがたい理解だ。


「……で、この時間の隙間が、事が起きるなら可能性が高い時ですね」


「そこまで予測できるんだ」


「馬鹿じゃ無ければここにしますっていう隙ですからね」


にっこり笑った使用人の彼女は、とっても楽しそうだった。






事実、あれこれ物事が動いたのは、使用人の彼女が指摘した、歴史のお勉強の時間と日常生活の特訓の時間の間の、移動時間と休憩時間という隙間だった。

そこに、呼んでもいない薔薇の国の王子が現れたのだ。おれ相手だからか、騎士もお嬢ちゃんの従姉妹も同伴している。


「お茶をご一緒しても?」


「カップとか一人分しかないから、あ、お客様用の持ってきて、三人分」


王子の言葉に、おれは素直に頷く顔をして、使用人の魔族の彼女にそうお願いした。

彼女はこの時が、あれこれ起きると予測した目線をおれにちょっと向けてから、一礼して、一人で三人分のあれこれを持って運ぶのは面倒だし、三人のためのしたくもあるから、もう一人の彼女も連れて行った。

そのため、お茶をしている部屋……王妃の間でも東の間でもない、隙だらけのお茶のためだけの部屋で、おれは彼等と相対した。


「大悪鬼の王国はどうだ、不自由をさせないと言っていたけれども、人間は苦労するんじゃないの」


「いえ、とてもよくしていただいていますよ。寛大な王ですね」


王子は内心はどうだろうが、表だってはおれに悪口を言わない顔をした後に、声を落とす調子でこう言った。


「……あなたは、このまま大悪鬼と結婚して、後悔なさらないと思いますか」


「なんで? おれ達愛し合ってるぜ」


「……だまされているのも、気付かないでいらっしゃる?」


「何が言いたいんだ? あいつがおれをだます? なんで?」


おれはちょっと馬鹿で、純情で、無邪気に婚約者を信じている顔をした。これもウォレンさん指導だ。表情の取り方は、イシュトバーンに教えてもらった部分もかなりある。

いきなり、思ってもみない事を言われて、戸惑う、育ちの悪い女の子。


「あいつはおれをだまさない! そんなこと、しない!」


愛する鬼を疑うような事を言われて、反論する恋する乙女。うーん、腹の中で大爆笑しそう。

でも、おれの悲痛な声っぽいものに、王子アルトルは哀れんだ顔をした。


「あなたは、あなたの大切な友人と、あなたの愛する婚約者が……その、口づけを交わすような間柄だとご存じないのですか」


「ひゅっ」


衝撃で息がうまく出来ない……ふり! 渾身の演技に、アルトルは身を乗り出した。


「おかわいそうに、信じる二人に裏切られていた事など、思い至らなかったのでしょう」


「……だって、ふたりはそんな、そんな」


「所詮、相手は浅ましい鬼と、その鬼の見た目に心を奪われているだけの女です」


「二人をそんな風に、言うな……!」


呼吸がままならない。爆笑しそうでままならない。あんた達の見たいちゃいちゃは、おれとイシュトバーンの大盤振る舞いの演技だ。気付かれて居なさそうで何より。

しかし、おれの呼吸のままならない感じは、衝撃で倒れそうと言う風に捉えられたらしい。


「いまならまだ、間に合います。私達とともに薔薇の王国に行きましょう。聞けばあなたはあの大悪鬼を従える事も可能な約束をしているとの事。鬼の居城では、冷静な判断など出来ないでしょう。さあ、この手を取って」


「……」


手が伸ばされる。おれは頭の中でイシュトバーンと立てた予測が大当たりしすぎてて、この後の行動も、計画通りに進めようと決めた。


「彼と離れれば、おれも冷静に物事を決められそう?」


震えた声、勇気の無い響き、おびえた調子、その他その他……

おれはそういう物を見せたようにしてみせて、アルトルと、騎士グラニスと、お嬢ちゃんの従姉妹エレーネを見やる。

彼等は、大丈夫だと言わんばかりに頷いた。


「……わかった」


だからおれは計画通りに、婚約者への疑いで結婚に迷いが出てきた女の子という顔をして、アルトルの手を掴み……


「行きましょう! 回路は作りました!」


エレーネが、”誘導されていると気付かずに”薔薇の王国への転移の呪文を唱えて、”知られているから使用可能だと思い至らず”おれを抱きかかえたアルトルと、グラニスとともに、この場を出て行ったのだった。


そして数分後。茶器一式を持ってきた使用人の皆さんが、予定調和でおれを連れて行った事を知り。


「想定通りとイシュトバーン様にお伝えしなくちゃ!」


「楽しくなってきたわね!」


大騒ぎを始めたのだった。

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